8. 人望は財布ではございませんの
企ては、私が問いただすより先に、社交界を歩き出していた。
オティーリエの工房から、問い合わせの文が来たのである。曰く――ヴァルトハイム家が「玄関の間」なる会をお作りになるそうね。会費を納めれば、レギーナ様とのご同席が叶うとか。あなた、いつから会費制になりましたの?
お返事は一行で済ませた。『会費で買えるわたくしは、おりませんの』。……後日、この一行が工房の壁に貼り出されているのを見る羽目になるのだが、それはまた別の話である。
……お父様。動き出すのが、早すぎますわ。
先触れというものは、正式の触れより足が速い。父はまだ、誰にも「会」を売っていない。売っていないのに、値段の噂だけが、先に王都を歩くのである。
騒がない。騒げば、企てに輪郭を与えてしまう。私はその足で、招待をくださった方々を一軒ずつ回った。劇場の玄関で、工房の裁ち台の脇で、御者だまりの軒下で、同じ一言を置いて回る。
「父の企ては、わたくしの玄関とは、別でございます」
だと思った、が三軒共通のお返事だった。ブルーノ親方に至っては、聞き終える前に手を振っている。姐さんの玄関は姐さんのもんだ、うちの連中にはもう言ってあります、と。……否定して回るつもりが、回る先々で、私のほうが手当てされて帰るのである。皆さま、私の父を、私より正しくご存じだ。
書斎は、葉巻と古い紙の匂いがする。子どもの頃、これは「入ってはいけない部屋」の匂いだった。今夜は、自分から入るのである。
夜、書斎の扉を叩く。
父は、企て書を隠さなかった。会費、格式、月に二度の茶会、同席の枠。紙の上の私は、なるほど、良い商品である。
「悪い話ではないのだ。お前の顔を広うしたのは、わしではない。お前だ。なら、その値打ちを家の益に変えて、何が悪い。……三年前、わしはお前に、ずいぶんな役を負わせた。今度こそ、お前の得になるようにと」
言葉の後ろ半分は、声が小さかった。この人は三年間、負い目を「良縁」という言葉で塗り続けてきた人である。塗りの下の色を、初めて見た気がする。
――三年前の、あの日。
客間の扉の隙間から、私は「担保」という言葉を初めて聞いた。言ったのは先方の家令である。父は言い返さず、言い返さないまま、私には「良縁だ」と言い張った。あの背中の硬さを、私は覚えている。
だから、怒鳴らない。代わりに、いちばん丁寧に言うのである。
「お父様。人望は、財布ではございませんの」
「……値打ちがある、という話をしておる」
「財布は、自分で開けるものですわ。人望は――向こう様が、開けてくださるもの。開け方をこちらが指図した時点で、あれは、消えてしまいますのよ」
父の指が、机の端で一度、止まる。
「商い伯爵と、陰で言われ続けてきた。娘の玄関が王家より賑わうなら、それは、うちの……」
「家格、ですの?」
「……いや」
父は、そこで初めて言い淀んだ。言い淀んだ分だけ、本音なのだろう。
「三年前のお役目は、恨んでおりませんわ。あのお役目の待ち時間で、わたくし、王都中と知り合いましたもの。……ですからどうぞ、これ以上、わたくしの玄関にお手を伸ばしになりませんよう。あそこにあるのは、家の資産ではなくて――わたくしの、お友だちですの」
父は長いこと黙って、それから、企て書を抽斗に仕舞った。仕舞っただけで、破りはしない。……休戦、である。まあ、いい。企てというものは、次に動いたときのほうが、断りやすいのだから。
階段を上りながら、手のひらを開いて、閉じる。啖呵というものは、切ったあとのほうが震えるのである。言い切れたのは、たぶん、玄関の籠のおかげだ。あそこに積まれた三年が、今夜の背骨なのである。
◇
夕方の散歩で、私は生まれて初めて、愚痴というものを言った。筋道も落ちもない話を、川が海へ行くぶんくらい、歩きながら流した気がする。歩くたび、言葉が勝手に出て行く。玄関で言えない言葉から、先に出て行くらしい。公爵は、解決策をひとつも言わなかった。
「……何も、仰いませんのね?」
「ええ。散歩ですから」
「では、もうひとつだけ。……お父様を、嫌いになりたくありませんの。これは、我儘ですの?」
「いいえ。……それは、宿題です」
宿題。良い言葉である。解くのに、期限がない。
拍子抜けして、それから、笑ってしまった。愚痴というものは、答えを貰うと反省会になる。流してもらえると、ただの散歩になるのである。
別れ際に、一言だけ。
「……あなたの玄関は、あなたのものです」
翌朝、籠のいちばん上に、白い一通が載っていた。王家の紋。うちの執事が、白手袋を二枚重ねにする格の一通である。
園遊会の招待状に、王妃陛下の直筆で一行、こうある。『「玄関の」あなたに、お会いしたいわ』。
……王都でいちばん断れない一通が、いちばん軽やかな字で書かれているのである。




