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三国志正史 ―皇甫嵩伝―  作者: ソリトん
第十章 陳倉(ちんそう)

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第4話:八十余日

 囲みは、解けない。

 陳倉も、落ちない。

 こちらは動かない。動かないことを命じている。

 朝に道の見回り。昼に武具の手入れ。夕に水。四度目である。

 長社で出し、広宗で出し、長安で出し、ここで出した。

 兵が、飽きはじめた。

 飽きるというのは、命令をきかなくなることではない。きくが、速さが落ちる。落ちたぶんを、誰も咎めない。咎めないので、もう一段落ちる。

 皇甫嵩は、見回りの経路を、五日ごとに変えることにした。

 同じ道を歩かせると、道を覚える。覚えると、見なくなる。

 冬になった。

 扶風の冬は、風が乾いている。陣の地面が、白く粉を吹く。

 陳倉のほうからは、毎日、同じ報せが来た。まだ持っている、という報せである。

 持っているというだけで、中がどうなっているかは分からない。糧がどれだけ残っているかも、書いてこない。書けば、途中で誰かに読まれるからである。

 董卓の陣は、右後ろにある。

 動いていない。

 こちらが動かないので、向こうも動けない。督されている側だからである。

 兵が飽きているのは、あちらも同じだろうと思った。

 将が飽きているかどうかは、分からない。

 だが、こちらの将が飽きていないかどうかを、兵が見ていることは分かる。飽きた顔をすれば、その日のうちに陣ぜんたいに伝わる。

 だから、毎日、同じ時刻に陣を回った。

 年が明けた。


 年が明けた。囲みも、こちらも、動いていない。




 ――中平六年(一八九年)春、陳倉。


 日を、木札に刻ませていた。

 一日に一つ、縦に刻む。五つで一まとめにして、六つめは横に渡す。そうすると、束で数えられる。

 囲みが始まった日から数えている。

 札は、手のひらより少し長いものを使った。刻む幅を決めてあるので、一枚に入る数も決まっている。

 春になった。

 札の表が、埋まった。

 刻んだ者が、どうしましょうかと訊きに来た。新しい札に移るか、この札を続けるかである。


「裏に刻んでください」

「裏に」

「同じ札のほうが、束が増えません」


 裏に刻みはじめて、数日した。

 陳倉のほうから、報せが来た。

 囲みが、緩んでいる、という。

 翌日、もう一度来た。退きはじめている、という。

 皇甫嵩は、札を持ってこさせた。

 表と裏を合わせて、数えさせた。

 八十余日である。

 その数を聞いて、しばらく札を見ていた。

 八十余日、陳倉は落ちなかった。落ちなかったので、囲んでいる側が疲れた。

 こちらは、何もしていない。

 何もしていないというのは、正確ではない。毎日、見回りの経路を変え、武具を手入れさせ、水を汲ませ、陣を回った。それを八十余日やった。

 やったことは、記録に残らない。

 残るのは、囲みが解けたという事実だけである。


 刻む場所がなくなったので、裏に刻みはじめた。




 追う、と言った。

 諸将を集めて、これから出ると言った。

 董卓が、進み出た。


「なりません」


 前のときより、声が低い。


「兵法に、窮した寇は追うな、帰る衆には迫るな、とございます」


 諸将が、こちらを見た。


「困った獣は、なお闘います。蜂やさそりにも、毒がございます。まして、大衆においては」


 皇甫嵩は、それを最後まで聞いた。

 兵法を引いてきた。

 五年前の夏、広宗へ行く前に、自分は田単を引いている。軍吏の一人が、田単を知らなかった。

 この男は、知っている。知っていて、正しいところを引いてきた。

 答えた。


「そうではありません」


 董卓が、顔を上げた。


「前に撃たなかったのは、その鋭を避けたからです」


 一つ置いた。


「いま撃つのは、その衰えを待ったからです」


 諸将の何人かが、顔を見合わせた。八十余日、待っていた意味が、そこでつながったのだろう。


「撃つのは、疲れた軍です。帰る衆ではありません」


 最後に、一つ足した。


「整をもって乱を撃つのです。窮した寇ではありません」


 言い終わった。

 董卓は、黙った。

 礼をして、下がった。下がるときに、懐に手をやらなかった。


 兵法を引いたのは、今度は董卓のほうだった。




 董卓を、後拒(こうきょ)に置いた。

 後拒は、後ろを受け持つ役である。追う軍の、いちばん後ろについて、追い越されないように押さえる。

 戦わない役である。

 置く理由は、ある。追う側が伸びたときに、後ろから来られると崩れる。だから後ろを固める。固める役は要る。

 要るが、功は立たない。

 皇甫嵩は、そう割り振った。

 自分が、前へ出た。

 連戦した。

 退いている軍を追うのは、囲みを破るのとは違う。向こうは陣を組み直す暇が無い。組み直す前に当たれば、そのたびに削れる。

 削れた分が、こちらの数になる。

 首は、万余に上った。

 数えた。

 一つずつでは終わらない。四度目である。長社では布で数え、広宗では区画で割り、下曲陽では吏が八人で数えた。

 今度は、隊ごとに割り振った。

 隊が自分の受け持ちの分を数えて、紙に書いて出す。こちらは、出てきた紙を足す。

 足した数が、万余だった。

 王国は、走って逃げて、そのあと死んだ。

 誰が殺したのかは、こちらの報せには入らなかった。追われた側が、追われているあいだに、自分の側の者に殺されることがある。担いだ者を、担いだ者が始末する。

 戦が終わって、陣を回った。

 右後ろを見た。


 後拒の陣は、一度も動かなかった。




 董卓の陣の者は、二度とも、その場にいた。

 一度目は、軍が西へ出たあとである。将軍が、速やかに救えと言った。上の将軍が、そうではない、と言った。長く言った。

 二度目は、囲みが解けたあとである。将軍が、追うなと言った。兵法を引いた。上の将軍が、そうではない、と言った。また長く言った。

 どちらも、諸将が全部いる場だった。

 陣の者が覚えているのは、そのあとのことである。

 一度目のあと、将軍は陣へ戻って、木札に何か書いていた。書き終わると、それを懐へ入れた。誰にも見せない。

 その日、将軍は誰とも口をきかなかった。

 夕方まできかなかった。

 二度目のあとは、木札を出さなかった。

 戻ってきて、座って、そのまま座っていた。

 陣の者は、声をかけなかった。かけられる空気ではない。

 そのまま、日が落ちた。

 落ちても、座っていた。

 次の日、後拒に置かれた。

 後拒の陣で、将軍は前のほうを見ていた。前では、上の将軍が追っている。首が万余になったという報せが、後ろまで届いてきた。

 将軍は、それを聞いて、前のほうを見たままでいた。

 陣の者が覚えているのは、二度とも、そのあとがどれだけ長かったかである。言われた中身は、覚えていない。長いか短いかだけを、覚えている。

 戦が終わって、しばらくした。

 洛陽から、使いが来た。

 将軍あてである。詔だという。

 陣の者は、中身を知らない。


 洛陽から、董卓あての詔が下ったという。中身は、まだ知らない。



第十章 陳倉 ――完。


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