終局へ向かう世界
全世界を襲った未曾有の事件より、一夜明け。
世界中の主要各国に、ハンノ=イヴリス連邦からの書簡が届いた。ハンノ=イヴリスのほか、バラル帝国とグラウキエ大宗主国の名も連名で寄せられていた。
書簡の内容は、現在世界で起きつつあることについて、ハンノ=イヴリスにて会議を開くこと。そして、それへの各国への参加を募るものであった。
ハンノ=イヴリスだけでなく、バラル、グラウキエ大宗主国と名だたる国がこのような書簡を送ることは、異例の事態であった。
先の謎の軍団の攻撃もあり、各国はそれを一笑に付して破り捨てることはできなかった。
書簡の中には、先の攻撃についても書かれていた。そのため、各国は参加しないわけにはいかなかった。
バーティマ代表として、ハンノ=イヴリスの首都イスカンブールを訪れたゼル。
ここまで来るための船は、すべてハンノ=イヴリス及び帝国のものであり、異例尽くしであった。
バラル帝国とは敵対関係にあるアクスウォード・セアノと言った国にもこのような出迎えっぷりであり、本当に異例尽くしである。
アクスウォード代表であるカッシート王子も困惑を隠せない。
会議の場は、イスカンブールの連邦最高議会。
各国の代表たちを出迎えるハンノ=イヴリス政府。
ゼルはその中に、見知った顔を見つける。
「クロヴェイル、ユグルタ」
「ゼル・マックール、ようこそ」
ユグルタが軍の制服に身を包み、ゼルに対し礼を取る。ゼルはこいつもそう言えばハンノ=イヴリスの人間だったな、と今更思い出す。隣に立つラトナ騎士団の制服に身を包んだクロヴェイルは帝国の代表、と言うわけではないらしい。
彼曰く、自分も当事者だからな、ということであり、意味深な目でゼルを見る。どういう意味だ、と問うゼルにあとで教えるさ、といいクロヴェイルは去る。
「どういう意味だ」
「・・・・・・・・・・」
ユグルタは沈黙し、ゼルを議会の中に促す。
何とも言えない顔でゼルは議会に入っていく。
議会に集まる面々は、種族もさまざまである。驚いたことに、エルフやドワーフはおろか、魔族さえいる。
羊頭の魔神、ハズメット。今は亡き魔族国の代表である。
その隣にいるのは、グラウキエ大宗主国の大宗主。なにやら亜麻色の髪の少女もいるが、大宗主の世話役か何かか、とゼルは思う。
カッシート王子と、セアノなどのラカークン大陸国家は固まって座っており、バラル帝国の代表として着ている黎帝を睨んでいる。黎帝は我関せず、と言う様子である。未だ、両者の間には深い溝がある。それもそうだろう、とゼルは思う。両社はまだ、停戦も和平も結んでいない、いわば戦争中。この場でこうして争っていないのが不思議なくらいだ。
滅びたはずのシレンの代表として立っているのは、エルフの女性である。どこか戦士のようなまなざしを浮かべた人であり、緑色の瞳が特徴的だ。
その近くにはまたしても魔族がおり、こちらはその巨大さに驚く。オークの戦士であり、その腕の筋肉は下手をすればゼルの腰より太いのではないか、と思える。
そのほかにも、パラメスやほかの名前も知らない大中小のあらゆる国家、または地域の代表が議会を埋め尽くしていた。
一体、これから何が起きるのか。ゼルには予想がつかない。
ざわめく議会が、急に静かになる。何があったのか、と議会の中心を見ると、そこにはラトナ騎士団団長クロヴェイルとほかにも数名の人間と魔族が立っていた。
英雄クロヴェイルは机に腕を突き、議会の面々を見回した。
「各国の代表の皆様方、今回は我々の急な呼び出しにもかかわらず、ご足労いただき、ありがとうございます」
そう言い、クロヴェイルは頭を下げると、再び顔を上げ、面々を見る。
「なぜバラル帝国の私がここに立つか、そして私の横に立つ者たちは誰か、気になる方もいるでしょう。そして、先日の世界を襲った謎の軍勢についても、皆様の聞きたいことは山ほどあるでしょう」
