祝福されぬ者たち
戦いが終結した時。
アンセルムスは他の神々を前に、その口を開いた。
ほかの神々が、彼らのすむ星へ還ろうと言っていたときであった。
「俺は、帰らない」
「アンセルムス!?」
その言葉に、仲間たちが驚きの声を上げる。アンセルムスの近くにいたキアラは哀しそうに彼を見ていた。
そんなキアラの髪を撫で、アンセルムスは言った。
「『神』が存在していたことで、この世界には祝福が、スキルがもたらされていた。偽りの神が死んだ今、誰かがその代わりをしなければならない」
「・・・・・・・・・・・・・・・・それが、お前だというのか、アンセルムス?」
クロヴェイルの言葉に、アンセルムスは頷く。
他の者には、この世界に『祝福』をもたらすことはできない。
何故なら、彼らには『祝福されたもの』であるから。
祝福されるものが、同時に祝福を与えることはできない。それに、一時とはいえ、『神』と同化したアンセルムスには、そうしなければならない理由もわかっていた。
人々には、『祝福』が必要なのだ。
「それにな、クロヴェイル」
アンセルムスは寂しげな笑みを浮かべて親友を見る。記憶を取り戻す前は、あれほどまでに憎しみを抱いていたクロヴェイルを。
「俺は、あまりに多くの命を奪ってきた。それは、抗いようのない事実だ」
「そんなもの、『神』を倒した今では・・・・・・・・・・・・」
クィルの言葉に「いいや」とアンセルムスは首を振る、
「贖罪はこれしきでは終わらないし、たとえ、終わったとしても、俺自身が赦せない」
反逆者はそう言うと、皆を見る。
「だから、これは俺がしなければならない。俺自身が償う必要がある」
「俺たち13人では、いけないのか?」
ユグルタの言葉に、首を振るアンセルムス。
「お前たちには、お前たちを待つ連中がいるだろう?お前たちは、帰らなければならない。この世界を、真の優しい世界にするために」
そう言ったアンセルムスはキアラを離すと、一歩、彼らから離れる。
「アンセルムス様!」
「兄さん!」
叫ぶキアラとエノラを見て、アンセルムスは笑った。
陰のない、心の底から浮かべる笑み。
「俺はもう、独りじゃない」
もう、認めてもらわなくとも、ここにいる。
俺は、ここにいていいのだ。
なんてことはない、いつだって答えはそこにある。
固い決意を持ったアンセルムスを前に、それ以上一同は何も言えない。
クロヴェイルは、涙でぬれた瞳を親友に向けた。
そして、一歩近づくと、その腕を大きく振る。殴られるか、と思ったアンセルムスをクロヴェイルが抱きしめる。
「アンセルムス・・・・・・・・・・・・・・すまなかった」
「もう、謝るなよ、親友」
そう言い、友の背を叩くアンセルムス。
そして、突き放すと、12人に向かって言う。
「さっさと行けよ。やるべきことは山ほどあるんだからな」
そして、新たな神は、12人を光の中へ、地上へと送り出した。
「アンセルムス様、私は何時までもあなたを――――――――――!!!」
そう言ったキアラの言葉に、アンセルムスは笑って言った。
「ありがとう、キアラ」
そして、12人の前から黒髪の青年は姿を消した。
それから、あの天上の宮殿に彼らが行くことはなかった。
スキルが未だ存在することから、アンセルムスが生きているのは確かだろう。となると、彼があそこに行けないようにしているのだろう。
世界からは『神』が消え、人々自身が世界を作っていく。そういう話になっていた。
だから誰も知らない。『神』として人々に祝福を与え続ける存在を。
アンセルムスは、誰もいない空間にぽつんとある玉座に座る。
そこから見える世界は、光であふれていた。
いつか、夢見た世界。それを、ついに取り戻した。
けれど、そこに戻るには、あまりにも彼の魂は汚れていた。
そんな彼の力がなくとも、世界は動く。
だからこそ、彼はここで世界のために戦う。
神殺しの刃を構え、アンセルムスは虚空を睨む。
『神』と呼ばれた影。あれは、別次元からこの世界に送られてきた、『統治システム』である。
未熟な世界を支配し、システムを神とした完全な世界を作り出すことを目的としたもの。
そして、同じようなシステムは無数に存在するという。
あの『神』が自分が消えた後の世界がどうなるか、を言っていたのは、きっとこのことだったのだろう。
第二、第三の『神』の出現。そのことを示唆していたのだろう。
「はた迷惑なシステムだ」
どこかの次元の狂った学者によって作り出されたそれは、きっとまた遠くない未来、この世界に現れることだろう。そして、再び『神』と同じことをするだろう。
そのためにも、アンセルムスはここに残った。世界をすべて見渡せるここで、永遠の時の中を生きながら贖罪を果たすために。
自分を待つといったキアラには悪いが、これがアンセルムスの選んだ道であった。
「なんて、かっこつけすぎか」
アンセルムスは指輪を取り出し呟いた。指輪はもう、壊れかけていた。
アンセルムスはそれを握りしめる。指輪は、音を立てて崩れた。
「さようなら、ナターシャ」
そして、アンセルムスは歩き始めた。当てのない、孤高の旅の一歩を。
そんな彼の背に声が駆けられる。
「アンセルムス!」
驚き、振り返ったアンセルムスの目には、虹色の光彩を放つ髪の少女が映る。
「ミアベル、なぜ、ここに・・・・・・・・・・・・」
「だって、あんた一人じゃ心配だからね」
そう言い、笑うミアベル。
「クィルやエノラには言ってきたのか?」
「勿論さ」
両親は娘を抱きしめた。娘の、ミアベルのことを案じながらも、ミアベルの意思を尊重し、彼らはミアベルを送り出した。
「あと、これ」
そう言ってミアベルの渡してきたのは、小さな木で作られた人形。
それは、フォクサルシア族に伝わるお守り、だったはずで。
「キアラさんが、あなたに、って」
「・・・・・・・・・・・・」
そのお守りの裏には「永遠に、あなただけを」と書いてあった。
「まったく、さっさと俺のことは忘れればいいものを」
そう言い、アンセルムスは大事そうにそれを胸元にしまい、ミアベルを見る。
「過酷な戦いだ。誰に知られることなく、長い時と異なる世界を生きていくことになる。それでも、お前は俺とともに行くのか?」
アンセルムスの言葉を、疑問とばかりに笑い、ミアベルは言った。
「私は世界を頼まれたしね。それに、やっぱりあんた一人じゃ不安だしね」
スキルも何もないんだしね、と笑うミアベル。
「お前は剣聖だからな、俺よりは強いだろう。・・・・・・・・・・・・・ふん、いいだろう、ならば勝手にしろ」
そう言い、黒髪の青年は歩き出した。
素直じゃないなあ、とミアベルは笑って頭を掻くと、小走りでアンセルムスの隣に行く。
そして、二人、果ての見えない先へ向かっていく。
手と手を取り合って。
この世界に、神はいない。
この世界にいるのは、無力な人間と、祝福された者たち。
ちっぽけな、けれど掛け替えのない理想と夢。
いつか見た、神々の夢。
それを守るために、彼らは歩く。
祝福なんかなくとも、彼らは歩いていく。
祝福されぬ者は、ふと振り返ると言った。
「この優しい世界に、祝福を」
そして、気持ちのいい笑顔を浮かべて青年と少女は光の中に消えていった。
(祝福されぬ者たち ―Ungifted Heretics― 了)




