影の軍勢
『神』の居城であり、かつて13人の神々が暮らしていた天上の宮殿。それは現在、宇宙の深淵に存在する。『神』の結界により守られ、不可視かつ不可侵。
まずはその結界を打ち破る必要がある。この結界を打ち破るために、魔神クラスの者の魔力が必要となる。
魔神ハーイア、魔神ハウシュマリア、魔神キュレイア、魔神レヴィア=ツィリア、大宗主ロイフォル・オーギュナント。この五者による、結界破壊の魔法陣を発動、神々の居城に張られた結界を破壊。
その後、12人の神々とミアベル=ツィリアが居城に突入。オリュン山山頂に存在するかつての階段と、ハーイアによって作り出された飛行魔術により、理論上はたどり着くことが可能であろう。
しかしながら、『神』もそれをそう簡単には許さないであろう。現に、今も遠き宇宙より蠢く無数の邪悪な者たちがいる。
それらから12人の神々や儀式を行う魔神たちの妨害を防ぐため、世界各国のあらゆる戦力がオリュン山を取り囲むように配置されている。
儀式の最も近くには、最強の騎士団であるラトナ騎士団、それにハンノ=イヴリス軍が配置。アクスウォードやセアノ、バラル帝国、バーティマの軍がその前面に展開し、さらにその外側には各国の軍が展開していた。
あらかじめ敵に備え、エルフ族や魔族によるトラップも仕掛けられている。これで、少しは数を減らせるであろうとアンセルムスは考えていた。
とはいえ、激戦は避けることはできないであろう。
魔神たちと大宗主が、それぞれ魔法陣の端に立つ。
魔神たちを見て、12人の神々が頷く。
魔方陣が、光り輝き、光の柱が天に向かって奔る。
空を覆う熱い雲を切り裂いて、それは遠く、宇宙の闇へと向かっていく。
そして、始まる。
人々は空を見る。
光の柱に群がるように、空で蠢く無数の影を。
邪悪なそれは、まっすぐ光の柱の立つ、魔法陣のあるオリュン山、中央大陸に向かってくる。
だが、そのまま山頂に行くことはできない。無数に張り巡らされた結界により、侵入を阻止され、影の群れは止む無くオリュン山頂上ではなく、その足元に広がる大地へと向かっていく。
そして、影の群れは命ある者たちへと襲い掛かる。
「来たぞぉ!」
「全員、影を一つたりとも通すな!」
叫び声が上がり、兵士たちは剣を抜いて、未知なる敵と対敵した。
戦闘の開始の音を聞いた神々が、山頂から地上を見る。
埋め尽くす無数の影。それを食い止める激戦の様子を。
仕掛けられたトラップで影たちの進軍は防がれてはいるが、何分その数はあまりにも多い。
早く魔方陣を発動させなければ、こちらまでやられる可能性がある。
「くそ、見ていることしかできないとは!」
ゼルはそう呟き、悔しそうに戦いの様子を見る。結界の破壊と同時に、彼らは居城へと向かわねばならない。おそらく、破壊された結界はすぐに修復される。一瞬のすきを突かねばならないために、彼らはここに居なければならないのだ。
敵の前面に立ち、戦い、命を落とす者たちを見ながら、歯を食いしばる。
「耐えろ、ゼル」
リクターが言う。ミトスハイアーを手に持ち、悠然と立つ魚人族は、強い意志を感じさせる眼で戦いを見守っている。
「俺たちはなすべきことだけを考えろ。それが、命を落とした者たちに対する、俺たちのできることだ」
「・・・・・・・・・・・・」
ゼルはただ黙って歯を食いしばる。
「とはいえ、押されているな」
クロヴェイルはそう言い、待機しているラトナ騎士団を展開させる。予定より幾分早いが、ここでやられては元も子もない。
戦力は出し惜しみできない。
「セウス・・・・・・・・・・・・・・」
セラーナは、今は隣にいない砂色の髪の魔神の名を呟く。セラーナたちの道を切り開くため、と前線に向かったセウス。その身を案じながら、セラーナは来たるべきその時を待つ。
影は、あまりにも異形であり、恐怖そのものであった。
