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祝福されぬ者たち ―Ungifted Heretics―  作者: 七鏡
思い通りにならないなんて諦めたくはないから
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燃える大宗主国

グラウキエ宗主国。

レス=グラウキエ=コンクード内でエノラはその報を知った。


「アクスウォードが、滅んだ・・・・・・・・?」


驚愕の表情でリナリーから告げられた言葉に、いつもの冷静な彼女はいなかった。

彼女の血を分けた兄妹も祖国も、滅びてしまった。

王都は燃え、国民は魔物や賊、もしくは帝国兵士に殺されているという。

いくら国を離れたとはいえ、育った国を失う、ということは彼女が思う以上にショックなものであった。


「でも、アクスウォードは劣勢と言うほどでもないはず。そうやすやすと帝国に落とされるとは思えぬが」


セウスが冷静に分析していう。

パワーバランス的にも、そうそうありえることではない。帝国の戦力も、余裕はないし、王都まで戦線を伸ばせるほどでもない。

一体どのような策略があって、そのような事態になったか、皆目見当がつかない。


「それが、その辺はよくわかっていないようです」


リナリーは悲痛な顔でエノラを見て、気まずそうに沈黙した。

エノラは呆然と立ち、その肩をクィルに抱かれていた。


「エノラ?」


「だいじょぶ、だいじょぶだよ」


クィルの言葉にそう返すエノラだが、その様子は大丈夫、とは言えない。


「・・・・・・・・・・・」


決していい父親でもなければ、母親でもないし、兄妹でもなかった。

それでも、国を想い、民のために生きていた人たちであった。

王族故に、大きな責務を持ちながら、それから目をそらす者はいなかった。それが、エノラの知るアクスウォード王族であった。

長兄カッシートによる治世。それは、歴代喉の王の物よりもすぐれたものとなるだろう、などと言われていたこともあった。

縁を切ったはずなのに、情、というのだろうか。それが溢れだしてくる。

一筋の涙が、零れた。

無性に、悲しかった。


「クィルの気持ち、なんとなくわかるなあ」


国を失った魔族国の物の気持ち。それが、本当の意味でエノラには理解できた。

そんなエノラの方をただ黙って抱きしめる少年。


「・・・・・・・・・・・・・」


大宗主は黙って腕を組み、椅子に坐していた。

大宗主の中には、いつか感じた災厄を起こすであろう人物の存在がはっきりと浮かび上がっていた。

パラメスの使者として送られた男。その裏に存在した危険人物。

それが、この事態を、いや世界の争乱にかかわっている気がしてならないのだ。

その人物が果たして、このクライシュ大陸を、グラウキエ宗主国を放っておくだろうか。

いずれの大陸にも戦乱の芽があり、それは広がっている。中央大陸とクライシュ大陸だけが、その芽がない、とは思えない。

もしかしたら、気づいていないところで、事態は動き出しているのかもしれない。

いや、動き出している。

大宗主は沈黙して空を見る。

ここ最近、彼女の魔力を感じる。

ルルー、いや、キュレイアの魔力を。

今までは、戯れ程度に大宗主に絡むだけだった彼女は、なぜか今はこの国を正面から攻め込まんばかりの息を持っているように感じる。

それに、魔族国の人々を受け入れたことで、国内に生じたわずかな不和。これも、何か怪しく感じる。

大宗主は、ロイフォル・オーギュナントは不安を感じずにはいられなかった。




リクターはグラウキエ=コンクードの下に広がる街々を見る。

平和な町。しかし、そこには怪しげな雰囲気が立ちこみ始めている。

魔族が訪れてから、街は変わったようだ、とある司祭は言っていた。

それは恐らく正しい。

何者かの悪意。それをリクターは感じていた。


「厭なにおいだ」


死の匂い。戦いの匂い。

逃げ込んだ地もまた、闘いに巻き込まれるか。


