忘れえぬ記憶とともに
無数の茨が踊り狂い、セラーナを襲う。魔神の魔力を吸い上げ、いくつもの茨が生えては襲いくる。そのたび、セラーナは魔術を行使し、焼き払い、凍りつけ、灰と化す。
それでも、魔神の猛攻は止まりはしない。
茨による封印にとどまらず、かの魔神の操る茨は攻守ともに強力な物理的なものであり、セラーナの魔術をも受け止めてしまう。
「無駄よ。知識だけでは、わたくしに勝つことはできない・・・・・・・・・思いだけでは、勝てないのよ」
そう言い、映えてきた茨の一本を握りしめると、それは剣に変化する。
黒く鈍く光る、茨のようにとげとげしく、真っ赤な地を思わせる文様が浮かび上がる。
王妃、といえどもセリーヌは剣も魔術も並の騎士よりもできた、という。セラーナは一方、剣の扱いなどできない、完全な魔術師型。それは女神であった時も同様である。このまま戦闘を続けても埒がない、と魔神も気づいたのだろう。近接戦ならば、手っ取り早く決着をつけることができるのだ。
「はぁ!」
茨の剣を振るう。その剣を避けるセラーナだが、剣のリーチが伸びたせいで、完全には避けきれず、頬を切り裂いた。
「く」
「我が剣はしなやかなる鞭のごとく。避けたとしても、油断はしない方がいいわよ」
そう言い、剣を振るうセリーヌ。障壁で防御するセラーナだが、一撃一撃ごとに破壊されては障壁を作り出しているために、反撃の機会は全くない。
そのうえ、茨の攻撃で徐々に体力を奪われていた。
このままでは、競り負ける。
セラーナもそれはわかっていた。
「どうしたの?さっきまでの威勢の良さは、どこに行ったのかしら?」
フフフ、と歪んだ笑みを浮かべる王妃。茨に包まれた王妃は、セラーナの紫色のローブを引き裂き、その柔肌を傷つける。
セラーナの障壁が崩れ、その華奢な身体が吹き飛ぶ。
ああ、と悲鳴を上げ倒れるセラーナ。
「フフ、結局、あなたは何もできない。セウスの隣に立つことも、わたくしを倒すことも何もできぬまま。そのまま、惨めに死んでいくの」
そう言った時、セラーナの被る紫色の三角帽が落ち、そのオレンジ色の髪が現れる。
その髪を見て、セリーヌが笑みを止め、じっくりとその髪を見る。
自分と同色の、その髪を。
「まさか、そんなはずは」
そんな風に呟くセリーヌの隙を見逃しはしない。
「解放、圧縮されし風よ!」
セラーナはそう唱え、左手の指先から風を解き放つ。膨大な魔力を無理やりに圧縮したそれを。
迫る魔力光を切り裂くセリーヌだが、切り裂かれた魔力の弾は、斬られたことで圧縮された風を解き放つ。
小さな竜巻が魔神を襲う。
切り裂かれる茨の中で、魔神は悲鳴を上げる。
「あああああああああああっ!!」
そして、無理やりに竜巻を切り伏せると、その美しい顔を赤い血で染めてセラーナを見る。憤怒の色で瞳は染まっていた。
「赦しはしない。お前が、セウスとより遂げようなどと・・・・・・・・・・赦しは」
先ほど以上に、その激情を燃やすセリーヌ。
「お前が、お前がセウスと結ばれる、だと。赦しはしない・・・・・・・・・・・!」
「それを決めるのは、あなたじゃない」
セウスを捨てて、逃げたあなたじゃない。
あなたには、彼の生き方を縛ることも、私のこの愛を否定することだってできないのだから!
