班長代理
誰が行く、と訊かれて、最初に手を挙げたのはクルトだった。
「第一隊から、十人出す」
「多すぎる」
ガルドが言った。
「国境の山を、十人で越えたら、黒鴉の見張りに見つかる。向こうの土地だ。見つかったら、二百に囲まれて終わりだ」
「なら、何人だ」
「四人」
ガルドは、寝台の上から、俺たちを見た。
「四人なら、山の中で、岩一つの陰に隠れられる。四人なら、一晩で、塔の下まで行ける。四人なら、見つかっても、四人分の足で逃げられる」
「……第七班か」
クルトが、白い髭をしごいた。
「鉄札が四人。黒鴉の巣に」
「鉄札が四人で、俺を、黒鴉の二百の中から連れて帰った」
ガルドは言った。
「俺は、まだ生きてる」
ヘルガは、しばらく、俺たちを見ていた。
それから、机の引き出しを開けた。
銀貨の袋を、一つ出した。重そうだった。
「旅の金だ。山の向こうで、宿も飯も買えないだろうけど、持っていきな。賄賂でも何でもいい」
「……団長」
「帰ってきたら、飯代から引く」
ヘルガは、袋を、俺の手に押しつけた。
「全額ね」
◇
次の朝、ヘルガは、中庭に団員を全員集めた。
四十人。昨日、エルナの肩を見た四十人だった。
ヘルガは、井戸の縁に、片足を乗せて立った。
「昨日、見たものの話をするよ」
中庭が、静かになった。
「刻印持ちを知らせると、魔導院から銀貨が出る。十枚だ。知ってるね」
誰も、何も言わなかった。
「口を割ったやつには、銀貨十枚の代わりに、あたしの拳を十発くれてやる」
ヘルガは、右の拳を、目の前に掲げた。
ボリスより、太い拳だった。
「一発で、歯が三本飛ぶよ。十発で、三十本だ。人間の歯は、三十二本しかない。残りの二本で、銀貨を噛んでみな」
中庭の後ろのほうで、誰かが吹き出した。
それから、別の誰かが。
笑いが、中庭じゅうに広がった。
ヘルガは、笑わなかった。
「エルナは、うちの団員だ。うちの団員を売るやつは、うちの団員じゃない。分かったね」
「――おう!」
四十人の声が、揃った。
エルナが、俺の横で、うつむいていた。
耳が、赤くなっていた。
◇
ガルドの部屋で、地図を見せられた。
ガルドが、左手で、炭の棒を握って描いたものだった。線がよれていた。でも、山の形と、谷の形と、川の形は、はっきり分かった。
「黒鴉の拠点は、ザルム谷の奥だ。古い修道院を、砦にしてる。俺は、二十年前に一度、その近くまで行ったことがある。今は、もっと大きくなってるだろう」
ガルドは、地図の上に、丸を一つ描いた。
「修道院の、一番奥に、塔がある。鐘楼だ。昔は、鐘を鳴らしていた。ヴォルグは、たぶん、そこに金をしまってる。金と、帳面を」
「なんで、分かるんですか」
「金をしまう場所は、一番高くて、一番狭い場所だ。泥棒が上りにくい。それに、上から、砦じゅうが見える」
物見台と、同じだった。
「女の子も、そこにいるかもしれん。一番大事なものは、一番そばに置く」
ガルドは、炭の棒を置いた。
「行って、帰ってくるまで、山を越えて二日、二日。向こうで、使えるのは四日。それ以上いたら、騎士団が来る前に帰れない」
「四日」
「長いと思うな。短いと思え」
「それと、もう一つ」
ガルドは、四人を順番に見た。
「班長を決める」
部屋の中が、静かになった。
「今までは、俺が教官で、班長はいなかった。今度は、俺は行けない。山の向こうで、誰が決めるかを、先に決めておく」
ガルドは、少しも迷わずに、言った。
「リオ。お前が、班長代理だ」
俺は、何を言われたのか、分からなかった。
「……俺、ですか」
「お前だ」
「俺は、剣が」
「剣の話はしてない」
ガルドは、言った。
「班長の話をしてる」
ドッジが、俺の背中を、ばんと叩いた。痛かった。爪の傷は、もう治っていた。
「やったな、班長」
「まだ代理だ」
「代理でも班長だ。ロク村の婆ちゃんに、謝らないとな。班長は俺じゃなかったって」
エルナが、小さく、うなずいた。
セイルだけが、動かなかった。
「……なぜ、俺じゃない」
セイルが、言った。
低い声だった。
「剣なら、俺が一番だ。黒鴉の兵を斬れるのも、ヴォルグと斬り合えるのも、俺だけだ。山の向こうで、何かあったとき、前に立つのは俺だ」
「そうだ」
ガルドは、言った。
「だから、お前じゃない」
セイルの顔が、こわばった。
「お前は、前しか見ない」
ガルドは、静かに言った。
「前に立つやつは、前を見なきゃならん。それでいい。お前の剣は、前を斬るためにある。だが、班長は、前を見てるやつの背中も、横も、後ろも、全部見なきゃならん」
ガルドは、俺を顎で指した。
「リオは、全員を見る」
「……」
「谷の待ち伏せで、轍を見たのはリオだ。ロク村で、二つ目の巣を見たのもリオだ。黒石原で、尾根の向こうの騎馬を見たのも、煙の中で俺を見つけたのも、リオだ」
ガルドは、少しだけ、声を落とした。
「それに、こいつは、お前のことも見てる。夜明けの中庭で、お前が一人で剣を振ってたのを、物見台の上から、毎日な」
セイルが、俺を見た。
俺は、目をそらさなかった。
セイルは、何も言わなかった。
長い間、俺を見ていた。
それから、くるりと背を向けた。
部屋を出ていった。
扉が、静かに閉まった。
叩きつけるようにではなかった。それが、余計に、重かった。
ドッジが、扉を見て、俺を見て、ガルドを見た。
「……追いかけたほうが、いいか」
「いい」
ガルドは言った。
「あいつは、自分で戻ってくる」
ガルドは、寝台に、背中をあずけた。
「戻ってこなかったら、そのときは、班長代理が考えろ」
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