過去からの刺客
バルドバラスの漆黒の剣から放たれる斬撃を受け止めるセウス。だが、かつてのバルドバラスと姿かたちこそ同じであれど、その力は大きく違う。あの頃から変わらないセウスと違い、バルドバラスは遥かに強力になっていた。
「どうした、セウス」
「ぐぅ、バルド、バラス・・・・・・・・・・・・・」
セウスはつばぜり合いをするが、バルドバラスの力に押し負ける。
「セウス!」
セラーナが叫び、魔術式を展開する。だが、それよりも早くセリーヌが魔術を使用し、セラーナのそれを妨害する。
「フフ、二人の邪魔はさせないわ」
「このまま俺たちが黙っているとでも?」
リクターやクィルが構えてセリーヌを見る。女魔神はフフフ、と笑う。
「相変わらず、あの人は多くの人に慕われているのね」
変わらないわねえ、と笑う元王妃。
「でも、私を舐めない方がいいわよ?」
「貴様こそ、我らを舐めるな。魔神と言えども、俺たちを相手にできるとでも」
リクターが言う。クィル、エノラ、セラーナ、リナリーと順番に見てセリーヌは言う。
「確かにまともに戦えば、私は負けるでしょう。でも」
パチン、と指を鳴らす。
跳びかかろうとしたクィルとリクターの下、大地から黒い茨が現れ、その足を拘束する。
「何!?」
「クィル!」
「リクター!」
エノラとリナリーが走り出し、駆け寄ろうとするも、彼女たちの足元にも茨が出てきてその足首を掴む。
「さあ、落ちなさい」
セリーヌが怪しく笑い、指を再び鳴らす。
パチン。
ズルズルと、地に引きずられ、四人の姿が消える。
魔神の作り出したい空間に、四人は落ちて行く。
「あら?」
セリーヌはそこで、一人だけ落ちなかったものがいることに気づく。
セラーナは自身のスキルで、セリーヌのそのスキルを打ち破ったのだ。
「わたくしのスキル『茨の封印』を破るとは。なるほど、あなたのスキルですか」
「・・・・・・・・・・・・・」
同じ髪の色を持つ二人の女性はにらみ合う。だが、セラーナには余裕がない。
セラーナは他の面々ほど戦い慣れているわけでも、力があるわけでもない。一人で戦うことはほぼ不可能だ。魔術師であり、近接戦闘などしたことがない。
それでも。
セウスを見て、セラーナは言う。
「あなたを倒す」
「できるのかしら、御嬢さん」
フフフ、と笑うセリーヌ。
「いい瞳をしているわ。あなたも、彼を愛しているのね、セウスを」
「・・・・・・・・・・・・」
黒い茨に囲まれた魔神は、微笑を浮かべている。セラーナは手に持つ樫の杖で気づかれないように大地に魔術式を書く。
そして、樫の杖をたん、と叩きつけ発動させる。
炎が迸り、魔神の茨を襲う。
魔神を倒せるとは思ってはいない。だが、魔神のあの茨をどうにかすれば、あるいは仲間たちも助かるかもしれない。
「いいわ、いいわ。その情熱、その感情を、もっと」
魔神はそう言い、その炎を魔力に変え、吸収する。
黒い茨が再び大地より伸びる。
やはり、魔神にあの程度では効きはしないか。セラーナは冷静に状況を見ながら、次の魔術を組み立てる。
だが、そうそう魔神がそれを赦すはずもない。
大地より伸びる漆黒の茨が、鋭い戦端をセラーナに向け、動き出す。
早い。
セラーナの紫色のローブと皮膚を裂く茨。
「痛っ」
セラーナはその茨を炎で焼き尽くす。
そして、再び迫る茨を瞬時に構成した障壁で防ぐ。
「凍れ!」
氷結の魔術で凍る茨。それを樫の杖で叩き壊し、セラーナは魔神を見る。余裕の笑みを浮かべる魔神は、指をパチンと鳴らす。無限に湧く茨。
そして踊りだす女魔神。その踊りに合わせるかのように、くねくね動く茨。
セラーナに迫る魔神。踊り鞭打つように茨がセラーナに襲いくる。セラーナは慣れない、銀こち内ステップを思わせる動きでそれを必死で避ける。
「フフ、ダンスは苦手のようね。レッスンをつけてあげましょうか?」
「はぁ、はぁ」
息を上げるセラーナを見て、魔神は美しい唇から声を出す。
「そうじゃないわ、そこのステップは」
そう言い、茨を伸ばす魔神。セラーナは胸元から取り出した短剣で茨を切り落とす。だが、それもすぐに再生する。
「あなたは、どうして・・・・・・・・・・」
「なにかしら?」