無数の目、口を持ち、まるで貪り食うように噛みつき、殺していく。
これが、『神』の本性なのか、と戦う者たちは思う。
だが、恐怖に怯えるわけではなく、彼らは明日のために戦う。
たとえここで死のうとも、世界を守る。そんな意識が兵士たちの士気を上げる。そして、猛然と影に立ち向かわせる。
影を切り刻み、山頂へ辿りつかせないよう、戦う。味方が倒されても、彼らは戸惑わない。泣くことは、後でもできる。今は、この敵を倒す方が先決だ、と。
魔神セウスは、影を切り裂いた。
自身の愛剣セアリエルと、今は亡き親友バルドバラスの使った魔剣、グラシャラボラス。
それを両手に構え、魔神セウスは言う。
「我が名はセウス。トローアの王!」
そして、両手の剣で影を一刀両断する。
魔神は力強く言う。
「我がいる限り、お前たちを頂上に向かわせはしない」
そして、そんなセウスを無視するように進もうとした影たちを一刀で切り伏せる。
「一歩たりとも!」
闇の魔剣が膨大な魔力を解き放つ。その魔力によって作られた障壁が、影の道を阻む。影たちがそれを壊そうとする。だが、その間に接近していたセウスが影を切り裂いた。
魔力となって消滅した影を視もせず、セウスは素早くセアリエルで化け物の顎を裂き、身体を期し裂く。
彼の国は滅びた。だが、守りたいものがある。
守りたい世界がある。
「貴様たちを、セラーナたちの元までは向かわせぬ」
魔神はそう言い、数千の大軍に向かっていく。
「ああ、ダルイ」
魔女はそう言い、仕掛けていた魔術を起動させる。
大爆発が起こり、影たちが蒸発した。
だが、影たちはまたすぐに湧き出て山の傾斜を蠢いている。
「厭になるわね、なんで私がこんなことを」
魔女アテナはぶつぶつ言いながらも、魔術を展開し、次の攻撃を仕掛けた。
落雷が落ち、山の斜面を抉る。そこに影が落ちて行く。そこに、魔術で作り出した岩石を投げ込み、影たちを押しつぶす。
「キリがないったら、ありゃしない」
魔女はそう呟き、杖を振る。
杖より放たれた魔力光。それは一本の巨大な光の閃光となり、直線状にいた数百の影を打ち払う。
そして、額に浮かんだ汗をローブの裾で拭う。
「ああ、お風呂入りたい」
そう言い、魔女はまた魔力光を放った。
ハズメットはその鉄壁の身体で、迫りくる敵を打ち砕く。そして、後ろにいる数千の魔族に向かって言う。
「何としても阻止するのだ、世界の未来のため、我らの子どもたちのために!」
羊頭の魔神の言葉に「おう」と答える軍勢。
「全軍、突撃ィ!」
勇猛なるオークの将軍が叫び、魔族の大軍は影との戦いに突入する。
その拳と角で敵を屠るハズメット。そのすぐ横では、巨大な戦斧を振りかざすドラッヘ将軍がいた。
「はああぁ!!」
「キシャアアアアアアアアアア」
化け物は断末魔を上げ、消える。そして、ドラッヘは素早く横に斧を振り、跳びかかってきた陰を切り裂いた。
「造作もない!」
ふん、と鼻息をついて、ドラッヘは獰猛に吠える。
「魂なき木偶が、我らの前に立ちふさがるな!」
ドラッヘの裏拳が影の口を吹き飛ばす。よろけた影の顔面に斧の刃を叩きつけ、踏み潰す。
ハズメットは、魔力をその両手に込め、影に叩きつけた。魔力により膨張した影の身体が吹き飛ぶ。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
『鉄壁』は沈黙したまま、そこに仁王立ちする。
意志のない影がなぜか怯んだかのように一瞬止まり、魔神に向かって奔る。
「く、くそっ!」
戦いの最中、剣を弾き飛ばされた兵士は眼前に迫るその影の爪に悪態をつく。死を覚悟した兵士だったが、その瞬間、目前の影が一刀両断され、その身体が消滅する。
何があったのか、と周囲を見る兵士だが、味方の中でこちらに手助けする余裕のある者は誰もいない。
