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祝福されぬ者たち ―Ungifted Heretics―  作者: 七鏡
追い求めるは理想と未来、捨て去るは過去と宿命
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ただ、愛のために

クロヴェイルら英雄クラスの者たちが魔神との戦いに突入したことは、人間側からすると大きな痛手であった。

最前線で進行を食い止めていた彼らの不在と圧倒的な敵の数、そして次第に強化される敵の勢いに、人間側も押されていく。


「左翼、薄いぞぉ!!」


イヴリス連合軍の将軍の一人が叫ぶも、その指示すら碌に通らない。

戦況は不利であった。


「くぅぅ・・・・・・・・・・・・・!!」


ついには左翼は大きく崩れ、敵の進行に対応できなくなってしまった。中央・右翼もこの調子では突き崩される。

そう思った将軍だが、崩された左翼に見慣れぬ、いやある意味では見慣れた者たちがいた。


「魔族、だと!?」


まさかこの機に我らを、と思ったが、彼らの動きはまるで人間たちを守るように、未知の軍勢に向かっていく。


「まさか、戦おうというのか、奴らと」


「そう言うことですな」


将軍が振り返ると、そこには羊頭の魔神がいた。


「ようやく我らも認められようとしているのに、それを邪魔されるなど、我慢ならないのでしょうな」


「ハズメット殿」


ハズメットはふう、と言うと、鋭い目で敵を見る。


「私も、少々本気で戦わせてもらおう」


流石に魔神相手にはハズメットの力では敵わないが、それでも魂なき器に敗けるつもりは、ない。

『鉄壁』と呼ばれた魔神の力を、見せる時が来た。

前に進み出たハズメット。将軍の制止も聞かず、前に出たハズメットはそのまま敵に突進した。

敵もそれに気づき、老魔神に攻撃をする。が。

敵は見えない障壁に阻まれ、逆に粉砕された。


「うおぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


巨大な角で敵を突き上げ、破砕する。

その老魔神の姿を呆然としながら将軍は見ていた。


ドラッヘ将軍率いるオークの勇者たちと魔族軍は、劣勢であった人間たちの前に立ち、敵の攻撃を一手に受ける。


「人間どもよ、貴様らの力はその程度か?」


オークの戦士の嘲るような声に、むっとする人間兵。

彼らは武器を取ると、魔族の中に飛び込み、未知の軍勢と戦うために、前に前に進む。


「全軍、このような木偶に邪魔させるな!人間を守るわけではない!我らの未来を守るのだ!!」


ドラッヘ将軍は巨大な戦斧を振り下ろしながら叫ぶ。その声に呼応するように、魔族は「応」と叫び、士気高く突撃をする。

魂なき軍勢は再び元の地点まで押し返される。

再び、戦闘は拮抗状態に持ち直された。




「ひゃはははははあははははははっ、逃げるなよぉ!!」


「くそっ」


左翼の某所。

魔神ハザと戦う三人の戦士。

タムズ、ネフェリエが接近戦を挑み、魔神ハザに挑みかかるも、ジェネスによる魔術の妨害と魔神の攻撃のせいで碌に攻撃ができない。クローリエの魔術による狙い撃ちもあまり効果を上げてはいない。


「おらぁ!」


「ふん!」


ハザの繰り出す魔力の衝撃を二本の大鎌を交差させ、防いだタムズ。その背後より飛び出て槍を構えるネフェリエ。そのままハザの心臓目がけて槍の先端を突き出すが、ジェネスの黒い暗黒槍が行く手を阻んだ。


