そして、神は夢を見る
光に包まれ、ミアベルが目を開けると、そこにはただ暗闇があり、その中央にはぽつんと一つの玉座があった。孤独な王の座るそこにいるのは、黒髪黒目の青年。
「アンセルムス・・・・・・・・・・・・」
その人物の名を呟き、バイザーの少女は呟いた。彼女の伯父であり、この世界に混乱をもたらそうとしたものであり、そしてかつては神であった男。神のころの記憶も、何もかもを奪われ、この理不尽な輪廻、神の手に縛られ続ける、哀れなひと。
ミアベルはこの世界に来た当初持っていた憎しみだけではない、別の感情で彼を見ていた。
孤独な彼の姿は、ひどく寂しげに見えた。
自分たちで作り出した世界を、己の手で壊し、そしてそうなってから気づく。何度も死を選び、懺悔を繰り返し、そして再び憎しみとともに世界を壊す。
そんな悲しい輪廻を断ち切る。それが、ミアベルの役目。
手に持った剣聖剣を強く握りしめる。
「ついに、ここまで来たか、イレギュラー・・・・・・・・・・・ミアベル・ツィリア」
アンセルムスが口を開く。静かな声には、隠し切れない苛立ちが見える。それもそうだろう、ミアベルの登場で彼のシナリオは破たんしたのだから。
「アンセルムス、あなたを止めに来ました」
「ふん、俺を止める、か。なるほどな」
アンセルムスはそう言うと、ミアベルを見る。
「何が貴様をそうまでさせる?そんなにも死ぬ気になって守りたいと思うほど、この世界は立派なものか?」
アンセルムスが虹色の輝きを放つ少女を見て語りかける。だが、彼の目は彼女を見てはいない。
遥か、遥か虚空を見ていた。
「夢は儚く散っていき、希望は絶望に変わる。持たざる者は、力なき弱者は虐げられ、一部の強者が世界を支配する。だが、それすらも、時の流れには敵わない。世界は残酷だ」
「だから、あなたがそれを壊す、と」
「そうだ。この世界の絶望を、理不尽を知る者にこそ、この世界を壊す権利が与えられる。俺が、あらゆる救われなかった魂のために、このクソッタレな世界を壊す。そう、決めた。そして、多くの命を踏みにじり、俺はここまでやってきた」
そう言い、アンセルムスは立ち上がり、自身の腰にあった『魔神殺しの刃』、否、『神殺しの刃』を抜いた。
「全てを捨てた。見捨てた」
右手の中の、冷たい指輪。色あせてなお、輝く幸福の記憶。それが、アンセルムスを突き動かす。
「俺は、俺を受け入れてくれた人のためにも、この世界を壊し、死んでいった彼女たちが生まれ変わった時、再び苦しむことのない楽園を作る」
「そんなこと、不可能だ」
ミアベルが言う。アンセルムスはクツクツと笑う。
「だろうな。俺もそう思うさ。だが、それでも、何もしないでいるよりも行動を起こした方がいい。世界は停滞したまま、緩やかに荒廃していく。それならば、いっそ、おれが壊してやる」
「それすらも、あなたの憎む『神』の思うままだと、なぜ気づかない!」
「神、だと?たとえ神であろうとも、この俺を止めることはできない」
「その髪に操られて、あなたが何度、世界を壊し、そして悔いてきたのかを、あなたは忘れてしまっているんだ!」
叫ぶミアベル。そんな少女の言葉を戯言と一笑に付し、アンセルムスは神殺しの刃を構える。
「剣を抜け、ミアベル=ツィリア。剣でもって決着をつけるべきだ」
「・・・・・・・・・・・・」
ミアベルは剣聖剣を構える。
「あなたは、哀しい人だ」
「ふん。哀しい、か。憐れんでいるのか、小娘」
アンセルムスが剣を振り、ミアベルに向かう。そして、刃を振り上げる。ミアベルはそれを難なく受け止める。
アンセルムスに才能はない。どれだけの努力を積み重ねたところで、彼には才能がなかったのだ。
事実、彼の剣戟は悉くミアベルの前に防がれている。
圧倒的な壁。それが、いつだって彼の前に立ちはだかり、拒絶する。
子どもの頃の絶望。逃げ出しても、逃げ出せない現実。
あの記憶は、忘れることはできない。
「お前には、わかるまい。俺のこの想いを!」
つばぜり合いをし、押し負け、後ろにふらつくアンセルムスが言う。
ミアベルは剣を構え、そこから動かない。
