足手まとい
第七班の部屋は、食堂の裏の、石造りの小部屋だった。
窓が一つ。藁を詰めた寝床が四つ。それで、床がほとんど埋まった。
「これが、寝床か」
セイルが、戸口で立ち止まった。
「馬小屋のほうが、まだ広い」
「馬小屋は、馬の寝床だぞ」
ドッジが、真面目な顔で言った。
「知っている」
「なら、なんで比べるんだ」
「……もういい」
セイルは、一番窓に近い寝床に、荷物を置いた。誰にも訊かずに、だった。
問題は、エルナだった。
女の子が一人、男三人と同じ部屋で寝ることになる。ドッジがそわそわして、俺もどうしていいか分からなかった。
ガルドに訊きに行くと、ガルドは酒を飲みながら言った。
「嫌なら、別の部屋で寝てもいい。ただし空いてるのは、第二隊の酒飲みどもの隣だ。あいつら、夜中に歌うぞ」
エルナは、黙って部屋に戻った。
一番奥の隅の寝床に、荷物を置いた。天井の梁に紐を渡して、毛布を一枚、垂らした。それで、隅が小さく仕切られた。
それから、毛布の手前に、小刀を一本、置いた。
刃が、きれいに研いであった。
三人とも、何も言わなかった。言えなかった。
◇
夜中に、目が覚めた。
部屋の中に、鍛冶場の、ふいごみたいな音が響いていた。
ドッジのいびきだった。
吸うときに、ごおお、と鳴る。吐くときに、ぴいい、と鳴る。それが、規則正しく、ずっと続く。
暗がりで、何かが飛んだ。
セイルの靴だった。ドッジの腹に当たって、跳ね返った。
いびきは、止まらなかった。
もう片方の靴が、飛んだ。
止まらなかった。
「……化け物か、こいつは」
セイルの声が、闇の中でつぶやいた。
毛布の向こうで、エルナが小さく咳払いをした。笑ったのかもしれなかった。
俺は、どのみち眠れなかった。目をつぶると、燃える屋根が見えた。毛布から垂れた、細い腕が見えた。
窓から、北の空を見た。
星だけが見えた。松明は、見えなかった。
◇
次の朝、訓練が始まった。
砦の中庭に、四人並ばされた。ガルドは、片方だけの目で、俺たちを順番に見た。
「傭兵が一番使うのは、何だと思う」
「剣です」
セイルが、即座に答えた。
「違う」
「……盾、ですか」
ドッジが言った。
「違う。足だ」
ガルドは、門の外の丘を、顎で指した。
「逃げる足。帰る足。死なない傭兵は、みんな足が速い。最初に教えるのは、それだ。丘を三周。一番遅いやつは、昼飯抜き」
ドッジの顔が、また白くなった。
丘を走るのは、得意だった。
村では、毎日、畑から畑へ走って鳥を追っていた。坂も、草むらも、石ころも、足が勝手に覚えている。
一周目で、セイルを抜いた。
セイルは、驚いた顔をして、それから歯を食いしばって追ってきた。速かった。でも、坂の下りで足を取られた。走り慣れていない走り方だった。
二周目で、ドッジとエルナに追いついて、抜いた。エルナは、ずっと同じ速さで走っていた。顔色ひとつ変えていなかった。
ドッジは、坂の途中で、四つん這いになっていた。
「先に、行け……」
「大丈夫か」
「大丈夫じゃない……でも、昼飯がかかってる……」
三周目の終わりで振り返ると、セイルはずっと後ろだった。その後ろにエルナ。ずっと後ろに、ドッジ。
ドッジは、最後まで走りきった。ガルドの前で倒れて、空を見上げて、言った。
「……昼飯……」
「お前が一番遅い」
「知って、ます……」
「が、最後まで走った。今日は許す」
ドッジは、泣きそうな顔で、ガルドを拝んだ。
セイルは、膝に手をついて息をしながら、俺のほうを見ていた。何も言わなかった。
◇
昼からは、剣だった。
木の剣を、一人一本、渡された。
握った瞬間、手が震えた。
自分でも、なぜか分からなかった。木の棒だ。人を斬れるようなものじゃない。それなのに、指先が冷たくなって、うまく力が入らなかった。
「リオ」
ガルドが呼んだ。
「お前、それは何の構えだ」
「……剣の、構えです」
「麦を刈る気か」
言われて、自分の手を見た。両手で柄の端を握って、腰を引いて、刃を斜め下に向けていた。
父さんの鎌の、持ち方だった。
中庭のまわりで見ていた団員たちが、どっと笑った。
「セイル。相手をしてやれ」
セイルが、俺の前に立った。
木の剣を、片手で軽く構えた。それだけで、空気が変わった。背筋がまっすぐで、剣先がぴたりと止まっていて、ぶれなかった。
「来い」
俺は、木の剣を振り上げた。
次の瞬間、地面に転がっていた。
何が起きたのか、分からなかった。脇腹が痛かった。見えなかった。目には、自信があったのに。
立ち上がった。
また、転がされた。
今度は、少しだけ見えた。セイルの剣が、俺の剣の下をくぐって、脇腹を打った。見えただけで、体は一歩も動かなかった。
剣が向かってきた瞬間、足が固まった。
あの夜と、同じだった。
立ち上がった。転がされた。
立ち上がった。転がされた。
五回目に立ち上がったとき、セイルが剣を下ろした。
「……なぜ、起きる」
「倒れたままだと、飯抜きだろ」
息が切れて、それしか言えなかった。
見ていたドッジが、深くうなずいていた。
ほかの二人の番も、あった。
ドッジは、盾を持たされた。ガルドが丸太を一本抱えて、思い切り盾にぶつけた。ドッジは、一歩も下がらなかった。
「壁か、お前は」
「鍛冶屋の金床を、毎日運んでたんで」
エルナは、弓を渡された。自分の弓を、と言って、自分のを使った。四十歩先の的に、三本射た。
三本とも、真ん中に刺さった。
エルナは、何も言わずに弓を下ろした。中庭が、しんとした。
訓練の終わりに、セイルがガルドの前に立った。
「隊長。お願いがあります」
「言ってみろ」
「俺を、一人で仕事に出してください。班は、要りません」
セイルは、俺のほうを見なかった。見ないまま、言った。
「足手まといと組む気は、ありません」
ガルドは、しばらくセイルを見ていた。
「却下だ」
「なぜです」
「お前が、まだ分かってないからだ」
セイルは、唇を噛んで、中庭を出ていった。
足手まとい、というのが誰のことかは、訊かなくても分かった。
俺だった。
◇
夕方、部屋の前で、ガルドに呼び止められた。
ガルドは、長い棒を一本、俺に突き出した。
剣ではなかった。
先に、色の褪せた赤い布が、巻きつけてあった。
旗竿だった。
「お前、剣は明日から握らなくていい」
「……え」
足手まといだから、外されるのだと思った。
ガルドは、砦の壁の一番高いところを、顎で指した。古い石の塔が一本、空に向かって突き出していた。
「明日から、お前は、物見台だ」
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