第3話:粟(あわ)
――永嘉元年(一四五年)、扶風。
束脩の支度は、前の晩からはじめる。
母は、干した肉を厚紙で包み、麻の紐で十文字にかけた。結び目を子の側へ向けて置く。持って歩くときに、結び目が手に当たるほうがいい。忘れずに済む。
それを土間の棚に置いてから、弓を下ろした。
弓は壁にかけてある。夫の物ではない。夫の弓はもう一張、別にかけてあって、そちらは触らない。下ろしたのは子に持たせている小さいほうで、握りの革がすり切れてきていた。
革を剥がし、新しいのを巻いた。巻きながら、明日の朝の順を決めた。
早くに弓、それから塾。逆にはしない。弓を先にしておけば、腕が疲れて、塾で余計なことをしない。
夫は雁門にいる。郡が替わるときにしか帰らない。この家の男は、四代そうしてきた。
弓を教える者は、郡にいくらでもいる。
塾へやるのは、誰かに言われたことではなかった。叔父が来いと言ったわけでもない。ただ、あの土間に三百人が座っているのを一度見て、そのうちの一人にしようと決めた。それだけである。
理由を人に言ったことはない。言えば、どちらかを薄くすることになる気がした。
子が、寝床から顔を上げた。
「母上」
「なんですか」
「明日は、弓と塾と、両方ですか」
「両方です」
「なぜ――」
母は灯を消した。
――本初元年(一四六年)、扶風。
報せは、塾の途中で来た。
土間の入口に郡の吏が立って、叔父を呼んだ。叔父は立って出ていき、しばらくして戻ってきた。戻ってから、莚の前に座り直すまでに、少し間があった。
「帝が、崩じられた」
叔父はそう言った。
三百余人が、いっせいに動いた。動いたというより、座り直す音が一度に鳴った。
皇甫嵩は、前から三列目に座っていた。数えで十になる年である。
「御年、九つであられた」
誰かが小さく息を吸った。
叔父は、それ以上のことを言わなかった。言わなかったが、土間の空気は、もう言われたのと同じになっていた。帝は九つで、去年の正月に立ったばかりで、そして死んだ。九つの子が、ひとりでに死ぬ道理はない。
誰が、という言葉は、誰も出さなかった。
皇甫嵩は、四年前の晩のことを思い出していた。都から帰った叔父が湯呑を置いた、あの晩である。順位を落とした男の名を、郡の者が口にするまでに、ひと冬かかった。
その男が、いま帝を殺したのだと、この土間の全員が思っている。
叔父は、巻を開いた。
「前の続きからやる」
題を変えなかった。
その日、三百余人のうち、来なかった者が十人いた。
――建和二年(一四八年)、扶風。
父から書状が届いた。
二年ぶりだった。届けてきたのは商人で、雁門から涼州へ下ってくる隊に、たまたま加わっていたのだという。
紙が違った。
この郡で使う紙より厚く、手ざわりが粗い。指で撫でると、面に細かいものが引っかかる。紙を漉くときに、砂が混じったのだった。北の水は砂を含んでいるのだと、あとで叔父が言った。
開くと、粟のことしか書いていなかった。
今年の割り当てが去年より減ったこと。減った分を郡が別の名目で戻そうとしていること。その名目が去年と違う名目であること。牛の値。人の値。
最後まで読んで、もう一度はじめから読んだ。
家のことは、一行も無かった。悪いことも、良いことも書いていない。粟の話だけが、はじめから終わりまで続いていた。
皇甫嵩は、紙を膝の上に置いた。
父の顔を思い出そうとして、うまくいかなかった。背の高さは覚えている。声の低さも覚えている。顔の、どこがどうだったかが出てこない。前に会ったのは四つのときである。
数えで十二になっていた。
「父上は、お変わりありませんか」
母に訊いた。母は紙を受け取って、ひととおり目を通した。
「粟のことが書いてあるなら、変わりありません」
母はそう言って、紙を畳んだ。畳み方が、前に届いたものと同じだった。同じ折り目に戻したのだと分かった。
