魔族国侵攻 楽園の追放者
魔族国の結界は崩れ、街には人間の兵士たちがうろついていた。
破壊された街の中、倒れる魔族の人々。その死体をゴミのように踏みつけながら、人間族の兵士は街の中心部にある、長老会議所へと向かっていく。
逃げ延びた魔族たちは、その地下深く広がる要塞にこもっているようである。
アクスウォード第三王子であり、今回の魔族国侵攻のための連合軍の司令官を務めるアレスターは、黒い髪をなびかせ、ほほ笑む。
「見事な策だ、さすがわたくしだ」
そう言い、指で髪を弄るアレスター。
指揮官、というにはあまりにも戦場向きの格好ではなく、まるで夜会にでも出るかのように豪華絢爛であるその姿に、流石に他国の者たちも顔を顰めている。
だが、それも気にせずに、アレスターはナルシストな笑みを浮かべる。
「さて、では仕上げと行こうか」
「アレスター王子」
セアノの将軍で、アレスターの補佐としてあてがわれた男が口を開く。アレスターはさめた目で彼を見る。
「なんだ、将軍」
「敵のこもるは、要塞です。真正面から言っても、わが軍には決定打がありません。逆にやられるだけです」
「人間が魔族に敗ける、そんなことは許されぬ」
アレスターは髪弄りを辞めずに言い放つ。戦場のことなど、もはや興味ない、とばかりに。
将軍は内心の憤りを封じる。
彼とて、部下の命を預かる身。それなのに、と思わないわけでもないのだ。
今回の侵攻とて、将軍個人としては本当に必要なことか、疑問に思っている。
バラルとの戦争の本格化のためには、魔族をまず討ち、憂いを取り除くべき。魔族は狡猾で、人間族の弱みに付け込む魔性だ。そう言う意見が今回の侵攻につながった。
もはや魔族に打つ手はない。降服を促せば、それで済む、無用な血を流すことは、愚かなこと。
しかし、彼のようなものは少数。皆、魔族を恐れているのだ。
人は、違うものを恐れる。同じ人間でも、意見が対立し、争うのだから、種族が違えば当然か。
将軍は静かにため息をつくと、指揮官に代わり、全軍に命令を下す。
魔族を殲滅せよ、と。
魔族の立てこもる地下要塞につながる会議所の建物の入り口には一人の男が立っていた。
魚人族の長、トライトンだ。
彼は要塞が完全にその機能を回復するまでの時間稼ぎとしてここに残っていた。
要塞の防衛機能は、とうの昔に死んで久しく、長年修復されてきたが、未だ完全ではない。
最近になって、急ピッチで修復が進められ、最低限の防衛機能までは回復させられるらしいが、思った以上に人間の侵攻が早く、それすらもまだである。
そこで、少しでもその時を稼ぐために、トライトンと彼の従える勇士がここを守っていた。
度重なる人間族の攻撃に耐えた勇士たちだが、人間族が作り出したと思われる魔道砲と呼ばれる兵器に、トライトン以外は死んだ。
魔力を圧縮し、それを放つ対要塞兵器。
合計6ものそれは要塞にダメージを与えかねない。
勇士たちは特攻し、砲台を破壊した。自らの命をもって。
トライトンも特攻をかけたが、彼は死ななかった。
たとえ一人となろうとも、要塞の防衛機能復活まで、誰一人、通しはしない。
その覚悟が、彼をより強くし、一騎当千の戦士に変貌させていた。
「化け物か、あの魔族は!」
そう呟いた人間の顔を、三つ又の槍が襲い、吹き飛ばす。
血しぶきに塗れながら、トライトンはまるで水を泳ぐかのように、迫りくる人間の間を駆け巡り、殺戮をもたらす。
「どうした、人間どもぉ!!」
怒りの雄たけびを上げるトライトン。
トロントもグラールも死んだ。ヨトゥンフェイムの姿を見かけなかった、ということは彼も死んだのだろう。
古い友人たち。ともに武を鍛え、理想を語り合った。その友人たちは見事に民を守り、死んでいった。
次は、自分の番だ。
愛する国を守るためならば、死すら恐れぬ。
たとえ、死んでもここにいる人間族を道連れにしてやろう。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
トライトンの槍より迸る雷撃。
鎧を、肉を焼き、屍を量産するトライトン。
その姿を遠くより遠視の魔術で見るアレスターは、真っ青な顔をしていた。
「なんだ、あれは?!魔神か?」
「あれは魚人族の王、トライトンです、司令官殿。どういたします?奴の強さは、まさに魔神。このまま正面を責めるのは、得策ではありません」
将軍の言葉に、王子は考え込む。
そこで、ふと思い出したかのように、明るい表情をする。
「将軍、アレを」
「・・・・・・・・・・!」
王子の言葉を理解した将軍は、青い顔をする。
アレ。
対バラル帝国用に作った、人造兵器。
非人道的実験の結果作られた、最重要秘匿物。
誰が作り出したのか、国の中心に近い将軍ですら知らないソレ。
確かにアレならば、魔神の如き魔族を倒せるかもしれない。しかし。
「しかし、アレは」
