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02:おはようございます②

 階段を降りる途中、京は下から物音がする事に気がついた。そしてそれ以前に、京の鼻はそれを感じ取っていた。


 京の鼻の奥を微かにくすぐった香り。甘酸っぱく、そして爽やかな、フローラルでトロピカルなその可憐な匂い。


 彼女が、いる。


 それを察知した瞬間、京の寝ぼけ眼はクワッと開いた。


 京は階段を降りるのを中断し、バック走で自分の部屋まで駆け上がった。無地のTシャツに緩めの青いジャージという、寝間着モード全開の服を一流マジシャンのトリックか、あるいは舞台役者の早着替えのように一瞬で脱ぎ捨て、次の瞬間にはクローゼットに並んでいた漆黒のタキシードに着替えていた。クローゼットの扉の裏に付けられた姿見の鏡を見ながら、キュッと真っ赤なタイを整えて、髪の寝癖をクシだけで解き、準備は完了。


 改めて部屋を出ると、静かに階段を降り始めた。

 あくまで冷静に、紳士的に、ダンディズムで。


「あ、おはよう。お兄ちゃん」


 階段を降り、リビングに出ると、そんな声が京を迎えてくれた。

 鈴を転がしたような音色。澄み切ったソプラノは大自然の川のせせらぎのようにやさしく、そしてナチュナルにその空間に溶けていく。


「おはよう、彩」


 京は大きすぎず、しかし小さすぎない前妙な音量で声を放った。顎を軽く引き、スマートな発声を意識。舌の筋肉は階段を下りながら口内ですでにほぐされている。噛むこともなく流暢な調べが紡がれた。挨拶には表情も大切だ。口角を緩やかに上げてやさしい笑顔を崩さないように心がける。

 それら全てをあくまで自然に行う。笑顔も自然に、鼻の下を伸ばすような事もなく、頬が緩みすぎることもあってはならない。あくまでイケてるイケ兄としてリビングに降り立つのだ。


「今日は早起きさんだね。夜勤明けでキツくなぁい?」


 その声の主、西院豪彩(セイインゴウ アヤ)は京の妹である。

 京の睡眠時間の短さを心配してくれている。


 あぁ!なんということだ!この優しさ!というか顔も体も声も匂いも!すべてが愛おしすぎる!今日の下着は何色だ!?

 

 京は思わず彩を抱きしめた。

 慎重180cmと長身の京に対して、150cmと彩は小さく、抱きしめれば京の胸にすっぽりと覆えてしまう。髪の毛から漂うシャンプーの香りが京の鼻をくすぐった。

 アメーイジングッ!!


「ひゃぁ!?」


 驚いた彩の右の手の平が京の頬を打った。ピシャン、と綺麗な音がした。

 抱きしめられた窮屈な体勢をものともしない見事な張り手であった。


「も、もうっ!急になにすんのよ!!」


 彩は顔を真っ赤にして京から離れると、そそくさとキッチンに逃げていった。


「お腹すいてるんでしょ? すぐに作るから、ヘンな事しないでちゃんとそこで待っててよね!」


 あぁ、照れている顔も仕草も可愛すぎる。そして痛みすら、激痛と快感の狭間。とっさの反応でも見事な力加減である。

 パァーフェクッ!!


 顔を洗おうと向かった洗面台の鏡に写った京の左の頬には赤い手形がついていた。綺麗な妹の手の形をしている。


 京は「ほぅ……」と溜息をついた。その平手打ちの痕跡にすら、見惚れてしまう美しさを感じてしまう。


「すべてが、美しい……」


 京にとって彩という妹は何よりも愛おしいモノだった。京がこの世で一番美しいと信じ、最も愛する存在。京の世界の中心。

 そんな妹と同じ空間にいれる。それだけでいつ死んでも良い!


 これが、西院豪京と言う男である。

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