アレはなんだったのか。
そう思っていると、遠くで戦っていた、危機に墜ちいっていた味方に襲い掛かろうとしていた影が切り裂かれる。
その際に、黒装束の姿が、一瞬だけだが、見えた気がした。
黒装束、シャンクシーションクは両手のカタールで敵を切り裂くと、また走り出す。
シャンクシーションクのスキルは『高速移動』。ただ高速で移動するだけではなく、知覚魔術などで完治されることはなく、またスキル発動中はあらゆる障害をものともしない。壁を水平に走る、と言う芸当すら可能であるし、地平の起伏などもまったくものともしない。
シャンクシーションクはその機動性を生かし、一撃離脱で戦場を駆けまわっていた。
誰かとともに戦う、と言うのは苦手であったし、こういう戦闘の方が自分たちにはあっている。
黒装束の長、シャンクシーションクは胸中でそう呟くと、飛び上がり影にケリを放つ。
靴の部分に仕込まれた刃が影の頭部を切り落とす。
そのまま、胸元から出した呪符を張り付けると、影が爆発し、数体の影を巻き込み消滅した。
シャンクシーションクは地面にわずかに足を突いたかと思うと、すぐさま宙に跳び、そのままどこかに消え去った。
影が、何が起きたかも知覚できないうちに切り裂かれ、消滅していった。
魔方陣に立つ魔神と大宗主。彼らの魔力は、さらに光の柱を強くする。
「まだだ、もっと、もっとだ」
ロイはそう言い、遠くに見えるキュレイアを見る。彼女もロイを見て笑う。
二人の魔力が跳ね上がり、光の柱が太くなる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ハーイアは沈黙し、近くにいたアミテリアを見る。アミテリアはそんな夫を見て、微笑んだ。
「く、これほどの魔力をもってしても、破れぬか」
レヴィア=ツィリアはそう呟き、額の汗を拭う。
「だが、諦めはしない」
あの少女のためにも、私は。
そんなレヴィアやほかの魔神を見て、ひとりニヤニヤするハウシュマリア。
彼にとって、世界の命運など、正直どうでもいい。が、あまり『神』なるものに好きにされるのも癪だし、協力してやっている。強者と戦えれば、彼はそれで満足であり、別に『神』がいない世界でもそれは可能だ。ただ、その程度の理由しかない。
むしろ、さっさと結界なりなんなり破壊して、あの戦いの中に飛び込みたいと思う始末である。
そんな魔神たちの魔力で、わずかに空間に揺らぎが見える。
「結界が、わずかだが開いているのか?」
ゼルの言葉に、セラーナは首を振る。
「まだ弱い。あれでは、入る前に閉じてしまう。まだ・・・・・・・・・・」
「くそ、早くしてくれよ」
焦れたように言うクィル。今こうしている間にも、多くのものが戦い、死んでいるのだ。
「落ち着いて、クィル。今は耐えて」
エノラの言葉に、クィルも仕方ない様子で押し黙る。
「だが、そうもいっていられないようだぞ」
そう呟いたのは、リクターである。彼の視線の先では、巨大な、周りにいる影の数倍はあろう、八脚の馬のような獣が巨大な一角と驚異のスピードで、兵士たちを打ち破っていく。まっすぐ、オリュン山を上り、頂上を目指している。
「とめろぉ、死守しろぉ!!」
その言葉に、人間も魔族もエルフも、あらゆる国の者たちが向かうが、その速さには追いつけない。前に立ちふさがれば、肉塊にされてしまう。止めようがない。
「くそ、なんてやつだ・・・・・・・・・・・・・」
ギリ、と歯を食いしばるユグルタ。状況のせいで、彼らはここを動けない。
だが、このままでは魔法陣まで来るのは時間の問題である。
「まずい!」
ラトナ騎士団の守りさえも突き崩したそれは、ついに頂上に姿を現す。白銀の鬣を揺らした、八本脚のそれは、静かに嘶き、七つの瞳で魔法陣の全容と神々を見ると、にやりと笑ったように見えた。
