終わりとはじまり
昏き空を抜け、星を見上げるまでに遠く彼方、神々はかつての自分たちのいた場所、『神』の居城へと向かっていた。
魔力によっておおわれた十三人は、魔神たちが作り出した光の柱に従い、深淵を進む。
やがて、歪な魔力に覆われた空間にたどり着く。そこには、わずかではあるが、穴が存在していた。
十三人を覆う光の弾が、その穴を通り抜け、中へと進んでいく。
その眼前に現れる『神』の城。
「これが・・・・・・・・・・・・・・」
ミアベルの呟きに、アンセルムスは頷く。
「ここが、バビロン・・・・・・・・・・・神々のすむ楽園、だった場所」
バビロン、と呼ばれた光り輝き、華咲き誇る楽園。しかし、それは神々の記憶にあったそれとは違う。
歪で、鋭い針のような塔。遥か古代の機械仕掛けの城は、不気味に神々を迎え入れる。
「我らの見ていた楽園は、所詮幻であった、ということか」
クロヴェイルはそう言い、光の弾を操り、バビロンの正面門に降り立つ。
「敵の姿は、ないか」
「だが、油断はできぬな」
タムズとユグルタが周囲を警戒しながら言う。セラーナとクローリエが周囲に魔力の弾を飛ばし、周囲を探知する。
「・・・・・・・・・・・影はいないわ」
「全部、あそこに投入した、ということかしら」
「あるいは」
アンセルムスは二人の言葉を受け、口を開く。
「俺たちを招いているのかもな」
「・・・・・・・・・舐められたものだな」
リクターは憮然とした顔でそう言い、槍を握りしめる。輪廻に踊らされ続けてきた彼らの抵抗など、『神』にとっては細事に過ぎないのか。余裕すら感じさせる敵に、神々は何とも言えない感情を呼び覚ました。
「とはいえ、奴が油断しているのならば、話は早い。まっすぐ、あいつを殺しに行くまで」
神殺しの刃を構え、アンセルムスは言う。仲間たちはその顔を見て頷く。
城の内部は、不気味であり、彼ら意外に動く生物もいない。
見上げる風景は、不気味な錆びた城と、暗い空。光の刺さない暗黒の世界だけが広がっている。
かつて、そこに暮らしていた神々は、あの門の向こうにいるであろう敵を目指して歩いていく。
そして。
巨大な門を前に、13人は立っていた。
「・・・・・・・・・・・・・」
アンセルムスは静かにそれを見る。やっと、ここまで来た。
長い、長い時間と過ちを繰り返し、ついにアンセルムスは『神』の前にたどり着いた。今まで、何度も『神』を殺してきたが、それは『神』によって与えられた偽りの勝利と絶望でしかなかった。
だが、今回は違う。自分自身の意志と、そして思い出した約束のため。そのために、アンセルムスはここに立っていた。
アンセルムスは他の者たちを見る。
皆、決意は固く、気を引き締めていた。
クロヴェイルがアンセルムスを見ていった。
「行こう、アンセルムス。終わらせよう、全てを」
「ああ」
そして、十三人の手が扉を押した。
『待っていたぞ』
そして、そんな十三人を底の見えない闇と、玉座に座す巨大な影が待っていた。
『神』を名乗り、世界を操り続けた異形は、十三人を余裕さえ感じさせる態度で迎え入れた。
「よう、クソッタレ野郎。殺しに来てやったぞ」
『アンセルムス。殺戮と混沌に立ちし、災厄の神よ。わざわざ絶望を味わうために来るとは、お前もつくづく馬鹿な奴だ』
ほかの神々を見て、影は言う。
『真実を思い出したところで、貴様らは何もできぬ。力なき神々よ、お前たちの持つ力は、もとは我のもの。造物主である我に刃向うとは、愚かの極み』
そして、影は虹色の神の少女を、腫物を見るかのように凝視する。
『イレギュラーよ。希望を押し付けられた、哀れな少女よ。何がお前をそうまでさせる。希望など、初めからない方が楽だというのに、光に手を伸ばす。理解できない』
ミアベルはバイザーを外し、その輝く瞳で影を見る。
「さっきから、何言ってるかわからないけど、お前はここで倒す!」
『できるものか。小さな、小さな無力な貴様らに』
影は大きくなる。巨大な獣のような姿、7つの首を持つ、邪悪な竜の如きその姿。
『我が支配し、導いてやろうというのに、何が不満なのだ?』
「御託並べやがって、うるせえよ、くそ野郎」
アンセルムスは剣を構える。黒曜の瞳は、巨大な影を恐れもせず、強い光を放った。
『ふ、さすがはアンセルムス。強気意志と闇を統べる神よ、だからこそ、我は貴様をこの絶望に落とした』
「だが、それも終わりだ」
クロヴェイルらが武器を構える。
そして、光のごとく、走り出す。
巨大な悪に向かって、神々は反逆の刃を突きつけた。
だが。
『無駄だ、きさまらのスキルなど、我に意味はない』
魔法を受け止め、各々の武器を受け止め、影は言った。
クロヴェイルの閃光の如き一撃も、リクターの突進も、クィルの鋭い爪も、セラーナの魔術も何もかも、『神』の前には無力であった。