「貴様のその目は、その自信は、思いは!すべて貴様が愛された記憶があるからだ!」
「・・・・・・・・・・・アンセルムス」
「誰も、おれに手を差し伸べない!俺は、世界に拒まれた!愛されることも赦されない、祝福されぬ者!」
神殺しの刃を振り上げるアンセルムス。がむしゃらにただただ、攻撃する彼の目には、絶望だけが浮かんでいた。
絶望。それに囚われた哀れなひと。
その絶望を、終わらせよう。
ミアベルは剣聖剣を持つ手に力を込める。
そして、アンセルムスの手から神殺しの刃を弾き飛ばした。
宙に浮きあがり、剣は床に突き刺さる。
何も手に持たないアンセルムスは、諦めたように笑う。
「ふ、ふはははあははあはああはははは・・・・・・・・・・・これが、俺の最期か」
なるほど、俺にふさわしい最期だ。そう笑うアンセルムス。両手を広げ、挑発するようにミアベルを見る。
「殺せ。俺は、敗者だ。生き恥をさらすつもりなどない。俺は、俺の意志を変えない」
「・・・・・・・・・・・・」
ミアベルは黙って、剣聖剣を構え、アンセルムスに向かう。
このまま、彼の命を絶つことで、何が変わるというのだろうか。
そして、彼は救われるのだろうか。
違う。
そしてまた、繰り返すだけだ。哀しみを、絶望を。
彼の絶望を終わらせるのは、剣でもなければ、彼の命でもない。
「そう、もっと早く、こうするべきだった」
剣を振り上げたミアベルを見て、アンセルムスは静かに訪れる死を待つ。両目を閉じ、今にも来る最後の痛みを受け止めようと。
だが。
「・・・・・・・・・・・・・・・!!」
剣聖剣は、床に突き刺さり。
虹色の神の少女の腕は、アンセルムスをそっと包み込んだ。
彼女は、青年の胸に顔をうずめるように、強く、強く彼を抱きしめる。
「何の、つもりだ・・・・・・・・・・?」
アンセルムスが怒りを込めた声で言う。
「憐れみなど、いらぬ!俺は・・・・・・・・・・・・・」
そう言いながらも、アンセルムスの目には涙が浮かんでいた。
その温もりを、確かに感じていた。
冷たい男の身体を、ミアベルは抱きしめる。
「もう、終わりにしましょう。アンセルムス」
そして彼女はスキルを発動する。
アンセルムスの心臓のあたりを触れる。
「なにを・・・・・・・・・・・・・・」
「魂に施されし、封印を解き放て」
ミアベルの目が輝き、スキルが発動する。
ミアベルのスキル『万華鏡』。それまで触れた人物のスキルを、最大七つまでストック可能なスキル。一度使用したスキルは失われ、次のストックが可能になる。
ここに向かう前に、セラーナのスキルを得ていたミアベル。何かの役に立つ、とリナリーが言っていたために、これをストックしていた。
その意味が、やっとわかった。
リナリーにもわかっていたのだ。彼が、全ての現況ではないことを。
「思い出して、アンセルムス」
そして、この絶望を終わらせよう。
まばゆい光の中、アンセルムスは見る。
遠い、遠い約束の記憶を。
幾千、幾万という星の海で。
彼ら十三人は、そこにいた。
いつからそこにいるか、よくはわからない。けれど、いつだって彼らは仲間であった。
13人は、ただただ笑いあえる世界がほしかった。
だから、そんな世界を作ろうとした。
記憶のない自分たちの中にある、微かな幸福の記憶。
争いのない、苦しみのない、優しい世界。
きっと、前に自分たちがいた世界はそうではなかったのだろう。
絶望に溢れた世界。そこが、自分たちの本来いた世界。
でも、そんな世界は、間違っている。
だから。
「俺たちがそんな世界を作ろう」
言い出したのは、アンセルムスであった。
親友たちは、そんな彼の提案に賛成し。
星の海に誓った。
そうやって、世界を作り出してからも、度々、野に寝転がり星を見た。
どうして、忘れていたのだろうか。
こんなにも、こんなにも大事で。
暖かい記憶を。
思い浮かぶのは、『神』を名乗る異物の記憶。
彼の登場で、世界の均衡は崩れた。
そして、その中で彼は反逆者となり、仲間たちと戦った。
