間合い
二十八。二十九。
三十。
赤い光が、川を越えてきた。
ゆっくりと。空を、低く横切って。
落ちたのは、南門の、すぐ横の壁だった。
壁が、吹き飛んだ。
石が、空に舞い上がった。壁の上に並んでいた団員と、町の若い衆が、何人も、一緒に宙に投げ出された。熱い風が、鐘楼のてっぺんまで、吹き上がってきた。
壁に、穴が開いていた。
荷車が二台、並んで通れるくらいの。
黒い列が、川原から、穴に向かって走り出した。
南門の内側で、ベルントの騎士たちが、穴の前に回り込んだ。盾を並べた。黒い列が、ぶつかった。
俺は、また、数え始めていた。
赤い光が、川の向こうで、また膨らみ始めていた。
一。二。三。
数えながら、思い出していた。
黒石原でも、三十だった。
一度目も、二度目も、三度目も。谷の入り口に落ちたときも。王国の男の子の光が来ても、来なくても。
一度も、二十九ではなかった。一度も、三十一ではなかった。
速くもならない。遅くもならない。
まるで、誰かが、三十を数えるまで、手を放してくれないみたいに。
――鎖。
首の、黒い、太い、錆びた輪。
王国の男の子の、銀の輪と、同じものだと思っていた。逃げられないようにするための輪だと。
逃げられないようにするだけじゃ、ないのかもしれない。
あの鎖は、ミラの魔法を、絞っている。
一発撃つたびに、三十数えるまで、次を撃たせない。
十八。十九。
三十は、変わらない。
なら、三十は、使える。
「隊長!」
俺は、鐘楼の上から叫んだ。
「魔法は、三十です! 必ず、三十! 一発撃ってから、次が来るまで、三十数える間がある!」
ガルドが、荷車の上で、顔を上げた。
「鐘を、鳴らします! 一つ鳴ったら、伏せてください! 二つ鳴ったら、動いてください!」
「……一つで伏せる、二つで動く」
「はい!」
二十三。二十四。
ガルドが、広場に向かって、怒鳴った。
「聞いたか! 鐘一つで伏せろ! 二つで動け! 壁の上にも伝えろ! 走れ!」
広場にいた町の子どもたちが、壁のほうへ走り出した。叫びながら。鐘一つで伏せろ、二つで動け。
二十五。
鐘の綱を、つかんだ。
引いた。
ごおん、と、鐘が鳴った。
町じゅうに、響いた。
壁の上の人たちが、一斉に、伏せた。南門の穴の前で、ベルントの騎士たちが、盾を頭の上に掲げて、しゃがみ込んだ。
二十九。
三十。
赤い光が、また、落ちた。
今度は、南門の穴の、少し内側だった。騎士たちの盾の列の、すぐ後ろ。
地面が跳ねた。石畳が、めくれ上がった。
騎士たちは、伏せていた。
盾の上を、熱い風が通り過ぎた。
何人かが、吹き飛ばされた。
でも、立ち上がった。
ほとんど、全員が。
鐘を、二つ、鳴らした。
ごおん。ごおん。
騎士たちが、立ち上がった。盾を構え直した。穴から入ってきた黒鴉の兵を、押し返した。
壁の上の人たちが、起き上がった。石を投げた。熱い湯を、壁の下に、ぶちまけた。
一。二。三。
また、数えた。
何度、繰り返したか、分からない。
鐘一つ。伏せる。落ちる。鐘二つ。動く。
三十のうち、二十五は、動ける。五つだけ、伏せればいい。
黒鴉の兵は、伏せなかった。自分たちの魔法が、自分たちの頭の上を越えていくのを、知っているからだ。だから、鐘一つで町じゅうが伏せた、その五つのあいだも、黒鴉は前に出てきた。
でも、鐘二つで、町じゅうが、一斉に立ち上がった。
黒鴉は、それに、慣れていなかった。
黒石原では、魔法が一発落ちるたびに、灰狼団の陣が、崩れた。崩れたところに、黒い列が入ってきた。
リンデでは、崩れなかった。
伏せて、立った。伏せて、立った。
隊列と、数と、知恵。
魔法を持たない傭兵の、戦い方だった。
南門の穴の前は、持ちこたえていた。
ベルントの騎士たちと、灰狼団の第一隊、第二隊。その後ろに、町の若い衆。穴を、人の壁でふさいでいた。
東門では、ドッジが、塩の袋の後ろで、親父さんの盾を構えていた。東の五十は、塩の袋をよじ登ろうとして、上からエルナに射落とされていた。
俺は、数えていた。
十四。十五。
川の向こう岸で、黒い天幕の前の人影が、何人か、動いた。
背の低い影の横に、大きな影が、立った。
頭一つ、大きな影だった。背中に、大剣。
ヴォルグ。
ヴォルグは、町を見ていた。
鐘楼を、見ていた。
俺は、目を凝らした。
遠すぎて、顔までは見えなかった。でも、ヴォルグが、こっちを指さしたのは、見えた。
それから、別の方角を、指さした。
東。
ヴォルグの横で、黒鴉の兵が、角笛を吹いた。
低い、長い音が、川を渡ってきた。
南門の穴の前で、黒い列が、引き始めた。
一斉に。
逃げるのではなかった。揃っていた。黒石原で見た、刃物みたいに揃った列のまま、川原を、北へ。
東へ。
南門の前から、東門の前へ。
二十五。
鐘を、一つ、鳴らした。
町じゅうが、伏せた。
三十。
赤い光が、落ちた。
今度は、南門ではなかった。
東門の、すぐ前。塩の袋の山の、真ん中だった。
塩の袋が、吹き飛んだ。白いものが、雪みたいに、空いっぱいに舞い上がった。
塩だった。
トマスの、塩だった。
白い煙が晴れると、東門の前に、塩の袋の山は、もうなかった。
門が、むき出しになっていた。
その前に、黒い鎧が、集まり始めていた。
さっきまで南門の前にいた、百五十が。東の五十と、一つになって。
二百。
東門に。
ドッジのいる、門に。
お読みいただき、ありがとうございます。
毎日、朝7時と夜21時に更新します。
続きが気になると思っていただけたら、ブックマークと、ページ下の「評価」の★で応援していただけると、第七班の飯が一品増えます。