息をつきながらも、睨み何かを言おうとするセラーナを見て、セリーヌはその顔を向ける。
「あなたは、どうして!セウスを裏切ったのですか!」
セウスから聞いた真実の物語。
王国を滅ぼした真の首謀者バルドバラスと彼と結託した裏切りの王妃セリーヌ。
親友と妻。そんな二人がなぜ、セウスを裏切ったのか。
理想の王国とまで言われ、民から慕われたセウスをなぜ、陥れたのか。
それが、理解できなかった。
セウスの優しさ、強さに触れたセラーナは、彼に心惹かれた。
彼と触れ合い、愛さえ交わした彼女がなぜ。
「どうして!」
「フフ、若いわね、あなた。わたくしにも、かつてはそんな時があった」
哀しそうに目を伏せる魔神。
「わかるように言いなさい!」
「思いだけでは、どうしようもないものなのよ」
自虐的に笑うセリーヌ。諦めがその瞳には宿っていた。
「彼は高潔すぎて、私もバルドバラスも弱すぎた。嫉妬、迷い、愛憎。そして、彼はどれだけの時も生きることができる。若い姿のまま、永遠に高潔なまま」
それが、セリーヌとバルドバラスには、受け入れられなかった。
同じ道を歩み、同じ夢を見た。けれども、その夢を、二人が見ることはない。
そんな彼への嫉妬。
愛するがゆえに、彼が憎かった。
そんな、気の迷いが悪魔によって付け込まれた。
セリーヌとバルドバラスは悪魔の言葉に耳を傾け、そしてもう後戻りできぬところまで来てしまった。
「だけど、私たちにはどうしても彼だけは殺せなかった。だから」
永遠に苦しむよう、彼の玉座に彼を縛った。
そう言った女魔神を見て、セラーナは怒りの声を上げる。
「なんて、身勝手な!」
「そう、身勝手よ。けどね」
ギロリ、とその芽がセラーナを映す。黒い茨が容赦なくセラーナを襲い、その四肢を縛り上げる。
う、と苦しみの声を上げるセラーナ。
「あの人の隣にいるには、私は弱すぎた。バルドバラスもね。結局、あの人は孤高であるのよ。そう、彼は生まれついての王であるがゆえに」
「・・・・・・・・・・・」
「あなたがどれだけ彼を愛そうとも、彼を置いてあなたは死ぬ。何があろうとも」
そうやって、私たちの記憶さえなくし、彼は生きていく。
それが耐えられるものか。
魔神は言う。
「彼は」
「何かしら」
セリーヌがセラーナの口に耳を寄せる。
「彼が、あなたたちを忘れるなんて、本気で思っているのですか!?」
その怒りの声が、魔神の鼓膜を揺らした。
そして、茨がちぎれる。スキルが発動した様子も、魔術の発動の形跡もない。
どうやって、という顔で魔神は少女を見る。
少女の髪は、炎のように輝き、動いている。全身には、魔力の炎がまとわりつき、それが茨を焼き尽くす。
セラーナはすぐにその力が何かを知る。
そして、思い出す。自分が何なのか、を。
「あなたは、いったい・・・・・・・・・・?ただの小娘では、ない・・・・・・・・・・・・!?」
驚く魔神に、セラーナは顔を向ける。
「私のかつての名は、クドラ。双子の女神の片割れにして、『知識』を司りし神」
「神の、魂を持つ者、だと・・・・・・・・・・・・・・・」
そして、魔神は笑う。
「なるほど、ならば私の力を打ち破れるのも納得かしら」
でもね、と魔神は言う。
「所詮は戦う力なき女神が、わたくしに敵うと思って?」
「輪廻を終わらせ、哀しみを終わらせるために、私は迷わない」
セラーナはそう言い、静かにその樫の杖を構える。
「あなたの哀しみも、ここで終わらせてみせる」
「セウスぅぅっぅぅぅぅ!!」
「バルドバラス!!」
セアリエルとバルドバラスの魔剣、グラシャラボラスが火花を散らす。
かつて、友に剣を交え、鍛えあった。そして、王国を二分する戦いでも、剣を交えた。
だが、その時とはバルドバラスの纏う力も、気迫も違う。
見えない顔には怒りが宿っていることだろう。仮面に包まれた顔は、わずかに光る眼以外、何もわからない。
「魔神に堕ちてまで、私が憎いか、バルドバラス・・・・・・・・・・・!」
負の魔力を見にまとい、かつて栄光に包まれた最強の騎士はそこにはいなかった。
円卓に座す、黒騎士バルドバラスはそこにいない。
「ああ、セウス。お前が憎い・・・・・・・・・・・・セリーヌを奪い、彼女を悩ませる貴様が」
