魔族国侵攻 光と闇
クィルとエノラは、魔族の民間人の避難誘導をしていた。
戦闘のために、二本の剣を構える父に自分も、とクィルが言うと、父親は静かに首を振る。
「どうして?!」
「私が死んだとしたら、その時、インヴァテールやほかのものを纏めることになるのは、お前だ。クィル」
「父上・・・・・・・・・」
ヨトゥンフェイムは息子の肩を手でたたくと、クィルの瞳を覗き込む。
「生きろ、クィル。そして、より多くの命をすくえ。そして、作ってくれ、我々が迫害されなくて済む、優しい世界を」
「父上・・・・・・・・・・!!」
クィルは、父親に抱きついた。
今まで、クィルは父に感謝の言葉を面と向かっていったことはなかった。父も、クィルに特別「愛している」などとは言わなかった。
それでも、確かに二人は親子であり、思いは通じあっているのだ。
「心配するな、前にも言ったが、死ぬ気はないさ」
壮年のインヴァテールは笑うと、その様子を見守っていたエノラを見る。
「エノラさん、息子を、頼みますぞ」
「はい。ヨトゥンフェイム様」
そう言うと、ヨトゥンフェイムは静かに背を向け、インヴァテールの屈強な男たちを引き連れて、激戦の中へと歩いていく。
そんな父の背を見送り、クィルは言った。
「避難する民の誘導をする!中央部シェルターまで、皆助け合うように!」
クィルはそう言い、戸惑う民に自身の姿を見せる。
クィルのその堂々としたたたずまいに、皆冷静さを取り戻し、彼の言葉通り、シェルターに向かう。
エノラはそんなクィルの背を見る。
本当は、心配であるのに、感情を押し殺し自分の役割を果たそうとする彼の気持ちは、痛いほどわかる。
いざとなれば、私が彼を守る。たとえ敵が、同じ人間であろうとも、祖国であろうとも。
エノラに手には、魔力で作られた刀のほかに、もう一本剣が握られていた。
殺すことはできないエノラの刀とは違い、これはエノラでも殺すことができる。
それが、彼女の覚悟であった。
「クィル」
エノラが声をかけると、クィルは静かに頷く。
「わかっているよ、エノラ。行こう」
未だ戦火の及ばぬ地区を巡り、避難誘導をする二人。二人のほかにも、何人かの者がそれを行っていた。
中には避難中に襲われる者もいた。
いかに魔族の精鋭と言えど、数の上では少ない。地の利は、魔族にあるが、それもこの奇襲の前にはあまり意味を成さない。
襲い掛かってきた人間の兵士を倒したエノラとクィル。
どことなく、顔の青いエノラの方に、クィルは手を乗せる。彼はその時、自分の血に塗れた手に気づき、急いで肩から手を退ける。
「気にしないで、クィル」
「エノラ?」
「もう、覚悟はしているから」
そう言うと、エノラは言う。その瞳に、迷いはない。
「あの人たちは、無事逃げれたかな?」
襲われかけた魔族たちを思い出し、エノラが言うと、クィルは大丈夫、と言った。
「俺たちが戦っている間に、誘導していた魚人族がいた。・・・・・・・・・・大丈夫だ」
クィルは父のことを心配していた。それでも、父から与えられた使命を果たすことで、何とか紛らわせている、と言った様子だ。
エノラとて、心配である。たった二週間にも満たない日数だが、本当にヨトゥンフェイムはエノラによくしてくれた。それこそ、本当の父のように。
王宮という特殊な環境で育ったエノラにとって、ヨトゥンフェイムは大きな存在となっていたのだ。
実の子であるクィルの心境は、言うまでもないだろう。
「さぁ、急ごう。まだ、助けを必要とする人はいる」
耳に聞こえる戦場の音から、東地区にはいまだ多くの逃げ遅れた人々がいるらしい。
クィルがそう言うと、二人はそちらに向かっていく。
族長の一人、トロント死後、押され気味であるらしく、民間人の犠牲者も多いという。
二人もそちらに向かうまでに、多くの人間族の兵士と遭遇していた。
「しねぇ、魔族ぅ!」
狂信的な目でクィルを見ると、兵士は槍を突き出す。
クィルはそれを回避すると、右手に握った短剣で兵士の喉笛を切り裂く。
「ぐえぇ!」
「クィル!」
物陰から放たれた矢。それを見たエノラが警告を発すると、走り出す。