「いいから、早くしろ!わたくしは早く、王宮に帰りたいのだ!セーラに、ミリア・・・・・・ほかにも多くの女がわたくしの帰りを待っているのだぞ!」
知ったことか、という将軍の言葉は何とか出されずに済んだ。
将軍はただ、「御意」と言った。
そして、部下に命じ、それが入った棺を持ち出す。
何とか、実用までこぎつけた第一号。
それの棺が開かれる。
白い煙が、周囲に零れる。
そして、そこから現れたのは、漆黒の甲冑に全身を包んだ兵士。
意志を持たず、ただ敵だけを殺す、正に兵器。
未だバラルに知られていないこれの情報が漏れることを、将軍は危惧していたし、まだ安定した性能を発揮できていない。ここで壊れてしまえば、将軍たちの責任も大きい。
そんな将軍の内心も知らず、アレスターはそれに命じる。
「あの魔族を殺せ。腸を抉り、そしてその首をわたくしに捧げよ」
漆黒の兜から、紅い瞳が光り、静かに歩き出す。
まっすぐ、トライトンに向かって。
人間族の兵士は、その禍々しい魔力と威圧感から道を開ける。
トライトンは、その鬼の如き形相で、自身に挑まんとする漆黒の鎧を見る。
鎧に身を包み、巨大な盾と両刃の剣を持つ人間族の切り札。
「どれほどの鎧で身を包もうとも、我が雷光はすべてを焼き尽くすぞ!」
トライトンが叫び、槍を天に突き出す。
一筋の光が伸び、空を直撃し、雨雲を呼び寄せる。
周囲の風が強まり、雷の音が響く。
雷の光で、天が明るく照らされる。
その様子に、臆することもない漆黒の鎧。
なるほど、これくらいで引かぬとは、そこいらのモノとは違う。
トライトンはそう感じると、身体を引き締める。
もしかしたら、死ぬかもしれない。
だが、たとえ死ぬとしても相打ちにしてやろう。
「我が意地を、覚悟を思い知れぃ!!」
トライトンは叫ぶと、突撃する。
先手を取らなければ、負ける。そう叫ぶ本能のままに。
雷光を纏い、接近するトライトン。
それを援護するように、天から落ちる雷撃が漆黒の鎧を襲う。
だが、その巨大な髑髏の盾で雷撃は弾かれる。
退魔の盾か!
トライトンはそう呟くと、右にステップをする。
その直後、彼のいた場所に何かが突き刺さる。
魔力で固められた岩であった。
敵は全く身動きせず、周囲の瓦礫を操り、トライトンに投げつけてくる。
「おぉおおおおお!!!」
槍で打ち払い、ついに近接するトライトン。
渾身の力で槍を突き出す。必殺の一撃。これで殺せなかったものは、今までない。
だが、それは鎧の持つ盾に阻まれる。
しかし、さすが、といったところか。トライトンの一撃で盾は使い物にならなくなる。
「これで、お前は丸裸も同然!」
盾さえなければ、鎧などもはや紙切れ。トライトンの力ならば、勝てる。
そう確信したトライトンに向かい、鎧は剣を振り上げる。
思った以上に速いその一撃に、トライトンは避けることもできず、左腕で受け止める。
黄金の手甲が砕け散り、彼の銀色の鱗を砕く。
「!?」
急いで距離を取るトライトン。
彼の左腕は薄く肉を切られ、血が出ていた。
「まさか、我が血を流すとは」
下手をすれば、持っていかれていた。
もはや、こいつをこれ以上生かしておくのは危険。
とはいえ、だからと言ってトライトンに勝ち目はあるのか、というとそれはなさげである。
先の一撃で、トライトンの中の魔力は急激に減っていた。
おそらく、漆黒の鎧のスキルか何かだろう。
トライトンは、全身の感覚が消え行くのを感じていた。
「まさか、なぁ・・・・・・・・・・・」
トライトンは呟く。
まさか、ここで死ぬとはな、と。
死を覚悟したトライトンだが、ただで死ぬ気はない。
トライトンは自身の胸に三つ又の槍を突き立てる。
「あ、あ、あ、あ、あ・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!」
今、逝くぞ、我が友よ。
浮かぶのは、先に逝ってしまった友人たち。
跡は、頼みましたぞ、ハズメット様。
最長老であるハズメットならば、これからの魔族を導いてくれよう。
僧であると信じれるからこそ、死ねる。
さらば、魔族国。さらば、わが民よ。
「生きろ」
ズシャリ、と音が響いた。
「なんだ、奴め、敵わぬと知り命を絶ったか!」
アレスターはそう言った瞬間、トライトンの身体が不自然な輝きを放ちだすことに気づく。
「なん―――――――――――――」
そして、それを不審に思った瞬間、彼の意識は途切れた。
閃光が奔る。
「――――――――!!」
要塞の奥深く。魔力の流れで戦場を見ていたハズメットは、地上での戦いの様子を悟る。
「・・・・・・・・・・・トライトン」
勇敢な戦士、トライトン。
類まれなる魚人族の英雄。
彼の持つ黄金の三つ又の槍は、神代の時代の遺物であり、彼以外には操ることのできぬものであった。
その武器の特徴は、雷撃を操り、時に天変地異すら起こす、と言う。
それは使用者の魔力や、生命力に比例するという。
使用者の全生命力を使いこんだら、どれほどのものとなるであろうか?
