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「伏せろ!」

 ガルドの声だった。

 赤い光が、落ちてきた。

 見えていた。全部、見えていた。光の塊が、空をゆっくり横切って、灰狼団の陣の、少し前に落ちるのが。

 落ちる場所が、分かった。

 第一隊の、真ん中だった。

 地面が、跳ねた。

 体が、浮いた。何かに背中を殴られたみたいだった。気がつくと、俺は、石ころの上に、うつぶせに倒れていた。耳が、何も聞こえなかった。

 顔を上げた。

 斜面の上が、燃えていた。

 第一隊が並んでいたところに、黒く焦げた窪みができていた。その縁で、人が転がっていた。燃えている人もいた。槍も盾も、ばらばらに散らばっていた。

 音が、少しずつ戻ってきた。

 悲鳴だった。


 ドッジが、俺の上に覆いかぶさっていた。

 盾を、背中に乗せていた。盾の表面が、黒く焦げて、煙を上げていた。

「……リオ。生きてるか」

「……ああ」

「エルナは」

「いる」

 エルナが、ドッジの盾の下から、這い出してきた。顔が、煤で真っ黒だった。怪我は、していないみたいだった。

「セイル」

「ここだ」

 セイルは、少し離れた岩の陰で、片膝をついていた。剣を、抜いていた。頬に、切り傷があった。

 四人とも、生きていた。


 黒鴉の列が、動き出していた。

 さっきまで、ぴくりとも動かなかった黒い列が、まっすぐ、斜面を登ってきていた。揃った槍の穂先が、刃物の壁みたいに迫ってきた。

 灰狼団の陣は、崩れていた。第一隊の半分は、窪みの中だった。第二隊は、炎に追われて、ばらばらに下がっていた。

 王国軍の騎士たちは、平原の真ん中で、ガルムの崩れた列を追っていた。こっちを振り向きもしなかった。

 黒鴉の岩の上で、赤い光が、また、膨らみ始めた。

 俺は、数えた。

 一。二。三。


「下がれ!」

 灰狼団の、第一隊長だった。クルトという、髭の白い男だった。顔の半分が、煤と血で汚れていた。

「下がれ! 峠まで下がれ! 怪我人を担げ!」

 団員たちが、怪我人を引きずって、斜面を下り始めた。峠への道は、陣の後ろの、谷沿いの細い道だった。三日前に、北へ向かって越えてきた道だ。

 十二。十三。

「止める者がいなけりゃ、全滅だ」

 ガルドが、言った。

 クルトが、振り返った。

「第三隊が、残る」

 ガルドは、もう、斜面の上に向かって、歩き出していた。

「谷の入り口で、黒鴉を止める。お前らが峠を越えるまでだ」

「ガルド、お前」

「お前の隊は、半分になった。俺の隊は、まだ八人いる。勘定だ」

 クルトは、何か言いかけて、口を閉じた。

 それから、短くうなずいた。


 二十。二十一。

 ガルドが、俺たちの前で、足を止めた。

 片方だけの目で、四人を順番に見た。

 俺。ドッジ。セイル。エルナ。

「お前らは、怪我人と一緒に行け」

「隊長も」

「俺は、残る」

「俺たちも、第三隊です」

 セイルが言った。

「隊長の班です。残ります」

「お前らは、まだ鉄札だ」

 ガルドは、言った。

「殿は、銀札の仕事だ」

 二十五。二十六。

「行け」

「……」

「三人なら帰れる、だろ」

 ガルドは、口の端を、少しだけ上げた。

 初めて見る顔だった。笑ったのだと思う。

「お前らは、四人だ」

 ガルドは、背を向けた。

「余裕だ」

 二十九。

 三十。


 赤い光が、また落ちた。

 今度は、陣のずっと後ろだった。逃げていく第二隊の、すぐ横だった。

 地面が跳ねた。悲鳴が上がった。

 ドッジが、俺の腕をつかんだ。

「行くぞ、リオ」

「……」

「行くぞ!」

 ドッジに引っぱられて、走った。

 エルナが、前を走った。セイルが、最後尾を走った。何度も、後ろを振り返りながら。


         ◇


 谷沿いの道を、走った。

 怪我人を担いだ団員たちが、前を走っていた。足を引きずる者。肩を抱えられた者。担架に乗せられて、動かない者。

 俺は、一度だけ、振り返った。

 谷の入り口に、八人が立っていた。

 ガルドと、第三隊の七人。

 横一列に並んで、槍を構えていた。谷の入り口は狭い。人が八人並べば、ほとんどふさがる。ロク村の熊の切れ目と、同じだった。

 その向こうから、黒い列が、迫ってきていた。

 黒い列が、八人に、ぶつかった。

 槍と槍が、噛み合った。

 八人は、下がらなかった。

 黒鴉の岩の上で、また、赤い光が膨らみ始めた。

 俺は、数えた。

 数えながら、走った。

 二十八。二十九。三十。

 赤い光が、落ちた。

 谷の入り口に。

 煙が、八人を、飲み込んだ。


「振り返るな」

 セイルが、後ろから言った。

 声が、かすれていた。

「振り返るな。走れ」

 走った。

 谷の道は、少しずつ、上りになっていった。峠への坂だった。息が切れた。足が重くなった。

 前を走る団員の担架から、誰かの腕が垂れていた。

 坂の途中で、道が大きく曲がっていた。曲がる手前に、岩が突き出していて、そこからだけ、谷の入り口が見下ろせた。

 俺は、そこで、止まった。

 足が、止まったのではなかった。

 俺が、止めた。

お読みいただき、ありがとうございます。

毎日、朝7時と夜21時に更新します。

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