クロヴェイルは一息つくと、しかし、と言う。
「まずは、私のお話を聞いていただきたい。この話のうちに、皆様の疑問の多くは解決するでしょう。そして、この話はこの世界の今後、未来にかかわる話であります。ここに集まる方々は、さまざまな個人的な事情もおありと思いますが、今だけはそれを忘れて、私たちの話を聞いてくださるよう、お願いする次第です」
そう言い、クロヴェイルが再び頭を、先ほどよりも深く下げた。
英雄クロヴェイルが、これほど下手に出て頭を下げるとは何事であろう。そう言う感情で、場は静まる。
クロヴェイルの放つその光と言葉に異議を唱えることのできる者はいない。
「では、始めていきたいと思います」
そう言ったクロヴェイルは横にいる者たちに頷きかける。そして、話し始める。
「まずは、今の世界を取り巻く状況について、お話していきます」
クロヴェイルと彼の仲間たちの語る話は、到底信じられない、衝撃的な話であった。
果たして、その内容を正確に理解できているものが何人いるか、わからない。ゼルでさえ、内容の半分も理解しきれてはいない。
世界を滅ぼそうとしたアンセルムス。彼によって、今の世界の状況が作られた、と言う話には皆が動揺していた。
そして、さらに驚かされたのは。
件のアンセルムスが現れたのだ。
議会内がブーイングに満ちる。それはそうだろう、数多くの死者を出した世界の混乱と先日の事件が彼の手によって興されたものと聞いたのだ。それが当然の反応である。
無表情の黒髪の青年に、罵詈雑言が浴びせかけられる。
だが、クロヴェイルの大きな声がそれを静める。
「お静かに!まだ私は重大なことをお話していません!」
その言葉に、再び場は静かになる。
それでも、議会内ではアンセルムスへの憎しみや敵意で満ち溢れていた。
「そして、これからお話することが、もっとも重要なことです。すべては、世界の始まりからお話する必要があるでしょう」
そして、クロヴェイルの話し始めた言葉は、先ほど以上に信じられない話であった。
議会の多くのものが知る、創世の神話とは違う物語。13人の神々の話と、ほかの世界から来た『神』の存在。
『神』によって、世界は歪められ、そして13人の神々は繰り返される世界の輪廻に囚われた。
そして、世界は何度もの破滅を繰り返してきた、と言う。
これには、誰もが言葉を失い、ショックを隠しきれていない。
そんな中、クロヴェイルは言葉を進める。
「今回、我々はついに、その輪廻を逃れた。ですが、その結果、『神』は我々を、世界を本気で破壊しようとしているのです」
太陽神ヴォ―ヴンの生まれ変わりであるクロヴェイルの言葉に、場内はざわめく。
今まで信じてきた常識が壊され、世界が壊れるなど、理解できる話ではない。
しかし、クロヴェイルの言葉を嘘と切り捨てることはできない。その言葉はうそをついているように聞こえなかったし、先日の事件からも『神』が世界を壊そうとしていることはわかったからだ。
「我々は、この世界を再び、私たちの手で取り戻す必要があります」
しかし、それは私たち13人の神々の力だけでは足りない。
ヴォーヴンの化身はそう言い、議会の面々を見渡す。
「この世界は、我々神のものではない。この世界に生きるすべての生命のもの。故に、私はなあ他方にお願いする。力を貸してほしい、と」
「神ですらどうしようもないのに、私たちに何をしろと言うのか!」
「それは、お前たちの問題だ、我らを巻き込むな!」
クロヴェイルの勝手ともとれる発言に、一部の者が野次を飛ばす。もともと、神々の不手際の生んだものだ、そう責める声がクロヴェイルらの胸に突き刺さる。
そんな中、アンセルムスが口を開く。
