03:おはようございます③
「はい、どうぞ」
顔を洗い、髪をセットしなおした京がリビングに戻ると、すでに朝食の準備が出来ていた。
程良く焼き色を付けられたフワフワのトーストにバターが添えられ、メイプルシロップが少々かけられていた。フレンチトーストである。
「ありがとう、彩」
もうとりあえずキスしてどこか最高にロマンチックな所に連れ去りたい衝動を抑え、優雅な動きで椅子に腰掛けながら礼を述べる。
なんてお洒落な朝食なのだ!
京が一人で食べる朝食といえばカップ麺かオニギリくらいのモノ。それに対して妹の手によってつくられたこの一片のパンのなんと優雅で優しく雅やかな事だろう。
「いただきます」
礼儀正しく手を合わせ、ナイフとフォークを手に取る。それらを器用に使ってフレンチトーストを一切れ、口に運ぶ。
溶けた。
なんという柔らかさ。表面はカリッとした歯ごたえを残しているが、その中には最早、トーストではなくプリンが詰まっているようだった。シナモンとバニラエッセンスの調和が生み出す優しい香りがベースの味となり、少量のメイプルシロップがそれを引き立たせている。
一切れ食べたと思ったら、体が勝手に次の一切れを口へ運んでいた。あっという間に完食である。
天才だ。天才だ、彩。我が妹よ。
気が付くと、彩が机の向かい側に座り、京の表情を眺めていた。眺めるというより、何かを伺っているように見える。
「ごちそうさま。美味しかったよ」
ナプキンで口元を軽く拭い、彩に言う。彩の表情がパァっと明るくなった。京は思わず目を細める。太陽かと思った。
「ほんと!?良かったぁ……」
どうやら味の心配をしていたらしい。そんな心配などいらない出来栄えだったというのに、彩は不安だったようだ。
彩は空になった皿を確認すると、すぐにキッチンに下げてくれる。
早速、調理学校のパンフレットを取り寄せよう。独学でこの味を引き出す才能。この才能はすぐに料理業界を変えてしまうに違いない。
「そういえば、彩、学校はどうした?」
キッチンに向かう彩の背中に京はさり気なく問うた。階段を降りる途中から、ずっと気になっていた事だ。
休みという事はないだろう。黒に赤の線が入った学校指定のセーターに、同じ色彩をした膝下の丈のスカート。彩はいつもの制服に身を包んでいる。
だが、それならば本来、この時間にはすでに家を出ていないと間に合わない。
「あるよ。本当はもう向かってないといけない時間なんだけど、バスが遅れてるみたいなの。だから、次のバスまでお家で待機なんだよ」
なん…だと…?
京は戦慄した。
彩がコーヒーを入れてキッチンから戻ってくる。鼻の奥を極上の香りがくすぐる。だが、京が戦慄したのはコーヒーの見事さではない。
「学校、間に合うのか……?」
一瞬の沈黙がリビングを支配した。
「……多分、ムリだと思う」
彩は、苦しそうにポツリと、そう言った。
京の額から、ねっとりとした気持ちの悪い汗が頬を伝い落ちた。