「くぅ!」


娘の攻撃を弾き、ハザを目で追う。ハザはその隙に後退した。相変わらず、不快な笑みを顔に張り付けている。

ハザはクローリエを狙って魔力の弾を撃つ。

タムズが漆黒の鎧を見に纏い、クローリエの前に立つ。そして、その魔力の塊を一刀両断する。その際に、鎌の一本を投擲する。

ハザは向かう大鎌を宙に跳ぶことで回避する。だが。


「がはっ」


鎌は空中で旋回し、ハザの背中に突き刺さる。

タムズがにやりと笑う。


「油断したな、ハザ」


タムズはニヤリと笑う。

戦闘が始まり、早数時間。あたりはほのかに暗くなり始め、月が見え始めていた。

そして、今宵は満月。タムズの能力が最も高まる時。

タムズの能力もだが、彼の武器も鎧も満月の中では特殊な力を得る。


「き、さまぁあああああああああ!!!」


この戦闘で初めて傷を負ったハザは怒り狂い、タムズに接近する。


「ふん、タムズばかりを気にして、余裕だな」


「くぅ!?」


背後から突撃してきたネフェリエの一撃を受けるハザ。左肩に激痛が走る。

ジェネスはどうした、と背後を振り返ると、クローリエと魔術の打ち合いをしていた。


「娘の支援は期待できないぞ、魔神」


「舐めるな、肉人形にしてやるぞ、エルフぅ!!」


下卑た笑みを浮かべ、狂った瞳でエルフを見る。

そして、鋭い爪でエルフの身にまとう鎧ごと彼女の脇腹を突き刺す。

内臓を貫かれ、痛みを覚えるが、まだ戦える。その場に強く踏みとどまり、ネフェリエは背中に突き刺さった鎌をくい、と引く。魔神の背中が引き裂かれる。


「ぎゃあああああああああああああああ!!」


「タムズ!」


鎌を持ち主に渡す。タムズはそれを掴むと、両手の鎌で魔神の懐に入り込む。


「ナニィ?!」


「はぁああああっ!!」


タムズの大鎌がハザを襲う。首を狙う二つの刃。それを避けるために、ハザは両腕で身を守る。

その結果、命は守られた。だが。


「お、おれの腕があああああああああああぁぁああっ!!!」


両腕が虚空を描き、地に落ちる。

それは、クローリエとゼネスの魔術の打ち合いの余波を受け、吹き飛ばされ消滅した。

ハザは油断していた。お遊び、としか見ていなかった。

それに、満月の下でのタムズの戦闘能力を舐めていたのも、この状況をもたらした要因であった。


「ありえない。俺様は、俺様はハザ・・・・・・・・・・・・・ハザだぞ!」


この世界に来て、ハザは何でも思い通りにできたのだ。

うだつの上がらない大学生であった波佐士郎。

古くから存在する退魔の家系に生まれ、力の制御や感情の抑制を教え込まれ、ろくに自由を満喫もできなかった。

大学生となっても、恋人の一人も作れず、親に縛られ続けた。

そんなハザは、ある日、異能に目覚めた。

世界を超え、人知を超える力を。

それがあれば、誰も自分を知らない世界に行けた。

その力で、抑圧された欲望を解き放ち、殺し、犯し、奪った。

最高の気持であった。

時間も空間も自由に行き来できるハザは、そうやって好き勝手に生きた。元の世界を捨てて、享楽に身をゆだね、破壊に身を浸した。

ある世界のエルフの村を滅ぼしたついでに、エルフの少女を手に入れた。そして、少女を調教した。

最高だった。

そうやって、異世界はハザに対して「優し」かった。誰もハザを傷つけない、自由な世界。

なのに。


「どうしてお前らはぁああああああああああ!!!」


俺を傷つける。俺を否定する。俺を、俺を、俺を。

言葉にならない悪意と狂気が周囲の魔力を黒く染め、鋭い刃のようにネフェリエとタムズを襲いくる。

身体を傷つける刃。致命傷を避け、刃を叩き落とす二人。

ハザは怒りの声を上げて漆黒の刃を量産する。


「こんなクソッタレなせかいぃぃぃぃ!!」


自分を受け入れない世界など、全て壊してやる!

アンセルムスなど、どうでもいい。もう、面白くない。本気で壊してやる!


