第4話:八十余日
囲みは、解けない。
陳倉も、落ちない。
こちらは動かない。動かないことを命じている。
朝に道の見回り。昼に武具の手入れ。夕に水。四度目である。
長社で出し、広宗で出し、長安で出し、ここで出した。
兵が、飽きはじめた。
飽きるというのは、命令をきかなくなることではない。きくが、速さが落ちる。落ちたぶんを、誰も咎めない。咎めないので、もう一段落ちる。
皇甫嵩は、見回りの経路を、五日ごとに変えることにした。
同じ道を歩かせると、道を覚える。覚えると、見なくなる。
冬になった。
扶風の冬は、風が乾いている。陣の地面が、白く粉を吹く。
陳倉のほうからは、毎日、同じ報せが来た。まだ持っている、という報せである。
持っているというだけで、中がどうなっているかは分からない。糧がどれだけ残っているかも、書いてこない。書けば、途中で誰かに読まれるからである。
董卓の陣は、右後ろにある。
動いていない。
こちらが動かないので、向こうも動けない。督されている側だからである。
兵が飽きているのは、あちらも同じだろうと思った。
将が飽きているかどうかは、分からない。
だが、こちらの将が飽きていないかどうかを、兵が見ていることは分かる。飽きた顔をすれば、その日のうちに陣ぜんたいに伝わる。
だから、毎日、同じ時刻に陣を回った。
年が明けた。
年が明けた。囲みも、こちらも、動いていない。
――中平六年(一八九年)春、陳倉。
日を、木札に刻ませていた。
一日に一つ、縦に刻む。五つで一まとめにして、六つめは横に渡す。そうすると、束で数えられる。
囲みが始まった日から数えている。
札は、手のひらより少し長いものを使った。刻む幅を決めてあるので、一枚に入る数も決まっている。
春になった。
札の表が、埋まった。
刻んだ者が、どうしましょうかと訊きに来た。新しい札に移るか、この札を続けるかである。
「裏に刻んでください」
「裏に」
「同じ札のほうが、束が増えません」
裏に刻みはじめて、数日した。
陳倉のほうから、報せが来た。
囲みが、緩んでいる、という。
翌日、もう一度来た。退きはじめている、という。
皇甫嵩は、札を持ってこさせた。
表と裏を合わせて、数えさせた。
八十余日である。
その数を聞いて、しばらく札を見ていた。
八十余日、陳倉は落ちなかった。落ちなかったので、囲んでいる側が疲れた。
こちらは、何もしていない。
何もしていないというのは、正確ではない。毎日、見回りの経路を変え、武具を手入れさせ、水を汲ませ、陣を回った。それを八十余日やった。
やったことは、記録に残らない。
残るのは、囲みが解けたという事実だけである。
刻む場所がなくなったので、裏に刻みはじめた。
追う、と言った。
諸将を集めて、これから出ると言った。
董卓が、進み出た。
「なりません」
前のときより、声が低い。
「兵法に、窮した寇は追うな、帰る衆には迫るな、とございます」
諸将が、こちらを見た。
「困った獣は、なお闘います。蜂やさそりにも、毒がございます。まして、大衆においては」
皇甫嵩は、それを最後まで聞いた。
兵法を引いてきた。
五年前の夏、広宗へ行く前に、自分は田単を引いている。軍吏の一人が、田単を知らなかった。
この男は、知っている。知っていて、正しいところを引いてきた。
答えた。
「そうではありません」
董卓が、顔を上げた。
「前に撃たなかったのは、その鋭を避けたからです」
一つ置いた。
「いま撃つのは、その衰えを待ったからです」
諸将の何人かが、顔を見合わせた。八十余日、待っていた意味が、そこでつながったのだろう。
「撃つのは、疲れた軍です。帰る衆ではありません」
最後に、一つ足した。
「整をもって乱を撃つのです。窮した寇ではありません」
言い終わった。
董卓は、黙った。
礼をして、下がった。下がるときに、懐に手をやらなかった。
兵法を引いたのは、今度は董卓のほうだった。
董卓を、後拒に置いた。
後拒は、後ろを受け持つ役である。追う軍の、いちばん後ろについて、追い越されないように押さえる。
戦わない役である。
置く理由は、ある。追う側が伸びたときに、後ろから来られると崩れる。だから後ろを固める。固める役は要る。
要るが、功は立たない。
皇甫嵩は、そう割り振った。
自分が、前へ出た。
連戦した。
退いている軍を追うのは、囲みを破るのとは違う。向こうは陣を組み直す暇が無い。組み直す前に当たれば、そのたびに削れる。
削れた分が、こちらの数になる。
首は、万余に上った。
数えた。
一つずつでは終わらない。四度目である。長社では布で数え、広宗では区画で割り、下曲陽では吏が八人で数えた。
今度は、隊ごとに割り振った。
隊が自分の受け持ちの分を数えて、紙に書いて出す。こちらは、出てきた紙を足す。
足した数が、万余だった。
王国は、走って逃げて、そのあと死んだ。
誰が殺したのかは、こちらの報せには入らなかった。追われた側が、追われているあいだに、自分の側の者に殺されることがある。担いだ者を、担いだ者が始末する。
戦が終わって、陣を回った。
右後ろを見た。
後拒の陣は、一度も動かなかった。
董卓の陣の者は、二度とも、その場にいた。
一度目は、軍が西へ出たあとである。将軍が、速やかに救えと言った。上の将軍が、そうではない、と言った。長く言った。
二度目は、囲みが解けたあとである。将軍が、追うなと言った。兵法を引いた。上の将軍が、そうではない、と言った。また長く言った。
どちらも、諸将が全部いる場だった。
陣の者が覚えているのは、そのあとのことである。
一度目のあと、将軍は陣へ戻って、木札に何か書いていた。書き終わると、それを懐へ入れた。誰にも見せない。
その日、将軍は誰とも口をきかなかった。
夕方まできかなかった。
二度目のあとは、木札を出さなかった。
戻ってきて、座って、そのまま座っていた。
陣の者は、声をかけなかった。かけられる空気ではない。
そのまま、日が落ちた。
落ちても、座っていた。
次の日、後拒に置かれた。
後拒の陣で、将軍は前のほうを見ていた。前では、上の将軍が追っている。首が万余になったという報せが、後ろまで届いてきた。
将軍は、それを聞いて、前のほうを見たままでいた。
陣の者が覚えているのは、二度とも、そのあとがどれだけ長かったかである。言われた中身は、覚えていない。長いか短いかだけを、覚えている。
戦が終わって、しばらくした。
洛陽から、使いが来た。
将軍あてである。詔だという。
陣の者は、中身を知らない。
洛陽から、董卓あての詔が下ったという。中身は、まだ知らない。
第十章 陳倉 ――完。