受け止められた戦士たちの身体を吹き飛ばし、影は嗤う。
『弱いな、神々よ』
「強すぎる、なんだ、この力は」
ゼルは呟き、宝剣を杖代わりに立ち上がる。
リナリーが顔を上げ、影を睨む。
「私たちと似た力を、影の内部から感じます」
「・・・・・・・・・・どういうこと?」
エノラの問いに答えたのはセラーナではなく、影であった。
『貴様ら神々の力は、確かに強い。だが、貴様らの力を封じる方法はいくらでもある。たとえば』
そう言った影の首の根元の部分に、何かが浮き出てくる。そして、その浮き出たものを見てアンセルムスが呆然とつぶやく。
「キアラ・・・・・・・・・・・・・」
「マキノか!?」
クロヴェイルは唯一かけていた神、マキノの転生体の少女を見る。殺されたと思われていた少女は、影に囚われていた。
フォクサルシアの少女はぐったりとしており、その華奢な肉体を闇が蝕んでいる。
『アンセルムスの神殺しの刃。それをもってすれば、我も殺せよう。だが、我の死はすなわち、マキノの死』
クツクツと影は嗤う。
『アンセルムスよ、記憶を取り戻した貴様に、この娘を切り捨てることはできるか?』
楽しそうな声が、アンセルムスの心に突き刺さる。
お前に、もう一度この娘が殺せるか。
影は嗤う。
「貴様ァ・・・・・・・・・・・・!!」
『アンセルムスよ、再び我が手となり、脚となり、この世界を支配しようではないか。貴様もわかっているだろう、我に勝てないと。屈せよ、さすればお前を王にしてやろう』
「アンセルムス、奴の戯言に耳を貸すな!」
クロヴェイルが叫んだ。
『貴様の望みも、何もかも叶えよう。アセリア、ナターシャ、それにこの娘。お前が切り捨ててきた人々も、愛した人々も、全てを与えよう。我がもとに戻ってくるのだ、悪意と真実の神、アンセルムスよ』
「俺は」
アンセルムスは口を開く。神殺しの刃は鈍く光る。それを持つ左手は、わずかに震えていた。
「俺は・・・・・・・・・・・・・」
思い出す、幾多の死。悲しみの記憶。後悔の輪廻。
それを壊したいと思った。
だが。その決心は、キアラの姿を目にした時、揺らいだ。
彼女を殺してまで、『神』を討ったとしても、どうなるというのか。そう思ったのだ。
神殺しの刃でその命断たれし者は、魂すらも消滅する。
『神』を殺した後の世界。それは、やり直しも繰り返しもない世界。そんな世界で、愛したマキノの魂を持つ少女がいない、という状況にアンセルムスが耐えられるだろうか。
耐えられはしない。
アンセルムスは弱い目で、皆を見る。
「すまないな、皆」
そして、その剣を地に突き刺すと、影に向かって歩き出す。
「兄さん!」
「アンセルムスっ!」
叫び声を聞きながら、アンセルムスは足を止めずに影に向かう。
その巨大な足元に立ち、アンセルムスは言う。
「さあ、俺をお前の手足にするがいい。『神』よ、ずっと、それが目的だったのだろう?」
『神』の目的。それは最高の肉体、器を手に入れるため。そのために、アンセルムスという魂に目を付けたのだ。
世界すらも壊すその意志に、その魂に、『神』は何物にも代えがたい魅力を見ていた。
ついに、と『神』は笑う。
いくら『神』による影響を受けようとも、決してひざを折ることはなかった神が、ついに屈したのだから。
『神』は偽りの神ではなく、本物の神になることができる。
無数の触手を伸ばし、アンセルムスの身体を包み込む『神』。
そして。
その巨大な影がアンセルムスの中に入り込む。ばたりと、キアラの身体が落ち、走り出したリクターがその身体を受け止める。
『ほほう』
アンセルムス、いや『神』は、にやりと笑い、その顔に邪悪な笑みを浮かべた。
「アンセルムス、ではないな」
クロヴェイルの問いに、アンセルムスの顔をしたものは頷く。
『そうだ、我こそこの世界の神。全てを司る、全能の神だ。古の神々よ』
黒曜の瞳が全員を見る。
『ここに、ついに我が世界を支配することとなる』
ククク、と笑う神。そんな神を前に、クロヴェイルらは絶望する。
ただ一人を除いては。
ミアベルは閉じていた瞳を開き、剣聖剣を力強く握り、立ち上がる。
『む』
神はそれを見て、その顔を歪める。
『まだ戦おうというのか、希望の少女よ』
「アンセルムスは、お前になんか負けてはいない」
ミアベルがそう言うと、影は嗤う。
『奴は屈した。身も心も、魂さえも我がものになった。もはや、希望はない』
「お前如きに、あの人を屈することができると思うな」
ミアベルはそう言い、アンセルムスに剣を向ける。記憶の中で見た、孤高で誰よりも理想に生きた神、アンセルムス。彼が屈することはないと、ミアベルは信じていた。
『ならば、その希望すらも壊してくれよう』