そして、その猛威のスピードで神々に向かってくる。
「ちぃ!!」
武器を構える神々。だが。
「させるものか」
「っ!!!?」
恐るべき速さのそれの側面に、何かが当たる。それは、黒装束の男であった。
「シャンクシーションク!」
アンセルムスが叫ぶ。黒い頭巾は、衝突の影響か、脱げ白い髪の青年の顔が露わになる。
シャンクシーションクの攻撃で、その歩みを止めるそれ。シャンクシーションクを無視して、再び神々を見る。だが。
土の壁がそれを包囲した。
魔女アテナが離れた場所から使用した魔術の影響によるものであった。魔女の拘束は、しかし呆気なく打ち砕かれる。
それの前に、大剣を持った男と、砂色の髪の魔神が立ちふさがる。
「我がレア女神に仇名すならば、容赦はせぬぞ」
「邪魔立てはさせぬ」
レグナとセウス、それにシャンクシーションクとアテナ。四人に囲まれたそれは強行突破しようとする。だが。
シャンクシーションクにより背後を取られる。シャンクシーションクの攻撃はそれにダメージは与えられないが、その行動を邪魔することはできた。その間に作り出された魔女の土壁でさらにその行動は阻害され、二人の剣士の接近を許す。
レグナの大剣がそれの頭を狙う。それは澄んでのところでそれを避ける。だが、その先にはセウスがいた。セウスの持つ二本の剣。それが放つ、真逆のエネルギーがそれに襲い掛かる。
それは責めることもできず、防戦一方になる。そのうちに、脚の一つをレグナに切り落とされ、セウスによって目を一つ潰され、シャンクシーションクの攻撃により、腹を裂かれた。裂かれた傷から入り込んだ魔女の作った氷が、内側からそれを切り裂く。
「ふふん、舐めないでよね」
そう言うアテナは、弱り切ったそれを見る。指をパチンと鳴らすと、氷の刃が飛び出て影を跡形もなく消滅させる。
安堵の息を吐く面々。だが。
四方から悲鳴が上がる。
今、倒されたばかりの八脚の化け物が、さらに四体現れた、と言う。
「・・・・・・・・・・・・・」
消耗しているシャンクシーションクらは、思わず言葉を失う。しかし、青年をはじめ、ほかの者たちも、不敵に笑い神々を見る。
「アンセルムス様、敵を魔法陣のうちには一歩たりとも入れはしません」
そう言うと、閃光のごとく走り抜けていくシャンクシーションク。
アテナも、セウスもレグナも、それぞれ武器を手に、現れた影に向かっていく。
「早く、早くしてくれ」
クィルの言葉は、皆の気持でもあった。
周囲には絶叫と悲鳴が響く。影の勢いは強まるばかりである。だが、先ほど以来、山頂には敵の影は見えない。
そして、決戦開始から四時間ほどが過ぎた時、時はきた。
空を見ていたセラーナが、「来た」と呟いた。
そしてほかの神々とミアベルを見る。
「開いた、今しかない!」
そう言うと、神々は互いの手を握りしめる。ミアベルもアンセルムスとエノラの手を取る。
「意識を集中させろ、目指すべき敵のことを考えろ」
クロヴェイルが言い、魔力を解放する。彼の魔力により、飛行魔術の術式が展開される。本来ならば、古絶に魔術を使用すればいいのだが、アンセルムスやユグルタなど、魔力の少ないものや魔術の苦手なものもいるために、こういった方法となったのだ。
「行くぞ、最後の戦いに」
その言葉の後、十三人の身体は、高く、宇宙の果てに飛んでいく。
何者も、その進行を止めることはできない。
光となって去っていった十三人を見届けると、魔神たちは魔法陣から離れる。
「これで、あとは彼らに託すのみ、か」
「いや、我らにはまだ、やるべきことがある」
ハーイアの言葉に、レヴィアは言い放ち、剣聖剣を引き抜き、山の下で猛威を振るう影を見る。
ハウシュマリアはやっと戦えるとばかりに、獰猛な笑みを浮かべている。
魔神たちは、影の大軍に向かって突進していった。