「あなたは自分から、その権利を捨てた!そんなあなたが、セウスの隣に居たいと願う私を止める権利なんて、ない!!」
「黙れェ!!」
セリーヌはその手に茨の剣を持つ。嫉妬と悪意の花が咲く茨の剣は、赤く染まり、邪悪な魔力の胎動を響かせる。
セラーナは迫るセリーヌに向け、片手を出す。そして、願う。
終わらせる力を。
「無駄だ!この距離、この時間では魔術も放てまい!」
セラーナのすぐ近く、心臓目がけて剣を振り下ろすセリーヌ。
そんな彼女を見て、セラーナは呟く。
「来たれ、浄化の剣よ!」
その叫びとともに、セラーナの手に剣が現れる。
そして、それがセリーヌの心臓を貫いた。
「な、に・・・・・・・・・・?!」
突如現れた剣。それは、純粋な剣ではなく、魔力によって構成された剣。
とはいえ、あれほどの短時間で構成された魔術で、魔神であるこの身を倒せるはずが、ない。
セリーヌは呆然と、同じ髪色の少女を見る。
「これ、は・・・・・・・・・・・・・」
「あらゆる罪を浄化する剣。知識の身を求め、全てを失った女神が作り出した、後悔の欠片」
アンセルムスという自分たちの仲間を信じず、その結果、彼と世界をこの悪しき輪廻に閉じ込めた。
知識を持ちながらも、何もできなかったセラーナ。繰り返す輪廻で、なにもできなかった後悔。
それが作り出したもの。
人の罪、負の感情を浄化する。ただそのことだけに特化した武器。
傷を与えることができなければ、戦う力はほぼ皆無に等しい。だが。
「魔性に墜ちたあなたは、いわば罪の塊。あなたにとって、この剣は絶対的な武器たり得る」
「・・・・・・・・・・・」
セリーヌは黙って、自身の胸に刺さるその白銀の華が施された剣を見る。
「そう、これが報い、なのね」
そう言い、セラーナの髪を撫でる。
「強いわね、あなたは。・・・・・・・・・・・・・・ああ、セウス、バルドバラス。こんな不甲斐無いわたくしを、赦して」
利用してしまったバルドバラスの想いを、そして裏切ったセウスへの想いを。
セリーヌは目を閉じ、涙した。
そして、セラーナを見る。
女神の魂を宿した、自身の血をひく、遠い遠い子孫を撫でた。
自分ができなかった、彼への思いを託して。
「バルドバラス、先に逝くわ」
フッと笑い。
大地より生えてきた茨に抱えられながら、静かに目を閉じたセリーヌは、魔力の光に包まれ、光とともに消えていった。
同時に、セラーナの手の中の剣も消えていく。浄化の剣。本来ならば、一度のみの使用しかできないそれを、なるべくは使いたくはなかった。アンセルムスとの戦いまで、温存しておきたかった、と。
だが、それは過ぎたことであるし、彼を守るためにはやむを得ないことだった。
そんなセラーナの前に、囚われていた四人が現れる。
「セラーナ!」
「みんな、無事だったんだね」
「ああ」
駆け寄るエノラとクィルを見て、笑うセラーナ。
そして、その後ろのリクターとリナリーを見る。
「私、思い出したよ。全部」
「・・・・・・・・・・・・・そう」
哀しそうに、うれしそうに笑うリナリー。
「止めよう、彼を。そして、偽りの神の支配を終わらせよう、今回こそ」
強く、彼女は言った。
「セリーヌが、敗れた、だと・・・・・・・・・?!」
その魔力の消滅に驚くバルドバラスの顔めがけて剣が襲いくる。
バルドバラスはその剣をグラシャラボラスで受け止め、盾でセウスの脇腹を突いた。
セウスはそれに耐え、盾を奪いとる。そして、身体を離すとケリを放つ。バランスを崩したバルドバラスに、セウスはセアリエルを構える。
「バルドバラス、お前も送ってやろう」
「できるものか、セウス!お前に俺は殺せない!」
優しすぎる王。理想的過ぎる王。それゆえに、彼は自分の裏切りにも気づけない。
「あの時、お前は俺を殺すべきだった!!」
最初に裏切った時、セウスはバルドバラスを殺さなかった。
あの時、殺しておけば、こんなことにはならなかった!
