↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
18/33

王国軍

 ひと月で、ドッジの脚はつながった。

「早すぎる」

 エルナは、添え木を外して、ドッジの脛を指で押しながら、首をかしげた。

「普通は、もうひと月かかる」

「よく食ったからな」

「そういう問題じゃない」

「そういう問題だろ」

「……熊より、治りが早い」

 エルナは、本気で不思議そうな顔をしていた。ドッジは、杖を放り投げて、中庭を一周走ってみせた。三歩目で転んで、マーサ婆さんに怒鳴られた。


 俺は、そのひと月で、馬に乗れるようになった。

 戦場では、歩いていたら置いていかれる。斥候なら、なおさらだ。教えてくれたのは、ボリスだった。

「背中を丸めるな。馬に、怖いのがばれる」

「ばれると、どうなるんですか」

「馬が、お前を馬鹿にする」

 最初の十日で、十四回落ちた。

 ボリスは、十四回とも拾ってくれた。拾って、一日じゅう笑っていた。最初に約束したとおりに。

 剣は、まだ、人に向けて振れなかった。

 木の剣で、藁の人形を叩くことはできるようになった。でも、セイルが相手になって、剣を向けられると、やっぱり足が固まった。

 ガルドは、それについて、何も言わなかった。


         ◇


 灰狼団は、五十人で、北へ向かった。

 砦に残ったのは、ヘルガと、年寄りと、怪我人と、マーサ婆さんだけだった。

「死ぬんじゃないよ」

 門の前で、ヘルガは、一人ずつの顔を見て言った。

「死んだら、給金は、払わないからね」

 団員たちが、笑った。毎回、同じことを言うのだとボリスが教えてくれた。

 三日、北へ進んだ。

 山道を上って、峠を一つ越えると、急に、視界が開けた。

 平原だった。

 黒い石が、あちこちに転がっていた。草が、まばらにしか生えていない。その向こうに、灰色の山並みが、壁みたいに立っていた。山の向こうが、ガルム諸侯連合の領地だった。

「黒石原だ」

 ガルドが言った。

「二十年、ここで、行ったり来たりしてる」


 平原の手前に、王国軍の陣があった。

 見たこともないくらい、大きかった。白い天幕が、何百も並んでいた。真ん中に、青地に白い塔の旗が、何本も立っていた。馬が、千頭はいた。兵隊は、その何倍もいた。

 騎士たちの鎧は、磨かれて、日の光を跳ね返していた。

 灰狼団の陣は、その端の、石ころだらけの斜面に割り当てられた。

「端っこだな」

 ドッジが言った。

「傭兵は、いつも端っこだ」

 ボリスが、荷を下ろしながら言った。

「真ん中は、騎士様の場所だ。俺たちは、横から来るのを止める。横は、一番死ぬ」


 陣を張っていると、騎士が何人か、通りかかった。

 俺たちを見て、口元をゆがめた。

「金で戦う犬が、来たぞ」

「犬は、骨をやれば、どこにでも走る」

 団員たちは、聞こえないふりをした。慣れているらしかった。

 セイルだけが、手を止めていた。


         ◇


 夕方、王国軍の騎士が一人、灰狼団の陣に来た。

 三十代の後半くらいの男だった。背が高くて、短く刈った黒い髪に、白いものが少しだけ混じっていた。鎧の胸に、隊長の印がついていた。

 男は、陣の中を見回して、ガルドを見つけると、まっすぐ歩いてきた。

 ガルドの前で、止まった。

 かかとを、揃えた。

 右の拳を、胸に当てた。

「ガルド隊長」

 まわりで陣を張っていた団員たちが、手を止めた。

 騎士が、傭兵に、礼をしていた。

 ガルドは、顔をしかめた。

「隊長は、やめろ、ベルント」

「では、何とお呼びすれば」

「ガルドでいい。今は、お前のほうが隊長だろうが」

「私にとっては、今でも隊長です」

 ベルントと呼ばれた騎士は、拳を胸から下ろさなかった。

「十年ぶりです」

「十二年だ」

「……十二年ぶりです。お変わりなく」

「変わったさ。目が一つ減った」

 ガルドは、自分の閉じた左目を、指で叩いた。

 ベルントは、何か言いかけて、やめた。


 俺は、ボリスの袖を引いた。

「隊長は、騎士だったんですか」

「昔な」

 ボリスは、小声で言った。