そして、矢を叩き落とすと、魔力で作られた刀を元に戻し、魔力の弾を作り、放つ。
それを視認できなかった狙撃手の頭部が爆ぜる。
エノラの前に、数人の兵士が向かう。だが、エノラは再び刀を作り出すと、それで兵士を斬りつける。
斬りつけられた兵士は、自身のスキルと魔力の消失に驚く。その一瞬のすきを、エノラは見逃さず、一撃でその首を斬り飛ばす。
血に塗れた頬を拭い、彼女は立ち上がる。
クィルは指をパチンとはじく。
二人のいる場所から少し離れた場所で、兵士の苦しむ声が聞こえる。
「何をしたの?」
「少し、幻痛を、ね」
そう言うと、クィルは走り出す。
が、すぐに止まる。
「どうしたの?」
「・・・・・・・・・・誰か来る」
そう言い、警戒するクィル。エノラも、緊張する。
二人が警戒しながら、前方の十字路を見る。
十字路の右から、見ら先色の影が飛び出す。
それは、見るからに魔女、と言った風貌の少女であり、何やら戦闘をしているようだった。
魔族が襲われているのか、と思ったが、様子は違うようで、少女の跡から見えてきたのは、セアノの騎士だった。
「まさか、魔力無効化スキルの、持ち主、なんて・・・・・・・・・・」
とぎれとぎれの息で、フラフラの少女はそう言うと、転んだ。
「敵ではない、ようね」
そう言うと、エノラは走り出す。
魔力無効か、と言う言葉から、彼女のスキルでは敵を倒すのは難しいだろう。
クィルは竜化を部分的に行うと、走り出す。脚部は、紫色の鱗で覆われ、鋭い爪が突き出していた。
エノラが少女に迫る騎士の剣を受け止める。
騎士はエノラを睨み、距離を取ろうとする。
だが、その頭上をクィルが跳躍し、騎士の背後を取る。
騎士は咄嗟にクィルを見るが、遅い。
クィルの強靭な脚で放たれた蹴りで、騎士は鎧ごと吹き飛ばされる。
内臓を圧迫され、全身の骨を砕かれた騎士は、口から血を流し、気を失う。
「エノラ、先行するな。あんたのスキルじゃ、今の敵は・・・・・・・・」
「私は君を信じている、だから安心して背中を任せられる、クィル」
「そう言う問題じゃぁ」
クィルの言葉を、エノラは遮り、少女に手を差し伸べる。
「無事か?」
「あ、ありがとうございます」
その手を取り、立ち上がった少女。
三角帽から出る長いオレンジ色の髪は土ぼこりで汚れ、ローブも所々汚れたり破けているが、少女に体力の消耗以外はないようだ。
「人間、か?どうして人間が人間と・・・・・・・・・・・」
クィルの言葉に、少女は少し困った顔をする。
「ええと、まぁ、私は人間ですけど、そこまで魔族の人たちに偏見とかないつもりですし、それに」
少女はその少し垂れた瞳に強い光を覗かせた。
「こういうこと、見過すなんてできない性質で」
「なるほど、な」
そう言い、クィルはエノラを見る。
まさか、彼女のような馬鹿者がまだいるとは、と。
人間に失望する一方で、こうしたものもいる、と言う事実。それはクィルにとって、小さな光であった。
「感謝する、俺の名はクィル。彼女はエノラ、君と同じ馬鹿な人間さ」
「馬鹿、とは光栄だね」
エノラはそう言うと、少女に手を差し伸べる。少女はその手を強く握る。
「エノラ・アンスウェルだ。よろしくたのむ」
「セラーナ・シャイアです」
そう言うと、少女は二人を見て口を開く。
「たぶんですけど、この辺の人はみんな逃げたと思います。私を追っていた騎士以外は、連れが相手をしているようですし」
「連れ?大丈夫なのか、その人は?」
エノラの問いに、セラーナと言う少女は強く頷く。
「ええ、あの人なら、大丈夫でしょう」
強く信じるその姿を見て、エノラは沈黙する。
たとえ、援護に行こうとしても、クィルとエノラには任された使命がある。
シェルターに逃げ込んだとしても、敵が来ないとは限らない。
絶対に攻め込まれないはずの魔族国が攻められたのだ、シェルターが無事、と言う保証はどこにもない。
「俺たちは、シェルターに行き、人々を守らなければならない。・・・・・・・・・・あんたはどうする?」
クィルの問いに、少しセラーナは考え込む。