壁に、父の弓がかかっていた。
もう一張のほう、母が触らないほうである。弦は、張られていなかった。
――和平元年(一五〇年)、扶風。
麻が、来いと言った。
麻は郡の外れの家の子で、皇甫嵩より二つ下だった。父親が羌の女を娶っている。そのせいで、郡の子らは麻をどちらの側にも入れなかった。皇甫嵩は、入れないということをしなかったので、麻はよく家の前まで来た。
羌といっても、郡の外の羌ではない。何十年も前に内へ入れられて、そのまま住みついた者たちである。扶風にも、歩いて行ける距離にいる。
連れていかれたのは、歩いて半日の集落だった。
家の形が違った。土を積んで壁にするのは同じだが、屋根の掛け方が違う。こちらは梁を渡して平らにする。あちらは中央を高くして、外へ流していた。雨の少ない土地で、なぜそうするのかは分からなかった。
火の焚き方も違った。
こちらはかまどを土間に据えて、上に鍋を置く。あちらは地面を浅く掘って、石を並べ、その中で焚いていた。煙が低いところを這って、戸口から出ていく。
匂いが違った。
何の匂いかは分からない。獣の脂ではない。乳のような、草のような、少し酸い匂いが、家じゅうに染みていた。
老人が一人、戸口に座っていた。麻がその前に膝をついて、何か言った。
羌の言葉だった。
老人が笑った。奥から出てきた女も笑った。三人か四人が、同じところで笑った。
皇甫嵩には、一言も分からなかった。
「なんと言ったのだ」
訊いた。麻は立ち上がって、履の土を落とした。
「べつに」
「笑っていたではないか」
「笑うような話だからです」
麻は、それを訳さなかった。
帰り道は、陽が落ちるのが早かった。麻は先を歩いて、時々振り返って、歩く速さを合わせた。
お前は漢人か、と訊こうとして、やめた。
訊けば、麻は答えるだろう。答えたあとで、この道をまた二人で歩くことになる。
やめたあとで、別のことが気になった。
麻は、どちらの言葉で数を数えるのだろう。
――元嘉二年(一五二年)、扶風。
郡の役所で、粟の割り当てを数える手伝いをした。
数えで十六になっていた。郡は人手が足りず、字の書ける子を使う。叔父の塾から何人か出ていて、皇甫嵩もその一人だった。
帳面は二つあった。
一つは詔の帳面である。都から下りた詔を、来た順に綴じてある。どの県へ何をいくら回せと書いてある。字は整っていた。
もう一つは粟の帳面だった。郡の蔵に実際にいくら入り、いくら出たかを書く。こちらは字が揃っていない。書いた者が何人もいるからである。
二つを突き合わせるのが、その日の仕事だった。
詔のほうには、数が並んでいた。
粟のほうには、並んでいなかった。
朝からやって、昼を過ぎても、合う欄が出てこない。詔に書いてある分が蔵に無い、というのではなかった。蔵にあるものが、詔に書いてある名目と結びつかないのである。去年の名目で入ったものが、今年の名目で出ていく。その間のどこかで、数が細くなる。
「こういうものですか」
吏に訊いた。眉の上に、古い傷の線が一本ある男だった。十年あまり前に、写しを取りに家へ来た男である。向こうは覚えていないようだった。
「こういうものだ」
「詔は来ているのに」
「詔は来る」
吏はそう言って、筆を置いた。
「詔は、書けば来る。粟は、運ばねば来ない。運ぶのは人だ」
夕方になって、皇甫嵩は一つの県の分を割ってみた。
割り当てを戸の数で割り、一戸あたりの量を出し、それを一日に食う量で割って、何日分になるかまで持っていった。
指が止まった。
数が小さすぎて、割り切るところまで行かなかったのではない。割り切れたのである。割り切れた数が、思っていたより小さかった。
帳面を閉じて、役所を出た。
叔父の塾の前を通ると、門に馬がつないであった。
郡の馬ではない。鞍の形が違う。郡の外から来た馬だった。
第一章 朝那 ――完。




