同じ夜
団長の部屋に、また人が集まった。
今度は、ベルントもいた。
ヘルガ。クルト。ヨハン。ガルド。ベルント。それと、第七班の四人。
机の上に、ガルドの地図が広げてあった。灰谷の地図だった。真ん中に、リンデの町。その北の丘に、砦。東に、山。山から、川が流れ出して、リンデの町の東側を通って、南へ抜けていく。
「黒鴉は、東の山を下りてくる」
ガルドが、左手の炭の棒で、地図をなぞった。
「川沿いに。砦には寄らない。まっすぐ、リンデだ」
「なんで、砦じゃない」
ドッジが訊いた。
「帳面を取ったのは、うちだ。なら、うちを狙うのが筋だろう」
「帳面が、どこにあるか、あいつらは知らん」
ガルドは言った。
「砦にあるのか、町にあるのか、騎士団が持ってるのか。分からないから、全部焼く。町を焼けば、騎士団の宿も焼ける。帳面も、証人も、まとめて灰になる」
「……証人」
「帳面を本物だと言える者だ。灰狼団の、お前らもな。塔に入ったのを、見られてる」
「それに」
ガルドは、炭の棒を置いた。
「オーベルは、リンデの宿にいる」
部屋が、静かになった。
「あいつは、町が焼けるのを、待ってるんだ。焼け跡で、帳面が燃えたのを確かめるために」
「……審問官が、黒鴉を呼んだと?」
ベルントが、低い声で言った。
「呼んだのか、黒鴉が勝手に来たのかは、分からん。だが、どっちでも、あいつは困らない。リンデが焼ければ、傭兵どうしの喧嘩の巻き添えで、町が一つ焼けた。それで終わりだ。王都には、そう報告が行く」
ガルドは、ベルントを見た。
「お前の報告でな」
ベルントは、答えなかった。
「町の人を、逃がせないのか」
俺は言った。
「リンデには、二千人いる」
ヘルガが言った。
「年寄りも、子どもも、病人も。黒鴉は、明日の夜明けには着く。一晩で、二千人を、どこへ逃がす。南の街道は一本しかない。荷車で詰まって、動けなくなったところを、後ろから騎馬に追われたら、どうなる」
ヘルガは、地図の上の、リンデの町を、指で叩いた。
「町の壁の中のほうが、まだましだ。壁がある。門がある。守る場所がある」
「……守る」
「守るんだよ」
ヘルガは、言った。
セラ村には、壁がなかった。
門もなかった。
松明を消した二十騎が、真夜中に入ってきて、屋根に火を投げた。それだけで、終わった。
リンデには、壁がある。
そして、今度は、来ることが分かっている。
「灰狼団は、何人いる」
ベルントが訊いた。
「怪我の軽いのも入れて、動けるのが、四十」
クルトが答えた。
「黒石原で二十死んだ。怪我の重いのは、砦に残す。町の若い衆を集めても、槍を持てるのは、百もいない」
「黒鴉は、二百以上。それに」
ベルントは、言葉を切った。
「魔法使いがいる」
部屋の全員が、俺を見た。
俺は、ミラの顔を、思い出していた。
塔の上の、ろうそくの火を見ていた顔。
「ベルント」
ガルドが、言った。
「お前の騎士は、二十人いるな」
「……はい」
「来い」
ベルントは、ガルドを見た。
「隊長。私は、審問官の護衛として、ここに来ています」
「知ってる」
「騎士団を、灰谷の戦に出すには、領主か、王都の命令がいります。リンデの代官は、王都にいる。黒石原の本隊に早馬を出しても、返事が来るのは三日後です」
「知ってる」
「命令がなければ、騎士団は動かせない」
ベルントの声は、硬かった。
「動かせば、私が、命令違反で罰せられる。私だけではありません。部下の二十人も」
ベルントは、目を伏せた。
「……兄を、命令違反で失った家が、どうなったか。隊長も、ご存じでしょう」
セイルの肩が、ぴくりと動いた。
ベルントは、セイルのほうを見なかった。
ガルドも、それ以上、何も言わなかった。
◇
会議が終わって、部屋を出ると、ドッジが、廊下の窓から、リンデの町を見下ろしていた。
町の東の外れ。一番黒い煙。
ドッジの家の、鍛冶場だった。
「……親父、まだ炉を焚いてる」
ドッジは、つぶやいた。
「明日、黒鴉が来るのも知らないで」
「知らせに行こう」
「知らせて、どうする」
ドッジは、窓枠を、ぎゅっと握った。
「親父は、逃げない。鍛冶場は、親父の、全部だ。逃げろって言っても、炉の前から動かない。そういう人だ」
ドッジは、笑おうとして、笑えなかった。
「だから、守るしかない」
セイルは、廊下の壁にもたれて、欠けた剣を見ていた。
ヴォルグの大剣を受けて、欠けた剣だった。
「……ヴォルグも、来る」
セイルが言った。
「来る」
「あの男に、勝てる気がしない」
セイルは、ザルム谷の森で言ったのと、同じことを言った。
でも、声が違った。あのときより、少しだけ、しっかりしていた。
「勝てる気がしないから、一人では行かない」
セイルは、俺を見た。
「班長。俺は、どこに立てばいい」
俺は、セイルを見返した。
答えは、まだなかった。
でも、訊かれたことには、答えなければならなかった。班長だから。
「……考える。今夜中に」
「分かった」
セイルは、それだけ言って、剣を鞘に収めた。
エルナは、窓の外を見ていた。
東の山のほうを。
「ミラも、来る」
エルナが言った。
「黒鴉の魔法使いだから。必ず、連れてくる」
「ああ」
「なら」
エルナは、俺を見た。
「迎えに行ける」
塔の上で、必ず迎えに来ると言った。
ミラは、こっちを見ていなかった。
でも、明日、ミラは、山を下りてくる。鎖につながれたまま、リンデの町に向かって。
◇
中庭に、団員が集められた。
四十人。松明の明かりの中に、並んでいた。黒石原から帰ってきた顔。怪我がまだ治りきっていない顔。昨日、エルナの肩を見た顔。
ヘルガが、井戸の縁に、片足を乗せた。
「聞きな」
中庭が、静かになった。
「黒鴉が、リンデに来る。明日の夜明けだ。町を焼くつもりだ」
誰も、何も言わなかった。
「騎士団は、来ない。王国軍も、来ない。命令がないからね」
ヘルガは、ベルントのほうを見なかった。
「来るのは、うちだけだ。四十人。黒鴉は、二百。それに、魔法」
ヘルガは、四十人の顔を、ゆっくりと見回した。
「金にはならないよ。誰も、うちに金を払わない。死んでも、給金は出ない」
団員の一人が、笑った。
「いつも出ないじゃないですか」
「黙りな」
ヘルガは、言った。
にっこり、笑っていた。
それから、門のほうを向いた。
丘の下の、リンデの町の灯りを。
「行くよ」
ヘルガは、言った。
「うちの町だ」
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