セウスを責めるのは間違っていると知りながらも、バルドバラスは責める。
セウスが、自分を親友と信じてくれていなかったならば、あれほど辛くはなかった。
矛盾だらけの自分の心。あの時、裏切りの時からその思いはずっと変わらない。
「お前は王でなければならない!お前は、俺を殺すべきだった!国のために、お前が王であるために!!」
グラシャラボラスで剣を受け止め、黒騎士は叫ぶ。
セウスの剣が一閃し、その黒い兜が割れ、その顔が現れる。
黒い髪を乱し、まるで泣いているかのように、顔をぐちゃぐちゃにし、セウスを見るバルドバラス。その顔に浮かぶ、数えきれない思い。憎しみ、親愛、戸惑い、怒り、悲しみ、喜び。混沌とした顔。
セウスは悲痛な顔で彼を見る。
一番の親友であり、いついかなる時でも彼が隣にいた。
ともに野を駆け、戦場を駆けた。
仲間と共に語り合った未来を、今でも憶えている。
夕日の丘。
そこにはバルドバラス、セリーヌ、リケン、アノガル、ツェツィーリエがいて。
皆が同じ夢を見ていた。
そして、その思いは永遠だと誰もが信じて疑わなかった。
あの記憶を、忘れはしない。
ともに戦い、共に生きた日々を、忘れはしない。
だから、バルドバラス。
「お前を超えてみせる」
彼を殺さなかったのは、優しさなんかではない。
それは、セウスの弱さ。
セウスには責任があった。なのに、彼は王としての責務を放棄したのだ。
バルドバラスも、だから反逆を続けた。
退くに引けなくなった。彼を追い込んだのは、セウスなのだ。
覚悟を決めたセウスを見て、笑うバルドバラス。
「それでいいんだ・・・・・・・・・・最初から、こうすればよかったのだ」
剣を構える黒騎士。
砂色の髪の青年もまた、剣を構える。
未だ、バルドバラスの重力捜査は続き、身体は重い。
それでも、負けるわけにはいかない。
セラーナが待っている。ともに戦う仲間がいる。彼らと見る、新たな夢がある。
そのためにも、ここで倒れるわけにはいかない。
「セェェェェウス!」
「バルドバラァス!!」
必殺の一撃を込めて、二人は走り出す。
セラーナや仲間の駆けつけた中、二人の決着がつく。
「セウス!!」
セラーナが叫ぶ。
セウスの両腕が切り飛ばされ、その胸から血が迸る。
鮮血に塗れる黒騎士。だが、彼は動くことなく、その手からグラシャラボラスを取り落す。
「見事、だ・・・・・・・・・・・・・セウス」
そう呟き、血を吐き出すバルドバラス。
倒れた黒騎士を見て、セウスはかがむ。腕がないために、バルドバラスを抱き寄せることはできなかった。
いつもならば、再生する傷は、しかし一向に再生しない。
「ふ、ふふふ・・・・・・・・・・・やはり、セウスには、敵わない」
「バルドバラス」
「・・・・・・・・・いい、いいのだ、セウス。お前が気に病むことはない。俺のことも、セリーヌのことも、何も、な」
安らかな顔でバルドバラスは呟き、セウスを見る。力なく開けられた瞳は、徐々に光を失いつつあった。
「お前は、お前の道を行け、生きろ、セウス。俺たちにはできなかった夢を」
「バルドバラス!」
友の名を叫ぶセウス。力なく目を閉じ、横たわる友は、目を開けるのすら億劫な様子であった。
「逝くな、我が友よ・・・・・・・・・・・もう一度、やり直そう!また、皆で・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
首を振り、バルドバラスは言う。セウスの零した涙が、彼の頬を光らせる。目を開き、セウスを見る。
「もう、お前には別の仲間がいる。俺たち、は、必要ない」
バルドバラスは言うと、後ろのセラーナたちを見る。
「いい、仲間を持ったな、セウス。・・・・・・・・・・・・そろそろ、お別れ、だ」
がくん、と首から力が抜ける。
「バルドバラス!!」
「また、いつか、六人で・・・・・・・・・・・・・・」
最期に過ぎるのは、あの日、あの時、忘れることはない六人だけの記憶。
セウスがいて、セリーヌがいて、リケンやアノガルがいて、ツェツィーリエがいて、そして自分がいる。
輝かしい記憶の中の六人は笑って、夕日を見ていた。
ああ。
俺は・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
そして、黒騎士はその後悔に満ちた生を終えた。
けれども、その顔は安らかであった。
バルドバラスの重力で再生を抑制されていた腕が再生し、セウスがその身体を掴もうとした瞬間。
バルドバラスの身体は、黒い魔力の霧となり、空へと舞いあがる。
「闇の魔力・・・・・・・・・・・・・!!」
リナリーが叫ぶ。
それは、偽りの神がもたらした闇の力。
バルドバラスもまた、『神』によって操られた、哀れなものの一人に過ぎなかった。
「・・・・・・・・・・バルドバラス、セリーヌ」
今は亡き、友の名を呟くと、セウスは自身の剣と親友の剣を拾い上げ、仲間たちのもとに向かっていく。
そして、心配そうに彼を見るオレンジ色の髪の少女を抱きしめた。
(さらばだ、我が友よ)
長きにわたる因果を振り切り、セウスは歩き始める。
大切な人がいる、この世界を、本当の意味で。




