物見台
鐘楼のてっぺんは、砦の物見台より、少しだけ広かった。
真ん中に、大きな鐘が吊るしてあった。青く錆びた、古い鐘だった。鐘の綱が、床の穴から、下の階まで垂れていた。
四方に、石の柱。柱の間から、町じゅうが見えた。
北に、砦の丘。南に、街道。西に、畑と、遠くの森。東に、川と、川の向こうの山。
まだ、暗かった。
でも、俺の目には、だいたい見えた。
東門の前に、塩の袋が、山のように積み上げてあった。トマスの倉の塩だった。その後ろに、ドッジが立っていた。親父さんの盾を、地面に立てていた。大きすぎて、ドッジの体が、ほとんど隠れていた。
東門の近くの、靴屋の屋根の上に、エルナが腹ばいになっていた。弓を、横に置いていた。
広場に、セイルが立っていた。鐘楼の真下。欠けた剣を、腰に下げていた。一度も、座らなかった。
広場の端の荷車の上に、ガルドがいた。
壁の上に、灰狼団と、町の若い衆が、ずらりと並んでいた。南門には、ベルントの二十騎が、胸に灰色の布を巻いたまま、馬を降りて待っていた。
全部、見えた。
全部、俺が見ている。
◇
東の山の、ふもとに、灯りが見えた。
一つ。二つ。十。もっと。
松明だった。
川沿いの道を、こっちへ向かって、ゆっくり下りてきていた。長い列だった。
「来たぞ!」
俺は、鐘楼の上から、下の広場に向かって叫んだ。
「東だ! 川沿い! 松明!」
広場で、ガルドが、荷車の上で顔を上げた。
「数は!」
「待ってください」
数えた。
松明の列を、端から端まで。
五十。
五十くらいだった。
少なすぎた。
黒鴉は、二百以上いる。黒石原で、灰狼団の正面に並んだ、あの黒い列は、もっとずっと厚かった。
松明の列は、まっすぐ東門に向かっていた。わざと見せびらかすみたいに、ゆっくりと。
「……五十です」
「五十?」
「五十しか、見えません」
ガルドが、黙った。
セラ村の夜を、思い出した。
北の丘の上に、松明が並んだ。二十。俺が鐘を鳴らしに走っているうちに、松明が、全部、消えた。
消えたのは、村に近づくためだった。
見せている灯りは、見せるための灯りだ。
本当に来るものは、灯りを持たない。
――みんなが見ている場所は、みんなが見ている。だから、お前は、みんなが見ていない場所を見ろ。
ガルドの声がした。
俺は、東の松明から、目を離した。
北。砦の丘。何もない。
西。畑。暗い。何もない。
南。街道。暗い。何もない。
川。
川は、町の東側を通って、南へ抜けていく。南門の近くで、大きく曲がって、町の壁のすぐ外を流れている。
空の端が、少しだけ、白くなり始めていた。
白くなった空が、川の水に、映っていた。
夜明け前の川は、空の色を映して、薄く光る。物見台から、毎朝見ていた。リンデの川は、夜明けの少し前に、一本の銀の帯になる。
その銀の帯に、黒いものが、混じっていた。
点々と。
川の流れに沿って、ではなかった。流れに逆らって、南から、町のほうへ。
岸の、すぐ下だった。川原の、葦の陰。
人だった。
灯りを、一つも持っていない、人の列だった。
黒い鎧が、光を吸い込んで、川の銀の帯を、ところどころ、切り取っていた。
数えた。
数えきれなかった。
百。百五十。もっと。
列の先は、南門に向かっていた。
「――南だっ!」
喉が、裂けるかと思った。
「南門! 川原! 灯りなし! 百五十以上!」
広場の人たちが、一斉に、鐘楼を見上げた。
「東の松明は、見せかけです! 五十! 本隊は南! 川原を、葦に隠れて、南門に!」
ガルドが、荷車の上で、立ち上がった。
片腕で、荷車の縁をつかんで。
「ヘルガ! 南だ!」
ガルドの声は、俺の声より、ずっと遠くまで届いた。
「第一隊、第二隊、南門へ回れ! 東は、塩と第三隊の残りで持たせろ! ベルント!」
南門の前で、ベルントが、振り返った。
「南だ! 門の内側で待て! 開けるな! 壁の上に、弓!」
ベルントが、騎士たちに、何か叫んだ。
二十人が、南門の内側に、横一列に並んだ。
広場が、動いた。
灰狼団の団員たちが、壁の上を走った。町の若い衆が、石と、鍋と、熱い湯の桶を抱えて、南へ走った。
セイルは、動かなかった。
広場の真ん中で、鐘楼を見上げていた。
俺は、セイルに、手で合図した。
まだだ。
セイルは、うなずいた。
ドッジは、東門から動かなかった。東の松明は、見せかけでも、五十いる。五十が、塩の袋に向かって、まっすぐ進んできていた。
エルナは、屋根の上で、弓に矢をつがえていた。
南門の外の川原で、黒い列が、止まった。
気づかれたことに、気づいたのだ。
しばらく、動かなかった。
それから、葦の陰から、ゆっくりと、立ち上がった。
もう、隠れる気はなかった。
黒い鎧が、川原いっぱいに、並んでいた。
その列の、ずっと後ろ。
川の向こう岸の、小高い場所。
黒い天幕が、一つ。
その前に、背の低い影が一つ。首から、鎖。
ミラだった。
俺の目は、それを、はっきり見た。
東の空が、白んでいた。
夜明けだった。
その白い空が、ふいに、赤くなった。
朝焼けではなかった。
川の向こう岸の、黒い天幕の前で、赤い光が、膨らみ始めていた。
人の頭くらい。樽くらい。荷車くらい。
俺は、数え始めた。
一。
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