魔神は言葉に出さなかったが、顔がそう語っていた。

魔神の腕が再生し、その腕には膨大な魔力が集まる。


「まずいな、奴の魔力が暴走している。このままでは」


ネフェリエが呟くと、タムズも同意するように頷く。


「クローリエは・・・・・・・・・・・・」


「私なら、大丈夫よ、タムズ」


エルフの少女を抱きかかえたクローリエが現れる。


「クローリエ、ネルグリューンは?!」


ネフェリエの言葉に、静かに頷くクローリエ。


「無事よ、少し気絶してもらっただけだから。それより」


暴走する魔神、いや異世界人を見るクローリエ。

膨れ上がる魔力は、下手をすればこの辺一帯を吹き飛ばすほどだ。多くの命とともに。


「これ以上、こいつの好きにはさせない」


ネフェリエはその槍を構える。

魔神ハザによって奪われた夫の命、娘との時間。幸福をすべて奪った魔神ハザ。これ以上、魔神ハザの好きにさせるつもりはない。


「そうですね、ネフェリエさん」


そう言い、タムズはクローリエを見る。


「俺とクローリエであいつの魔力の暴走を押さえます。だから、ネフェリエさん」


ネフェリエの突撃の速度と衝撃は、今のタムズよりもわずかに早い。ハザを仕留めることができる可能性がより高いネフェリエの方が適任であろう。それに、彼女の個人的な事情からも、やはり彼女が最適であろう。

百年。それほどの時間を奪われたネフェリエ。彼女自身の手で、決着をつけるべきなのだ。


タムズとクローリエが手を繋ぎ、つないでいない手を翳す。暴走する暗黒の魔力を抑え込む。

魔神ハザが抑え込まれた魔力を動かそうと、狂った悲鳴を上げる。タムズとクローリエは苦しそうに顔を歪める。

暗黒の魔力は、二人の魔力を侵食し、奪う。体に激痛が走る二人だが、それでもその力を緩めはしない。


「ネフェリエ、さん・・・・・・・・・・・・!」


タムズの声に、答えず、目を閉じその一瞬に備えるネフェリエ。

槍を構え、脚に力を入れる。

まだだ、まだ、ハザに隙ができてはいない。まだ、奴を仕留めるには。


(ランドール)


槍に宿る夫の名を呟く。

出会ったころは、まだエルフの考えに染まっていたネフェリエ。そんな彼女に、世界を見せてくれた彼。

彼との生活も、娘も奪われた。けれど、娘を取り返すことはできた。

あとは、魔神だけ、なのだ。


(終わらせよう、ランドール。そして、始めよう、私たちの本当の幸福を)


思い出す、あの人。もう、あの手を握ることも、あの顔を見ることはできない。

だが、確かに彼はネフェリエの側にいて、今もその魂は彼女を守ってくれている。

できる。できるはずだ。

目を開くネフェリエ。

空に輝く月の光が、まるで道を示すかのように輝く。


(・・・・・・・・・・・・開いた!)


その時、ハザの守りが弱くなる。

ネフェリエは足に力を入れて、蹴った。

風のごとく、閃光のごとく、駆ける、跳躍するネフェリエ。

白い槍が、闇夜に染まりつつある世界と黒の魔力を斬り、突き進む。

背後で、タムズとクローリエの声がした。

彼らのおかげもあって、ここまで来れた。


「ハザあああああああああああああああああ!!!」


魔神の名を叫び、エルフの戦士は渾身の一撃を込める。

ハザが、こちらを見る。だが、止まりはしない。

ハザが手を挙げ、その鋭い爪を伸ばそうとする。

だが、遅い。

僅かに顔をそらしたネフェリエ。爪は彼女の背を裂いたが、それは彼女の突進を止められはしない。


「はぁああああああああああああああああああああああああっ!!!」


エルフの雄たけびが響く。


「・・・・・・・・・・・・・あ」


間の抜けた声。


ネフェリエは槍を手に、大地に膝をつく。無理な疾走の影響と傷で、全身はボロボロである。

それでも、彼女は生きていた。

そして、背後を振り返る。


背後には、胸に大きな穴をあけ、呆然と自分の胴を見る。


「ど、うして・・・・・・・・・・・・・・」


なぜかわからない、そんな表情で魔神は呟く。黒く染まった目は、普通の人間の目に戻り、その漆黒の肌は肌色になり、耳もエルフのようにとがったものではなく、人間のそれになる。