「そうですね、もう、こちらのことも伝わっているでしょうし、捕まったら大変なことになるでしょう。ご一緒しても、いいですか?」
「恩人に刃を向けはしない。魔族は友を売らない」
そう言うと、セラーナは頷く。
三人は、シェルターのある魔族国中心の長老会議所まで走り出す。
「はぁ、はぁ・・・・・・・・・・・・」
粗い息をつき、剣で体を支える魔神セウス。
不老不死と言えど、体力が無限に続くわけではないし、首を落とされたらさすがにセウスと言えども死ぬ。
それでも、そこらの兵士程度ならば、セウスの敵ではない。
だが、今回の敵は違う。
おそらく、実力的にはセウスと同等か、それ以上。
敵は自身を魔神、と言った。
序列八位、『狂笑』セウス。
名の通り、常に笑みを浮かべ、戦いとなると、狂った笑い声をあげ、漆黒の杭を放つ。
魔力で作られたものではなく、セウスの魔術にもピクリともしない。
厄介な遠距離攻撃のみならず、魔神の近接格闘も厄介であった。
鋭い手刀から放たれる一撃は、おそらく一撃でセウスの腕を落とすだろう。
二つの攻撃をかわしながら、セウスは戦い、疲労はたまっていた。
それでも、流石セウス、と言ったところか。致命傷は見事に避けていた。
それどころか、油断した魔神に、一撃だけだがダメージも与えていた。
「なるほどねェ――――――。さすが、伝説の騎士様、ってェとこか」
自身の二の腕から流れる血を見て、にやりと笑う魔神ハザ。真っ黒な眼球が愉悦に歪む。
「いいねえいいねえ。やっぱり、戦いってのはぁ、スリルがなきゃあ、詰まらねえよなァ?」
ケキャキャキャ、と耳障りな笑い声を出す魔神を、セウスは静かに睨む。
「貴様の目的はなんだ、魔神ハザ。この襲撃は、お前の目論みか?」
セウスの質問に、おかしそうに笑うハザ。
「この俺様がこれを起こした?馬鹿言っちゃあいけねえ!そんなことしたら、ほかの魔神に睨まれちまう!俺は飽くまで手助けしただけ、人間どもの心をすこぉし、な」
そう言ったハザは、セウスをじろりと眺める。
「これを起こしたのは、ある人間の男さぁ・・・・・・・・・・そいつはな、面白いことにスキルもなければ、なぁんの才能も持たない男でなあ」
おかしいだろう、と同意を求めて笑うハザ。だが、セウスは笑いはしない。
「そいつの計画に、俺様はのった。それだけさ」
さて、とハザは言うと、セウスに背を向ける。
「どこへ行く」
「義理は果たした。それに、これ以上暴れると、この大陸の魔神に目をつけられるからなあ、『刻躁』のレヴィア=ツィリアにな」
そう言うと、男の周囲の空間がゆがむ。
「まぁ、いずれほかの魔神も殺してやるがなァ!あばよ、セウス。次に会ったときは」
その瞬間、ふざけていた魔神の目が細まり、黒い瞳の奥に紅い光が輝く。
「てめえを殺す」
そして、また元の調子に戻り、キャラキャラと不快な笑みを浮かべて消える。
セウスは、敵の消えると同時に、プレッシャーが消え、疲れた体を地に横たえる。
「・・・・・・・・・・」
そして、少し体を休めると、立ち上がる。
「セラーナ」
セウスは少女の名を呟くと、走り出す。
セラーナの魔力の残滓を追うセウス。
誇り高き騎士は、ただただ少女を求めて走る。
魔神ハザは、魔族国の西側の、荒れ果てた街中に現れると、かつては噴水だった場所に座る。
そして、鼻歌交じりに空を見ていると、ふと顔に影が差す。
ハザは視線を下げ、隣に立つエルフの少女を見る。
「よぉ、お仕事はやったか?」
こくり、とうなずくエルフの少女。
ハザは邪悪な笑みを浮かべて少女の頭を撫でる。
「よぉし、えらいぞぉ、ジェネス。それでこそ、俺様の奴隷だあ」
少女は何の感情も浮かばぬ顔と目でハザを見る。
ハザはその目に満足すると、少女の手を握り、指を鳴らす。
周辺の魔力が乱れ、闇が氾濫する。
二人の目の前に、人一人分ほどの次元の扉が出現する。
「さぁて、帰るかなァ。アンセルムスの奴、次はどんなことをするのかねえ」
キャハハハハハ、と声を上げる魔神と、美しきエルフの少女は次元の扉に入る。
二人が完全にそこに入り込むと、魔力が拡散して、扉は消えた。
魔神と少女が消えた後も、魔族国での人間の侵攻は続いている。