「我らに、安住の地はないのか・・・・・・・・?」


天に存在するであろう神を見るように太陽を仰ぎ見る。

だが、深き深海からも眩しい太陽は、彼を拒絶するように、ただ燦々と輝くばかり。








大宗主国に暗雲が立ち込める中、大宗主はリナリーを例の空間に読んでいた。

無の空間の中で、リナリーは大宗主を見る。

大宗主はいつものような穏やかな顔を浮かべておらず、どこか険しい顔であった。


「大宗主様・・・・・・・・・?」


「リナリー、今日あなたを呼んだのは、あることを頼みたいからです」


「・・・・・・・・・・・?」


大宗主の顔を不思議そうに見返すリナリー。

大宗主は彼女の瞳を覗き込む。


「リナリー、今、この国は、いえ、世界は危機にあります」


大宗主はそう告げ、目を閉じる。


「ある一つの悪意、それがこの世界を動かしている。そして、今まで世界が容認し、または諦めて放置していた理不尽を突き動かし、世界を崩壊に導こうとしています」


大宗主は厳かに言う。

何も音のない、無の世界に広がる大宗主の声に、少女は耳を傾ける。


「リナリー、私は恐らく、近い将来死ぬでしょう」


「・・・・・・・・・・・!?」


リナリーは声にならない悲鳴を上げる。


「その時、この国は世界は暗黒に包まれるでしょう。けれど、忘れないでください、絶望の底にこそ、希望があることを」


「・・・・・・・・・・・・・どうして、私にそのようなことを?」


リナリーはなぜ、自分のような小娘に、と言う思いから言葉を紡ぐ。

その言葉に大宗主は優しく眉尻を下げ、少女を見る。まるで、父親が娘を見るように。

いや、違う。

母を見るような眼で、彼は私を見ていた。


「・・・・・・・・・・・・」


ただ黙って彼は手を翳す。


「いざとなったら、あなたはためらわずにそのスキルを使いなさい。現実改変のスキルを」


「・・・・・・・・・・・!!!」


リナリーの顔は驚愕で固まる。

良心でさえも知らないそのスキルを、なぜ、この人が。

その不信の目を受けても、ただ寂しげに彼は笑う。


「大宗主様、あなたは――――――――」


なんなのですか、というリナリーの言葉を遮るように、空間を大きな音が響く。

まるで、近くで雷鳴が堕ちたような、そんな音。


「・・・・・・・・・来たか、ルルー」


呟いた大宗主。


「気づいた時には、全てが遅かった。しかし、希望はまだ・・・・・・・・・・・・・」


そう大宗主は言うと、リナリーを見る。


「クィルやエノラ、セウス殿たちとともにいなさい。そして、生きてください。それが、私の願いです」


世界を、頼みました。

そう言い、彼は私を突き放す。

虚無の空間から現実へと帰った私に、彼の口が動く。


『さようなら、母さん』





大宗主国の結界を破り、魔神キュレイアがグラウキエ大宗主国を攻め始めた。

かねてより、この魔神との接触を疑問視されていた大宗主は、魔族と組み、魔神をこの国に招き入れた。

そんなレグナによって雇われたシャンクシーションクの噂もあり、大宗主に対する不信は高まっていた。

そんな中で、レグナの支持は自然に高まっていた。

彼に先導された騎士団や退魔局の者たちにより、グラウキエの街々は即座に支配下に置かれ、この騒ぎの元凶である魔族を殺せ、と声高らかに叫んでいる。


「容易いな」


シャンクシーションクは塔の屋根の上からそれを見下ろす。

人は流されやすい生き物。簡単に信じ、勝手に裏切られたと思い込む。単純で、愚か。救いがたい種族。


「確かに、我らは一度、滅ぶべきだろうな」


世界を壊す。そう言ったアンセルムス。彼の言うことは、確かに当たっているかもしれない。

理不尽な世界。

大宗主、と言う人間は立派な人間なのだろう。だが、それすらも、このようなうわさで一変してしまう。

まったく、救い難い。


「魔神キュレイアも動き出している。大宗主はどの道、死ぬことになる。もはや、避けることはできぬ」


世界の混乱は、これをきっかけに完全に後戻りできない状態になる。


