約束の続きを
# 第七章「約束の続きを」
「リノ……?」
ロコはゆっくりと身体を起こした。
さっきまで全身を襲っていた痛みが、嘘のように消えている。
「ぼ、僕……」
自分の身体を見る。
傷一つない。
服に残った血だけが、先ほどの事故が夢ではなかったと教えていた。
「……助かったの?」
「……うん」
リノは小さく頷いた。
「よかった……」
「リノが、助けてくれたの?」
「……」
答えない。
答えなくても、ロコには分かっていた。
周りの大人たちの視線。
ざわめき。
向けられたスマートフォン。
そして――
小さな背中から伸びる、美しい羽。
「……そっか」
ロコは微笑んだ。
「やっぱり、リノは普通の子じゃなかったんだね」
「……ごめん」
「え?」
「ごめんなさい」
リノは俯いた。
「ずっと……黙ってて」
「私、人間じゃないの」
「妖精なの」
「本当は……人間のこと、ずっと怖かった」
震える声。
「私の国は、人間に滅ぼされた」
「父様も、母様も……みんな……」
ロコは何も言わない。
ただ、黙って聞いていた。
「だから……最初、ロコのことも怖かった」
「うん」
「嫌いになろうとした」
「うん」
「でも……」
リノの目から、涙がこぼれる。
「ロコは違った」
「……」
「初めて会った時、泣いている私を心配してくれた」
「一緒に遊んでくれた」
「友達だって言ってくれた」
「優しい人間もいるってことを教えてくれた」
「だから……」
顔を上げる。
「ありがとう」
その笑顔は、出会った頃とは違う。
もう、恐怖に怯えるだけの少女ではなかった。
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しかし。
周囲のざわめきは、消えない。
「妖精だ……」
「本当にいたんだ……」
「動画撮った?」
「ニュースに送れるんじゃないか?」
その言葉を聞いた瞬間。
リノの身体が強張った。
あの日。
故郷を襲ったハンターの笑顔が脳裏に浮かぶ。
『高く売れそうだ』
全く同じ台詞だった。
「……っ」
「リノ?」
「……行かなきゃ」
「え?」
「ここにいたら……また誰かに見つかる」
「待って」
ロコは慌てて手を伸ばした。
「待ってよ!」
その声に、リノの動きが止まる。
「また、明日……」
その言葉。
毎日交わしてきた、何気ない約束。
一番大好きな言葉。
だからこそ。
リノは、少しだけ笑った。
そして。
首にかけていた羽のペンダントを外す。
「……え?」
「これ、預かってて」
「大事なものじゃ……」
「うん」
リノは頷く。
「お父様とお母様がくれた、私の宝物」
「だったら!」
「だから、ロコに持っていてほしい」
ロコの手の中に、そっと置く。
「また会えるって……信じたいから」
「リノ……」
涙が溢れる。
嫌だ。
また、大切な人がいなくなる。
「じゃあ、いつ来るの?」
子供らしい問いだった。
明日。
来週。
来年。
そんな答えを期待した。
だけど。
リノは困ったように笑う。
「わからない」
「そんな……」
「……」
空を見上げる。
夕日が、二人を赤く照らしていた。
「今日の約束は……」
一度、言葉が詰まる。
喉が痛い。
言いたくない。
本当は、明日も遊びたい。
明後日も。
ずっと。
「ごめん、ロコ」
涙を流しながら笑った。
「今日の約束……守れそうにないや」
「……っ」
ロコは声を失った。
「でも」
リノは続ける。
「“また明日”って言葉、私、大好きになったの」
「……」
「だから、いつか」
羽を広げる。
「本当に明日が来たみたいに、また遊ぼうね」
そして。
ふわりと空へ舞い上がる。
「待って!!」
ロコが叫ぶ。
「リノ!!」
振り返る。
涙で滲んだ視界の向こう。
小さな友達が、必死に手を伸ばしていた。
「忘れないから!!」
「……!」
「絶対に忘れない!!」
「……うん」
リノは、笑った。
「私も」
その姿は、夕焼けの中へ消えていった。
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ロコは、ずっと空を見ていた。
手の中の、羽のペンダントを握り締めながら。
「また明日」
その約束の続きを。
信じ続けながら。




