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それぞれの道


『神』の消滅とともに、この世界にはびこっていた命亡き影の軍勢はその姿を消した。

オリュンの山々で戦っていた命ある者たちは、傷だらけの身体を起こし、空に輝く太陽に向かて、勝利の雄たけびを上げた。






三か月後。





この世界を歪めた『神』が死んだからと言って、この世界が順調にその姿を取り戻す、と言うことはなかった。

国同士の問題や、種族の問題は未だに根を張っていた。確かに、以前よりもその関係性が見直されてきてはいるが、未だ問題は多く、それを解決するには更なる時間を有するであろう。





イヴリス大陸。


森林深き、エルフの国シレン。

シレンの女王として即位したネフェリエ女王による統治により、エルフは排他的であったその今までの様子を変え、他種族との交流も多くなっていた。

驕り高ぶるエルフ族、というもののなりは徐々にひそめ、世界の復興に向けてその力を貸していた。


「ネルグリューン、あまり遠くに行くんじゃないですよ」


「わかってるよ、母さん!」


にこやかに言って子供らしくかけていく娘を見送り、ネフェリエは笑う。

そして、ふと空を見て呟く。


「ランドール、見えますか。あなたの世界を、娘を」


そう呟き、寂しげに笑うとネフェリエは自分の仕事のために立ち上がる。


「女王様!」


彼女を呼びに来たエルフの女性を振り返り、彼女は女王然とした顔でうなずく。

そして、机の上にあった、槍の破片をそっと撫でると、それを胸元にしまい、歩き出した。


「そう言えば、女王様」


侍従の一人がふと思い出した、と彼女に手紙を手渡す。


「これは?」


「タムズ殿とクローリエ殿から、です」


ああ、とネフェリエは息をつくと、その手紙を覗いた。

そして、そこに書いてあることを読み、にこやかにほほ笑む。そして、手紙をしたためるために筆記具と紙を取り出すと、机に向かう。が、すぐにそれを辞めると「出かける」と言い、歩き出す。

慌てる侍従を気にもせず、娘もつれていこうか、などとネフェリエは思った。




ハンノ=イヴリス連邦。

魔族の国家群とイヴリス大陸国家の調整のため、その責任者となっていたユグルタは毎日のように仕事に追われていた。

ダラス少将による推薦と、神であったということから、立派な肩書と仕事を押し付けられた形のユグルタだが、彼自身、この仕事には思い入れもあった。

今日は首都イスカンブールを離れ、とある村の進展状況の査察に来ていた。

歩くユグルタの隣には、オーク族のドラッヘが立っていた。


「進展状況は?」


「ごらんのとおり、順調ですよ、調整官殿」


ドラッヘはそう言い、獰猛に見える笑みを浮かべた。


「魔族側の責任者の言葉だ、信じていいだろうな」


「勿論」


魔族側の責任者としてドラッヘが指名されたのは、当然ともいえよう。ドラッヘの勇名と武勇、信頼は大きなものであり、魔族国のハズメットやクィルらからの信頼も厚いとなれば。