「は、なら黙って世界が滅ぶのを見ているか?」
「なんだと!?」
「破壊者が何を言うか!」
「そうだ、俺は破壊者だ」
その言葉に、薄ら笑いを浮かべてアンセルムスは肯定する。き、と鋭い視線を向けるアンセルムスに、言葉を飛ばしたものはびくりと怯える。
「確かに、世界は俺たちの怠慢でこうなった。認めよう。だがな、きさまらに責任がないわけでもない、と言うことを忘れるな」
確かに、この世界に悪意が満ち、世界のあるべき姿がゆがんだのは、『神』のせいであり、アンセルムスたち神々の責任だ。
だが、そうなった世界を正すことは、彼らにもできたことなのだ。
神々でなくとも、話し合うだけの知性と感情を持つ彼らならば、これほどまでの世界の混乱に至る前に解決とて、できたわけなのだから。
そうしなかったのもまた、彼らの責任。
「俺らは確かに神なんて言われているし、この世界を創った。だがな、勘違いするな。この世界には支配者んていねえし、お前たちは国の王だの責任者気取っているが、本来生命は平等なんだ。俺らの助けや言葉なしに、世界を動かすだけの力を持ちながら、何もしなかった。その責任まで、俺たちに押し付けようとすんじゃねえよ」
アンセルムスはそう言い、強い光を宿した目で議会の者たちを睨んだ。
「力を貸さない、っていうんなら、それでもいい。だがな、世界が滅びに向かった時、それを俺らだけの責任だ、なんてぬかすことはするなよ」
アンセルムスはそこまで言うと、口を閉ざす。
青二才が。普段ならば、そう言い、切り捨てるような存在でしかないのに、その迫力は人を凌駕していた。
絶望と後悔の輪廻に囚われ続けた神の言葉は、あまりにも強く、重く、逆らい難いものであった。
しばしの沈黙の後、再びクロヴェイルが頭を下げて言う。
「どうか、我らに力を貸してくれ。他ならない、この世界のために・・・・・・・・・!!」
その言葉に、反対する者はもう、いなかった。
『神』は再び、自身の力で作り出した軍勢で、自身に敵対するものを攻撃するであろう。
そうなる前に、『神』を倒さねばならない。
そう言ったクロヴェイルは、宙に浮いた世界地図の一点を示す。
中央大陸、オリュン山。
「ここから、『神』の居城に向かい、『神』を倒す」
「・・・・・・・・・・可能なのか?」
クロヴェイルの言葉に、大宗主ロイフォル・オーギュナントが発言した。クロヴェイルは頷き、大宗主を見る。
「大宗主閣下や、その奥方、それに数人の協力者の力があれば、居城への道は開けます」
ですが、とクロヴェイルは言う。
「おそらく、敵も黙ってはいないでしょう。軍勢を送りつけてくるものと考えられます」
「なるほど、各国の協力、とはそれを防ぐこと、だな」
カッシート王子の言葉に、クロヴェイルは頷く。
「大魔法陣の用意や、周囲の魔物の駆除、など各国の方々には様々なことをしてもらうこととなるでしょう」
「そうして、神々は居城に向かったとして、『神』に勝つ勝算はあるのか?」
「・・・・・・・・・・・・・」
黎帝の言葉に、クロヴェイルは沈黙した。
アンセルムスが代わりに口を開く。
「可能性は、極めて低い」
その声に、周囲はどよめく。
「だが、恐らく、今を逃してこれ以上の機会がないのも事実。ここで負ければ、また次なる輪廻が繰り返されるのみ」
アンセルムスはそう言い、クロヴェイルを見る。頷き合う二人。
「だからこそ、こうしてお話した。全てを」
クロヴェイルの言葉に、沈黙が奔る。
「世界中のものが、一つになる必要があるのです。さもなくば、負けるのみ」
会議はひとまず休みとなった。
クロヴェイルから直々の呼び出しを喰らったゼルが、その場に向かうと、そこにはアンセルムスをはじめとした神々の転生者たちがいた。
ゼルはアンセルムスを見ると、その拳を強く握る。
「よぉ、ゼル。どうした、俺を殴りたそうだな」
