友達
# 第四章「友達」
「君……泣いてるの?」
その声に、リノの身体はビクリと跳ねた。
「……っ!」
慌てて顔を上げる。
そこには、一人の人間の男の子がいた。
歳は自分と同じくらいだろうか。
黒い髪に、少し日焼けした肌、ひざには大きなカサブタがある。
大きな瞳で、心配そうにこちらを見ている。
「……こ、来ないで!」
リノは思わず叫んだ。
男の子の肩がぴくりと動く。
「え?」
「近づかないで……!」
リノは後ずさった。
「人間は……怖い……」
その言葉に、少年は少し困った顔をした。
「僕……なにもしないよ?」
「嘘……!」
リノは叫ぶ。
「みんなそう言うんだ……!」
「え……?」
「人間は…優しいふりをして……!」
父の言葉。
母の言葉。
仲間の悲鳴。
ハンターの笑い声。
全部、頭の中でフラッシュバックする。
「捕まえて……売るんでしょう……?」
「……売る?」
少年は目を丸くした。
そして、しばらく考え込んだ。
「……ごめん」
「……え?」
「よく分からない」
あまりにも真っ直ぐな返事だった。
リノは思わず黙った。
「でも」
少年はゆっくりしゃがみ込む。
「君が怖いなら、近づかない」
「……」
「ここにいるね」
「……なんで」
「え?」
「なんで、そんなことするの……?」
「なんでって……」
少年は首を傾げる。
「泣いてるから」
その言葉に、リノの心が小さく揺れる。
ただ、それだけだった。
理由なんてない。
見返りもない。
この人間は、ただ自分を心配している。
「……」
でも、まだ信じられない。
信じたくない。
信じたら、また失うかもしれないから。
「……名前」
「え?」
「あなたの……名前」
少年の顔がぱっと明るくなる。
「あ!僕、ロコ!」
元気よく胸を張る。
「小学三年生!」
「……しょうがく?」
「え?」
「あ……」
しまった。
人間の世界の言葉を、全部知っているわけじゃない。
ロコは不思議そうにしたが、すぐ笑った。
「学校の三年生ってこと!」
「学校……」
「勉強したり、友達と遊んだりするところ!」
「……友達」
その言葉に、リノの胸が痛む。
もう、生の国の皆には会えない。
父も、母も。
みんな。
「……君は?」
「……」
答えていいのだろうか。
人間に名前を教える。
それは、心を許すことと同じ気がした。
「……リノ」
「リノ!」
ロコは嬉しそうに繰り返す。
「いい名前だね!」
「……」
まただ。
この人間は、何故こんなにも笑うのだろう。
「ねえ、リノ!」
「な、なに?」
「遊ぼ!」
「……え?」
あまりにも突然だった。
「遊ぶ?」
「うん!」
ロコは笑う。
「僕、今から友達と隠れんぼするんだ!」
「かくれんぼ……」
その単語に、リノの目が少し輝く。
絵本で読んだことがある。
人間の子供たちの遊び。
ずっと、やってみたいと思っていた。
「……やりたい」
「え?」
「……え?」
自分でも驚いた。
気づけば、口に出ていた。
ロコは満面の笑みになる。
「よし!決まり!」
「ちょ、ちょっと待って……!」
「大丈夫!」
ロコは手を差し出す。
「僕がいるから!」
その手を見つめる。
大きな手。
人間の手。
少し前まで、怖くて仕方なかったもの。
「……」
また裏切られるかもしれない。
また傷つくかもしれない。
それでも。
この少年の笑顔を、もう少しだけ信じてみたい。
そっと。
リノは、その手を取った。
「……少しだけ」
「うん!」
「少しだけだからね」
「分かった!」
もちろん。
その「少しだけ」が——
何年も続く大切な時間になることを。