そして敗れたアンセルムスと神々は、影によって呪われた輪廻、繰り返される悲劇に叩き込まれ。
何千、何万もの過ちと、悲劇と、死を繰り返した。
『ナターシャ』
『エノラ、君だけは俺のことを・・・・・・・・・・・いや、なんでもない』
『最期までともにいると言ったのにな、結局お前もいくのか』
『そうさ、尻尾を巻いて逃げろ、英雄サマ!いつかその首を俺が獲る日まで、精々首を洗っていろ』
『そうか、俺は』
『遅かったな、クロヴェイル』
『アンセルムスゥ――――――――――!!』
死。
繰り返す、世界。
ああ、
全てを思い出した。
「俺は・・・・・・・・・・・・・・・俺は・・・・・・・・・・・・・・・・」
13番目の神は、静かに頬を濡らす。
「アンセルムス、あなたは独りじゃないんだ」
ミアベルが言う。
「終わらせよう、この戦いを。これ以上、もう繰り返さないために」
そして、作ろう。
あなたが目指した、本当の世界を。
取り戻そう、私たちの世界を。あるべき姿を。
「できるだろうか、俺に。俺にはもう、そう願うことすら許されないのでは?」
そんな男の言葉に、ミアベルは笑う。
そして、ある言葉を彼に送る。
「生きている限り、遅いなんてことはないよ。あなたがあきらめない限り・・・・・・・・・・・・もう、あなたは独りじゃないんだから」
「・・・・・・・・・・・・ああ、そうだな」
多くの想いがあった。
絶望と同じだけの、希望があった。
気付かなかっただけで、アンセルムスを愛してくれる人はいたのだ。
もう、絶望は終わりにしよう。
過去も、クソッタレな宿命も、捨て去ろう。
この手から零れてしまった光を、今こそ。
この悪意も、そして真実も受け止めよう。
そして、星空に誓った約束を果たそう。
追い求めるは理想と未来。
宿命も、過去も、もう、いらない。
『アンセルムスよ』
二人の耳に響く声。それは、ミアベルも聞いたあの、『神』を名乗る者の声。
「『神』か」
虚空を睨むアンセルムス。その目に宿るのは、悲しみでも憎しみでも絶望でもない。
取り戻した希望で、その黒曜の瞳は強く強く輝いていた。
「もう、俺は貴様の手で踊りはしない。俺は、俺たちの世界を取り戻す。今度こそな」
『できるものか、穢れた13番目よ。だが、いいだろう。我に刃向い、そして、次こそは永遠に逃げることのできない絶望に叩き落としてやろう。そこの小娘ともども』
ミアベルが虚空を睨む。
『まさか、神々が輪廻を終わらせるために、このようなことをするとは想定外であった。だが、それも今回のみ』
「お前に、私の想いを、皆の願いを壊させはしない!」
『哀れな虫けらよ、その希望を絶望に変えてやろう。近いうちにな』
精々足掻くがいい、愚かな虫けらよ。
そう言い、『神』の気配は消えていった。
ミアベルはアンセルムスを見る。
「アンセルムス、戦いを」
「そうだな、もう、この戦いに、意味はない」
アンセルムスはそう言うと、玉座に向かい、言う。
『全軍、停止せよ』
その瞬間、世界中の帝王の軍勢が動きを止めた。
そしてアンセルムスは神殺しの刃を持つと、玉座を斬った。
玉座の裏にあった空間には、魔神トラキアの脳があった。
トラキアの脳とつながった世界蛇。それによって動く軍勢。
それが、トラキアの脳を斬ったことで、崩壊し始める。
「すまなかったな、トラキア。安らかに、オケアノスで眠れ」
そう言い、アンセルムスはミアベルを見る。
「行こう」
そう言い、ミアベルの腰を掴むと、神殺しの刃を振る。
空間が歪む。
そして、二人はそこをくぐった。
ハンノ=イヴリス首都イスカンブール。
そこの郊外に出てきたアンセルムスとミアベル。
「これから、どうするの?」
ミアベルの言葉に、アンセルムスは空を見る。
「偽りの神を討ち、世界を取り戻す」
こんな残酷な現実を作り出した神を、認めるわけにはいかない。
贖罪の神は、朝日を見ながら言った。
明けない夜はない。
暗闇の中には、常に光がある。
手を伸ばせば、それはそこにある。
アンセルムスの手を、ミアベルが握る。
その手を、強く握り返すアンセルムス。
(第二部・完)