「バルドバラス、お前・・・・・・・・・・・・」
セウスの迷いを逃しはしない。
セウスの剣を弾き、左手に持つ盾でセウスの身体を殴ると、バルドバラスは魔剣でセウスを斬りつけた。
「く、う」
「はあっ!」
続けてもう一撃、セウスの背後に回り切りつける。
「く、そ」
セウスはその素早い動きについて行けない。いや、彼が早いのではない、セウスが遅いだけだ。
バルドバラスのスキル『重力操作』。この世界に属するものすべてを対象に重力を付加する。
この力で重い斬撃を繰り出し、ほかのものが動けぬ中、一人無双ができる。
剣聖ツェツィーリエには技術で劣り、騎士王アノガルには力に敗け、賢者リケンには魔術で劣りながらも。
それでも彼が最強の騎士、と呼ばれ続けたのはこのスキルのおかげであった。
彼の魔神化に伴い、さらにそのスキルは力を増していた。
「あ、ぐぅ」
「立ち上がれぬか、セウス」
膝をつくセウスを見て、漆黒の騎士は言う。
「見えるか、セウス。俺の姿が」
見上げるセウス。そのセウスの様子を、クツクツと兜の奥で喉を鳴らす。
「いいザマだな、セウス。いつだってお前はそうやって俺を見下ろしてきた」
「違う、バルドバラス・・・・・・・・・・・・・」
そう言うセウスを蹴り上げるバルドバラス。
「違うものか!お前は俺を親友と言っていたな!だが、俺は平民で、貴様は王の子!」
お前に俺の何がわかる、とバルドバラスは怒る。
セウスが王位につく前、彼が血反吐を吐いていたことを、彼は知るまい。
彼がどれほど、セリーヌを求めても、その心を射止めることはできず、そのままセウスが持っていったときの、その苦痛を知るまい。
どれだけ努力しようと、王にはなれない。セウスのような、偉大な支配者とはなれない。
持たざる者は、永遠に何も持てないのだ。
「バルド、バラス・・・・・・・・・・・」
バルドバラスの暴力に耐えながら、セウスは呟く。セウスに憎しみの宿る瞳を向け、バルドバラスの暴力は止まりはしない。
「お前が永遠に苦しめばいい、とあの島に縛り付けたはずなのに、こうしてまた、貴様は・・・・・・・・・・・!!」
バルドバラスはセウスから離れると、魔剣を構える。
「あのまま、あそこにいればよかったんだ。そうすれば、俺がお前を殺すことなんか、なかったのだ!」
そして、にじり寄るバルドバラス。もはや、そこにはセウスを殺す迷いも何もない。
憎悪だけがあった。
「私を殺すか、バルドバラス」
「ああ。真の意味でセリーヌを手に入れるためにも、俺が真の勝利者になるためにも・・・・・・・・・死んでくれ、セウス」
セウスは、目を閉じる。
親友を、ここまで自分が追いつめていたとは、気付いてやることができなかった。
それは、セウスの罪である。
ならば、これも報いなのか。
そう思っていた。
王と言いながら、友のことすらも救えない。そんな男が、王冠を抱いたことがそもそもの間違いだったのかもしれない。
セウスは体から力を抜き、その手のセアリエルを手放そうとした。
だが。
「セウス!!」
その時、聞こえた言葉に、セウスは目を開き、剣を振り上げる。
そして、迫り墜ちる重い斬撃を受け止める。
「セウス・・・・・・・・・・!!」
「悪いな、バルドバラス」
セウスは言う。
「私は王だ。誰かが私を必要とする限り、私は王であり続け、生き続けなければならない」
「国なき王など、王ではない!」
「それが、お前の弱さだ、バルドバラス」
セウスは言う。深い悲しみと、光をその瞳に宿し。
光り輝く聖剣が、じわじわと魔剣を遠退ける。
「ぐぅ、ぅううう・・・・・・・・・・・」
「バルドバラスッ!!」
セウスは渾身の力で剣を振り、セウスを縛る重力の鎖を断ち切った。
バルドバラスはあまりの衝撃に黒い盾を落とす。
それを回収し、バルドバラスは距離を取る。グラシャラボラスを構え、バルドバラスはセウスを睨む。
「己が心の中の王に敗けたお前に、私は倒せぬ。たとえ、悪魔に魂を売ろうとも」
「セウス・・・・・・・・・・・」
互いに剣を構えるかつての親友。
「決着をつけよう。バルドバラス」
「望むところだ、セウス」
月明かりの下、二人は避けられぬ戦いに突入した。