神殺しの刃を手に持つと、アンセルムスは嗤う。
そんなアンセルムスの前で、敵意を失いつつあった神々も、再び立ち上がった。
まだ、終わりではない。
『愚かな』
アンセルムスは低い声でそう呟くと、抵抗の意志を見せる神々と少女に剣を向けた。
アンセルムスは、深い闇の中、一人漂っていた。
無。
見渡す限りあるのは、深い闇。見えない光の中、アンセルムスは目を閉じ、耳を閉じ、口を閉ざし、ただ彷徨う。
静寂。
何も感じない、何も思わない。
そう、これでいい。
後悔もなければ、何もない。これでいい。
だが。
何かがよぎる。それは、忘れてはいけないことで。
そうだ。
絶対に、忘れはしない約束を。
『アンサズ』
闇の中、呼ぶ声がした。
アンセルムスは目を開けた。
そして、自身がいつの間にか握っていた、汚れてしまった指輪を見る。それは光り輝き、アンセルムスの周囲の闇を照らす。
「ナターシャ」
『諦めないで』
そう言い、彼女がアンセルムスの身体をやさしく抱きしめた。
『世界を取り戻して。あなたの世界を、希望を』
「ナターシャ!!」
叫ぶアンセルムス。
彼女のいない世界。それをどれだけ味わい、絶望したか。
手を伸ばす。
今なら、失くしたはずの彼女もつかめそうで。
でも、彼女は寂しく笑った。
『あなたがいるべき場所は、闇の中でも、私の側でもない』
そして、静かに彼の身体を突き飛ばす。
ナターシャは、涙を浮かべて笑っていた。
『行って、アンセルムス。そして、愛しているわ。いつまでも、何があろうとも』
「ナターシャッ!!」
神々はアンセルムスの足元に倒れていた。最後まで抵抗していたミアベルも、剣聖剣を取り落し、アンセルムスの脚で踏みつけられていた。
『無力。無様だな』
「く、そ」
『終わらせてやろう、希望の少女』
その神殺しの刃を振り上げたアンセルムス。だが、その身体が突如、止まる。
『なに?』
その時、アンセルムスの身体に宿る『神』の耳に、何かが聞こえる。
(クソッタレ野郎、好き勝手してくれたな)
『アンセルムス!?』
消えたはず、という『神』にアンセルムスはクツクツと笑う。
(お前は、俺のことを何にもわかってねえな、『神』)
そして、アンセルムスがニヤリ、と笑った気がした。
(俺の名はアンセルムス。反逆者アンセルムスだっ!!)
その時、光が奔り、アンセルムスの中に入っていた影が鳴く。
「がああああああああああああああああああああ!!!!」
何が起きたとばかりに目を見開く神々。そんな中、アンセルムスはその振り下ろそうとした神殺しの刃を、己の心臓につきたてた。
がは、と血をふくアンセルムスと、その中でのたうち絶叫する影。
『があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ』
「くそ、まだ、足りない、か・・・・・・・・・・・・・・」
口から血を吐き出しながらつぶやく、アンセルムス。神殺しの刃ですら、殺しきることができないとは。
その執念に、クソッタレと悪態を吐いた。
左手の力は弱まる。刃にかかる力が抜けようとすると、中にいる影が抜けだそうとする。だが。
「逃がすかよ」
なけなしの力で刃を突き刺し続けるアンセルムスにより、影は抜け出すことを許されない。
だが、このままでは殺しきることはできない。
そんなアンセルムスの手を、ミアベルの手が覆う。
「ミアベル?」
「終わりにしよう、アンセルムス。全部を」
そう言った少女の、太陽のような瞳を見て、アンセルムスは頷いた。
「そうだな」
『待て、待て、まてぇええええ!!!貴様等、何をしているのか、わかっているのか!我が消えれば、この世界、は・・・・・・・・』
「黙れよ、クソッタレ。てめえに何か施してもらわなくとも、俺らは生きていける」
そして、にやりと笑うアンセルムス。
「くたばれ」
ミアベルの力と、アンセルムスの力が、影を断ち切った。
『あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ』
暗闇の中を、長い永い絶叫が響き、そして、それは消えた。
呆気ない最期を迎えた『神』を名乗りし者。
鈍く、神殺しの刃が光った。
倒れ込んだアンセルムスは、駆け寄ってきたキアラに抱きしめられた。
フォクサルシアの少女の髪を撫でながら、アンセルムスは笑う。
「全部、終わったんですか?」
キアラの言葉に、アンセルムスは静かに首を振る。
「いいや、これからが始まりさ」
暗闇に包まれたそこは砕け散り、あたりには咲き誇る花々と、光が満ちる。
その中で、神々は空を見る。
空に輝く、無数の星を。
いつか見た、あの星空を。
全てはここから始まった。そして、またここから始めるのだ。