「さぁ、奏でろ、死のレクイエムを―――――――――」


「そうは、させぬ」


「!!?」


シャンクシーションクは驚き、黒装束を翻らせ、飛び上がる。

先ほどまで彼のいた場所に、何かが落ちる。

それは、青銀の鱗の魔族であった。

ぎり、と光る眼孔が、黒装束の下の弱き心を見透かしているように感じた。


「・・・・・・・・・トライトンの息子、リクター、か」


「いかにも」


へこんだ屋根から体を起こし、先にいる黒装束を見てリクターは重い声を出す。


「貴様が誰かは知らぬ。だが、貴様らがこの世界に争いの種をまいたものであるのだろう?」


「・・・・・・・・・・・だとしたら?」


「貴様を殺す」


リクターはそう言い、手に持った銀色の三つ又槍を翳す。

シャンクシーションクはそれを見て、頭巾の下で溜息をつき、両腕の裾から銀色の刃を突き出す。


「戦闘は、苦手なのだが」


シャンクシーションクはそう言い、リクターに迫る。





「ルルー」


「ロイ」


二人の男女が、そこで向き合っていた。


「なぜ、ここに来た?」


「あなたが手に入れられる。あの人間はそう言ったわ」


「・・・・・・・・・・」


キュレイアの言葉に、沈黙する大宗主。


「利用されているとも知らずに?」


「・・・・・・・・・・・もう、我慢できないのよ、ロイ」


少女は歪んだ笑みを浮かべる。


「この心の渇き、満たされない思い・・・・・・・・・・・もう、何百と言う月日を過ごし、どれだけの夜、あなたを想ったか、わかる?」


キュレイアの悲痛な叫び。

どれほどの時が経とうとも、彼女がロイフォル・オーギュナントを諦めることなど、ないのだ。


「ルルー」


「もう、あなたも逃げるのはやめてよ。そうやって、いっつも私から目をそらしている」


キュレイアの言葉に、顔を歪める大宗主。長い白髪がわずかに揺れ動く。


「そのために、世界を壊す気か、ルルー」


「ええ、世界なんて、どうでもいい。私は、あなたがほしい」


そう言うと、少女は声を上げる。

いや、それはもはや、声ではない。

大宗主は耳を押さえる。

鼓膜を突き破るその音。あらゆるものを攻撃するキュレイアの最大の武器。

あらゆる物理的・魔術的な防御をも突き破る彼女のスキル。

『穢れた嘆きの女神』。


「・・・・・・・・・・っ、くぅ」


大宗主は膝をつく。

彼の持つ数種の結界法具と魔術シールドを一度で破ったキュレイアの絶叫。

かつて、これほど彼女のスキルが発動したことはない。

もはや、キュレイアは正気を失くしているのだ。

魔神、と言えど、機の狂う時間を過ごせば、おかしくもなる。

まして、ずっと手に入れたいものが手に入らないならば、なおのこと。


「・・・・・・・・・・・・」


これも、己の罪か。

大宗主は自嘲した。

かつて、彼女を見捨て、神に逃げた自分への、罰。


「罰ならば、受けよう」


だが、その前にすることがある。

ロイは、少女を見る。


「ルルー、私はお前を導こう。我が、神の御許に」


「もう遅いわ、ロイ。何もかも、全部」


二つの強大すぎる力がぶつかり合った。






「・・・・・・・・・・・・・・」


グラウキエ=コンクードの天井近くに倒れていたリナリーは起き上がる。

何が何か、わからない。

そんな彼女は、ふと下を見る。


「・・・・・・・・・・・・!!」


彼女の目に映った者は、燃え上がるグラウキエ大宗主国の光景。


「なにが・・・・・・・・・・・・・・」


戸惑う彼女の耳に、悲鳴のようなものが、響く。


「痛い・・・・・・・・・・・・!!」


耳を傷めつけるそれは、時空を超えてきたキュレイアの慟哭であるが、それを知る由もない。


「・・・・・・・・・・いかなきゃ」


どこへ、と言うこともわからないが、彼女は立ち上がる。


「レア様、お救いください」


少女は天に祈りをささげると、歩き出した。

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