ドラッヘ自身、オーク族の国造りで忙しいのだが、暇を視ては他の種族の村々を視察したりしているらしい。


「それにしても、淫魔族と人間族の間で少しばかり騒ぎがあったと聞きましたがね、調整官殿」


「やはり、いきなり問題のない世界になどなるはずもない。まあ、気楽にやっていくさ」


もう、『神』はいないのだから。

そう笑ったユグルタは空を見た。青い空は澄みきっており、太陽を覆う雲は一切ない。

大地を照らす太陽を見て、ユグルタは呟いた。


「いい天気だ」





ファムファート大陸。

バーティマ共和国。

共和国国家長ゼル・マックールとエレナの結婚式が行われ、多くの人物が訪れて祭り騒ぎになったのが、一か月前。

今は、だいぶ落ち着いており、ゼルの指導の下、再び自由と平等の国の模索をしている。


「ゼル」


顰め面をしている緑色の青年に、コーヒーを差し出すエレナ。

心身ともに追っていた傷も、あの戦い以後、すっかり元に戻っていた。とはいえ、あの記憶がなくなったわけではない。

そんなエレナは、自分がゼルの隣に立つにはふさわしくない、などと悩んでいたが、ゼルの結婚宣言に流され、こうして実際に結婚してしまった。

とはいえ、ゼルのことは好きであったし、理想のために戦うその姿を支えたいと思っていた。だから、後悔はなかった。


「まったく、問題ばかりだ」


そう言い溜息をつく夫の姿をクスクスと見るエレナ。

若き英雄とはいっても、やはりゼルはゼルだな。

そう思い、エレナはほほ笑み、ゼルの頬に手を添え、その頭を抱きしめる。


「大丈夫。時間はいっぱいあるんだし、皆あなたのことは認めているから」


「ああ」


頬に当たる妻の手を握りしめ、ゼルは目を閉じる。

この手のぬくもりを、守り抜こう。この生が終わる、その時まで。

さあ、続きをしよう。革命の続きを。




バラル帝国。

アクスウォードやセアノとの停戦が正式になされた。それを契機に、ラトナ騎士団団長クロヴェイルと副官であったミランダはともにその職を辞した。引き止める父、黎帝の説得も聞かず、クロヴェイルはやめるとそのままミランダと結婚した。

英雄の結婚式、と言うことでさぞや派手なものかと思われたが、ごく一部の物のみを招いたひっそりとした式を挙げたという。

その後、二人はラウリシュテン領の屋敷で穏やかな日々を過ごしている。


「ミランダ」


畑仕事を終えた英雄が妻の名を呼ぶ。が、妻の反応はない。

朝、ケンカしたことをまだ根に持っているのか、とクロヴェイルは苦笑した。とはいえ、妻の子の反応も嫌いになったから、というよりは愛されているから、であると思うと、愛おしくさえ思えてくる。