もはや、敵わぬと悟った彼は、その命を持って人間の軍勢を葬った。
そう思うと、ハズメットは深い悲しみに襲われる。
今日だけで散っていった魔族たち。いずれも若く、未来があった。
「すまない」
要塞の機能復活に全力を注ぎこむハズメットには彼らを救えなかった。
だが、彼らの詩は、無駄ではない。
地上にいた人間族の軍勢は、呆然とそれを見ていた。
魔族国の中央部を吹き飛ばした閃光。
それは、あの漆黒の鎧と前に出すぎていた司令官アレスターに、人間族の軍勢の四割を消し飛ばした。
魔族の戦士、トライトンの命を懸けた自爆。
それは、多大な損害をもたらした。
人間族の者たちは、改めて魔族は滅ぼすべき、と感じていた。
これほどの脅威を、残しておけるっだろうか、と。
恐怖を感じながらも、彼らは要塞へと向かう。
もはや、阻むものはいない。
残るは民間人のみ、と自信を叱咤し、兵士は進む。
その時。
地の底から、地響きのようなものがした。
そして、大地が割れる。
なんだ、なんだ、と人間族の兵士が叫ぶ中、地より現れたのは、見たこともないものであった。
謎の物質で作られた、巨大な城の如きもの。
それこそが、遠い昔、先史文明時代に残された遺跡であった。
それは、魔族国の大地を陥没させ、空中に浮かんだ。
そして、ゆっくりと天に向かっていく。
呆然とそれを眺める人間族。
それをハズメットは見ていた。
安住の地を手に入れたことに、安堵しすぎていたのかもしれない。
もっと、早くにこれを起動していれば、もしかしたら、と思わずにはいられない。
とはいえ、ハズメットにも、これが宙に浮く巨大な城とは思っていなかった。
しかし、これでひとまず、魔族の存亡の危機、は脱した。
だが、戦いはこれからだ、とハズメットは感じていた。
「魔族国、我らの故郷よ。再び帰ってくるその時まで、さらばだ」
そして、国を、民を守るために死んでいった英霊のために、ハズメットは涙を流した。
エノラは、空中要塞の窓より、遠ざかる魔族国を見るクィルの背を眺めていた。
ヨトゥンフェイムは、ついに帰らず、故国を離れうこととなった。
その悲しみは、はかり知ることはできない。
エノラは、声をかけようとして、でも戸惑い、それができなかった。
「エノラ」
そんなエノラに、クィルは声をかける。
言葉は、震えていた。顔を向けない彼に、エノラはただ黙って近づき、寄り添う。
添えられた手を、クィルは握る。
ただただ、そのぬくもりが、今は有難かった。
クィルは黙って泣いた。
そして、誓う。
争いのない、世界。魔族と差別されることのない世界を、作ると。
父に、そして、死んでいった多くの同族に誓った。
そんな二人を遠くから見るセラーナとセウス。
「悲しい光景だな、我々は一体どれだけの悲しみを見れば、過ちに気づけるのだろうか?」
「・・・・・・・・・・・」
その問いに対する答えを、セラーナは見つけられない。
「これは始まりに過ぎない。戦いの、な」
そう言い、セウスは空を見る。
暗く、黒い雲が迫りつつあった。
それは、この世界の至る所に出現し、飲み込もうとしていた。