「王国騎士団の、隊長だった。あのベルントってのは、そのころの部下だろう。ガルドは、二十年ちょっと前に、騎士団を辞めて、灰狼団に来た」

「なんで、辞めたんですか」

「さあな。訊いても、言わねえ」

 ボリスは、肩をすくめた。

「二十年、一緒にいて、一回も言わねえ」


 ベルントとガルドは、陣の端で、しばらく話していた。

 声は、聞こえなかった。ベルントの顔は、ずっと硬かった。

 話が終わると、ベルントは、もう一度、拳を胸に当てた。それから、帰りかけて、俺たちのほうを見た。

 セイルの顔で、目が止まった。

「……君は」

 セイルが、まっすぐ立った。

 それから、片膝をついた。

 右手を胸に当てて、左手を背中に回した。頭を下げた。

 ゆっくりと、流れるような動きだった。食堂で、銀の匙を使うときと、同じだった。

「お目にかかれて、光栄です、騎士殿」

 まわりの団員たちが、ぽかんとしていた。

 ベルントの後ろから、ついてきていた若い騎士が二人、それを見て、顔を見合わせた。

「……今の、見たか」

「ヴェルナー家の作法だ。北の、あの」

「ああ。二十人を、殺した家の」

 セイルの背中が、凍りついた。

 片膝をついたまま、動かなかった。

 若い騎士たちは、笑っていた。声をひそめもせずに。

「傭兵に落ちて、まだ騎士の真似か」

「兄貴と同じで、身の程を知らんらしい」


 セイルは、立ち上がらなかった。

 頭を下げたまま、拳を、地面の上で握りしめていた。

 俺の横で、ドッジが、動いた。

 ドッジは、ずかずかとセイルの隣まで歩いていった。

 それから、セイルの真似をして、片膝をついた。

 右手を胸に当てた。左手を背中に回そうとして、届かなかった。腕が太すぎた。仕方なく、左手を、尻の上に置いた。

 頭を下げようとして、体が傾いて、横に転がった。

 石ころだらけの地面に、大男が、ごろんと転がった。

「……お目にかかれて、こうえいです、きしどの」

 転がったまま、ドッジは言った。

 若い騎士たちは、一瞬、ぽかんとした。

 それから、腹を抱えて笑い出した。灰狼団の団員たちも、笑った。俺も、笑ってしまった。

 さっきまでの笑いとは、違う笑いだった。

 誰も、もう、セイルを見ていなかった。


 ベルントが、若い騎士たちを振り返った。

「行くぞ」

 短い声だった。二人の笑いが、ぴたりと止まった。

 ベルントは、セイルに、軽く頭を下げた。それから、二人を連れて、自分の陣へ戻っていった。

 セイルは、ゆっくり立ち上がった。

 膝の土を、払った。

 まだ地面に転がっているドッジを、見下ろした。

「……左手の位置が、違う」

「届かなかったんだ」

「腕が太すぎる」

「知ってる」

 セイルは、手を差し出した。

 ドッジは、その手をつかんで、起き上がった。


         ◇


 日が沈むと、王国軍の陣に、火がともった。

 何百もの焚き火が、平原の手前に、星みたいに並んでいた。

 俺は、灰狼団の陣の一番高い岩の上に座って、それを見ていた。ガルドに言われて、夜の見張りについていた。

 王国軍の陣の、真ん中あたり。

 旗の立ち並ぶ一番大きな天幕の横に、小さな天幕が一つ、ぽつんと張られていた。

 その前に、焚き火があった。

 焚き火のそばに、子どもが一人、座っていた。

 俺より、二つか三つ、年下に見えた。痩せた男の子だった。膝を抱えて、火を見ていた。まわりに、槍を持った兵士が四人、立っていた。

 守っているようにも見えた。

 見張っているようにも、見えた。

 男の子の首に、何かが光っていた。

 焚き火の明かりを受けて、銀色に。

 輪だった。

 首に、ぴったりとはまった、細い銀の輪。

「……あれは」

 後ろで、足音がした。ガルドだった。

 ガルドは、俺の視線の先を、片方だけの目で追った。

 それから、低い声で、言った。

「王国の、魔法使いだ」

お読みいただき、ありがとうございます。

毎日、朝7時と夜21時に更新します。

続きが気になると思っていただけたら、ブックマークと、ページ下の「評価」の★で応援していただけると、第七班の飯が一品増えます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。