「それが、お前の本当の姿なのか、ハザ」


黒髪の、いかにも気の弱そうな一人の青年が、そこには立っていた。

地に膝をつき、胸から血を出し吐き出す青年。

力も何もない、波佐士郎という人間だけがそこにいた。


「おかしい、な。どうし、て、力が入らな、い・・・・・・・・・・・・」


「ハザ」


「くそ、ったれ・・・・・・・・・・・・・お前たちが、神である、僕を、殺す、なん・・・・・・・・・・・て・・・・・・・・・・・・・」


そう呟き、ハザの身体が倒れる。ぴくぴく、とわずかに動き、その身体から急激に熱が失われる。


「僕は、ただ・・・・・・・・・・・・・・・・・誰かに・・・・・・・・・・・・・・・・」


そして、天に浮かぶ月にその腕を伸ばす。


「かあ、さん」


ただ、認めてほしかった、両親に。

それだけでよかった。力なんて、必要ない。そんなものよりも、ただ、ただ。


青年の目から涙が一滴、零れ落ち。


そして、その腕は力なく大地に墜ち。

一陣の風に吹かれて、その身体は灰と化し、風と共に去っていく。

魔神ハザであった灰は、魔力となり、世界に消えていった。


「さよならだ、ハザ」


そう呟いたネフェリエは槍に力を込めて、立ち上がる。

だが、彼女が立ち上がった瞬間、槍は音を立てて壊れる。


「・・・・・・・・・・・・・・・!!」


まるで、その役目を終えた、と言うように崩れていく槍を見て、ネフェリエの眼から涙が零れる。

今まで、ともに旅を続けてきた相棒であり、生涯のパートナー。


「・・・・・・・・・・・・ランドール」


彼の名を呟く。

壊れゆく槍から感じられる思念。それは、決して悔しさや悲しみではなく、希望であった。


(ネフェリエ、ネルグリューンとともに、生きてくれ。私がいなくとも、もう、大丈夫だろう?)


「あなたは、そうやっていつもいつも、勝手ね」


自分は必要ないだなんて、そんなはずない。

まだまだ、私にはあなたが必要だ。そう言いたかったが、彼女は堪えた。

もう、彼を休ませてあげよう。


「ええ、わかったわ。いつか、そちらに行くことになるけれど、それは当分先になるわ。またあの世で、もしくは転生した先で再びめぐり合いましょう」


(ああ、約束だ)


光に変わる槍の欠片を見て、涙したエルフ。

彼女は槍が完全に消えるのを見ると、クローリエが抱える娘のもとに歩き出す。

そして、その腕に愛しの我が子を抱きしめる。

奪われた時は、まだほんの赤ん坊だった我が子。今では、十歳を過ぎたほどの外見。

魔神ハザと行動を共にしていたためか、普通の時間で生きていたわけではないようだ。

その金髪を撫でる。

そのうちに、ネルグリューンは意識を取り戻し、その碧の瞳を開けた。

ネフェリエは、そんなネルグリューンを見て微笑んだ。


「おはよう、ネルグリューン」



覚めない悪夢は、ない。

終わらない夜はない。


これから始めよう。

奪われただけの時間の分、この子を愛そう。

愛しきあの人の分まで。


「かあ、さん・・・・・・・・・・・・・・・・」


静かに握られたその手を、二度と離しはしない。





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