それでも、流石にずっと部屋に引き籠りでは面白くない。

そう思ったクロヴェイルがミランダの部屋に入った瞬間、彼の首元に槍の穂先が向かってくる。


「おっと!」


剣を抜き、それを押さえたクロヴェイルは、襲ってきた相手の顔に自身の顔を近づける。


「お姫様はまだ、ご機嫌斜め?」


「勿論ですよ、ヴェイル!」


怨みがましくクロヴェイルを見るミランダ。だが、本気で怒っている、と言うわけではない。

これも、一種の愛情表現、とクロヴェイルは思っていた。

まったく、手間のかかる、と思うが、まあ、何度も自分に殺されてきたのだから、これくらいは仕方がないか、と諦めている。

そんな妻の耳元に口を寄せ、クロヴェイルは呟いた。


「愛してますよ、ミランダ」


「・・・・・・・・・・・・・!?あ、あなたはっ」


紅い顔で槍斧を振り回すミランダを見ながら笑うクロヴェイル。

穏やかな陽光の下、英雄は笑う。





クライシュ大陸。

グラウキエ大宗主国では、新たな大宗主が選出されていた。

新たに大宗主となったのはリナリーの父であるアルミオン氏である。戦後、大宗主の地位を退いたオーギュナントに代わり、新たな大宗主任命の会議が行われた。

最大のライバル候補であったレグナが、あっさりとアルミオン支持に回り大宗主はあっさりと決まった。

とはいえ、大宗主と言っても、国をどうこうする力はほぼない。レアレス教徒の指導者的な立場こそあれ、それだけである。


レズ=グラウキエ=コンクードの花の咲く誇る庭園で、アルミオン大宗主の娘であり、レア女神の転生体であるリナリーは静かにそこで座り、世界を見ていた。

そんな水色の髪の少女の隣には、逞しい魚人の青年がじっと立っている。


「リナリー」


リクターはそう言い、少女を見る。


「世界は、もう俺たちの力がなくとも、やっていけるな」


「そうね」


そう言ったリナリーの肩に置かれた手が、少女の身体を包み込む。


「結婚しよう、リナリー」


ふふ、と笑うリナリー。


「ほかのみんなが結婚したからって、焦ってるの?」


「いいや、本心だ」


そう言った魚人族に、水色の髪に少女は呆れたような、だが嬉しそうな顔で笑う。

あの輪廻の中で支えてきてくれたリクター。そんな彼を、嫌いなはずはない。


「喜んで、リクター」


結婚式には、ベレフォールの地で穏やかに暮らす、ロイとルルーも招こうか、と考えて、クスリと少女は笑った。





中央大陸。

霧の山脈の奥深くの村。

タムズとクローリエ夫妻とハーイアとアミテリア夫妻といったものが棲みつき、いつの間にか村になっていたそこで、新たな命が生まれた。


「クローリエ!!」


ぐったりとするクローリエを見て、タムズが叫ぶ。そんな夫を弱弱しく笑ってみると、クローリエは産婆の手にいる自身の子どもを愛おしげに見る。


「ほっほっほ、元気な男の子ですよ」


そう言い、タムズに手渡す。タムズは小さく、今にも壊れてしまいそうな息子をおっかなびっくり持つ。そして、クローリエに見せる。


「ほら、見えるか?」


「ええ、見えるわ、タムズ」


そう言い、笑いあい二人。ここが見ている、などと言いあう二人を、産婆がにこやかに見る。

数時間後、出産のことを聞きつけた知り合いたちの祝福を受け、二人は幸せを実感していた。


息子を抱きしめながら、二人は強く互いの手を握る。

もう、何者も二人を切り裂くことはできない。

何があろうとも、永遠に、その魂は寄り添いあう。





ラカークン大陸。

かつて魔族国のあった場所には、再び魔族が棲みついていた。

今ではヨトゥンフェイム共和国、と名を変えてそこに存在していた。

国を束ねるのは、クィル・アルゲサス。魔神ハズメットの跡を継ぎ、指導者として才覚を発揮していた。

アクスウォードのカッシート王子やバーティマのセル・マックールなど、他国の知人の協力もあり、その国の形は三か月で整っていた。

そんなクィルとエノラは正式に結婚した。


「クィル」


黒髪の少女の手には眠る赤ん坊がいた。クィルはそんな娘を撫でる。

自信と同じ紫色の髪の赤ん坊。それは、違う次元での娘、ミアベルとは全く違う髪色であり、瞳もエノラのような黒であった。

ミアベルは飽くまでもリナリーのスキルによって変質した存在であるため、全く別人、と言ってもいいであろう。そう言う事情もあり、二人は彼女にメリーベルと言う名を与えた。ミアベルが『祝福』であるために、似たような名前にしよう、とミアベルと言っていたのだ。メリーベルは『未来』を意味する。


「メリーベル、お父さんですよ」


赤ん坊にそう言い、エノラは娘を撫でる。


「邪魔するぞ」


そんな三人のもとに、金髪の魔神が入ってくる。レヴィア=ツィリアである。

エノラやクィル、それにミアベルの願いもあり、魔神はヨトゥンフェイム共和国に住んでいた。

そして、ミアベルの時同様、彼女もまたメリーベルを可愛がっていた。


「レヴィア、どうかしたの?」


基本、家族だけの時間にはレヴィアは遠慮するのだが、そんな彼女が来た、と言うことは何かあるのだろう。そう思い、エノラは聞いたのだ。


「セウスとセラーナからだ」


そう言い、魔神は一通の手紙を手渡す。確かにそれはセラーナの筆跡であった。

ヨトゥンフェイム共和国の重鎮であり、仲間である二人は今、古代遺跡の調査、と言う名目の新婚旅行中である。

最初は二人があった地を訪れるのだ、と話していた。

手紙にはいろいろなことが書かれていた。どうやらラカークン大陸以外にも回っているらしい。


「まったく」


そう笑い、エノラは腕の中の娘を揺する。赤ん坊は楽しそうに声を出す。


「ありがとう、レヴィア」


「ああ、気にしないで。それより、邪魔して悪かったわね」


じゃあ、と言い、剣聖は去っていった。彼女自身メリーベルをめでたい気持ちはあったが、この場は我慢した。

レヴィアを見送ったクィルとエノラは深く、長いキスをした。

その腕の中で、自分を無視するなとばかりに赤ん坊が泣き、二人は苦笑した。


エノラはふと、自身の兄と娘のことを思い出し、空を見た。


「兄さん、ミアベル」




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