「貴様・・・・・・・・・・・・」
無論、殴りたいに決まっている。
なにせ、エレナがあんな目に遭ったのは、この男のせいだからだ。
いくらこの男に事情があろうと、エレナに起こった出来事を忘れることなど、できない。
「殴れよ、ゼル」
そう言い、へらへら笑うアンセルムスに我慢ならず、ゼルは渾身の力でアンセルムスを殴りつける。
「・・・・・・・・・・っ」
「兄さん!」
「アンセルムス!」
エノラとクロヴェイルがそれを見て叫び、近づくがその手を振り払いアンセルムスは立ち上がり、ゼルを見る。
「満足か?」
「満足そうに見えるか」
ゼルの言葉に、いいや、と首を振るアンセルムス。
「だが、落とし前は一応つけさせてもらったぞ、ゼル、いやアポクリフ。・・・・・・・・・・クドラ、やれ」
アンセルムスが言うと、セラーナがその手をゼルの額に当てる。戸惑うゼル。
と、突然頭が疼きだし、何かが浮かび上がる。
失われた記憶。忘れ去られたはずの、だが、魂が確かに刻んでいる遠き日々の記憶が呼び起される。
法と富を司る神、七番目の神、アポクリフとしての記憶が。
叫び声をあげ、倒れたゼルを近くにいたユグルタが手を引っ張って起こす。
「くっそ、もう少し、優しく出来ねえのかよ・・・・・・・・・・・」
頭いてえ、と呟くゼルに、ユグルタはおどけて「お帰り」と言う。
「くっそ、ああ、アンセルムスの野郎が三人も嫌がる」
傷む頭を押さえ、ゼルはそう言う。
「もう殴るのはよせ」
「ああ、全てが終わったら、好きなだけ殴らせてもらうぜ」
決してエレナのことは忘れていないどころか、何度もアンセルムスがその目に遭わせた、ということを根に持っているようでゼルは碇に満ちた目で黒髪の青年を見る。
「だが、まずはあのクソッタレ野郎だな」
「そういうことだ」
そう言い、アンセルムスの手を握り、握手するゼル。とはいえ、その手はアンセルムスのひ弱な身体を痛めるには十分すぎる力が込められており、友好的、とは言えない。
「ところで、マキノのやつが見えないな。どこにいるんだ?」
ほかの転生者たちを見てゼルが言う。すると、皆の顔が沈む。
「どうした?」
「マキノは、いない」
「なにぃ?あいつもいるはずだろう!?」
ゼルの言葉に、首を振るアンセルムス。
「あいつは、『神』に消された。次の転生まで、あいつはいない」
アンセルムスの顔を見て、ゼルは口を紡ぐ。
アンセルムスにとって、マキノは最愛の恋人。そのことを知っているから、何もそれ以上言えない。
「そうか」
「だが、マキノなしでも俺たちは戦わなければならない」
クロヴェイルはアンセルムスの肩を叩き、ほかの仲間を見る。
「取り戻すんだ、世界を。俺たちの夢を」
「ああ、人間も魔族も、どんな種族も手を取り合える世界を、俺は叶えてみせる」
ゼルはそう言い、エノラの手を取る。
「そうね。いずれ生まれる、この子のためにも」
そう言い、黒髪の少女はお腹を撫でた。
「もう、終わりにしましょう。この悲劇を」
セラーナが言う。
「『神』には、今までの怨みを晴らさねば気が済まん」
「私はもう、迷わない。未来を」
リクターに肩を抱かれ、リナリーが言う。
「俺の怒りを思い知らせてやるさ」
ゼルはそう言い、不敵に笑う。
「もう、何者も俺たちを引き裂けはしない」
タムズが言い、クローリエを抱きしめる。クローリエも、そうね、と穏やかに頷く。
「俺たちの力、見せる時が来たな」
「まったく、何度殺されたことでしょう」
ユグルタが言い、ミランダが肩を竦めて言う。
皆はアンセルムスを見る。恐らく、この中で最も『神』に振り回され続けた男を。
「俺は独りじゃない」
そして、天にいるであろう影に向かって言う。
「覚悟しろ、偽りの神。俺たち、神に祝福されぬ者たちがお前を殺しに行くぞ」




