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三国志正史 ―皇甫嵩伝―  作者: ソリトん
第十章 陳倉(ちんそう)

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第3話:復す

 ――中平四年(一八七年)、槐里。


 二つの報せが、続けて来た。

 一つめが、冀城のことである。

 傅燮が死んだ。城を出て、戦って、死んだ。

 二つめが、閻忠(えんちゅう)のことだった。

 涼州の叛徒が、この男を劫(おびや)かして、諸部を督統させようとしたという。劫かす、というのは、担ぎ上げることである。逃げられないようにしたうえで、上に置く。

 閻忠は、それを恥じた。

 恥じて、憂え憤って、病を発して、死んだ。

 皇甫嵩は、二つめの報せを、二度読んだ。

 三年前の冬である。

 冀州の治所まで来て、一晩かけて説いた。時と機を説き、功と徳を説き、韓信を出した。朝方に、挨拶もせずに帰っていった。

 あの男は、取れ、と言った。

 言った男が、取らされた。

 自分で取るのと、取らされるのとは、違う。閻忠が説いたのは、自分で取る話だった。時があり、機があり、そこへ自分から踏み出すという話である。

 担がれるのは、その逆である。

 時も機も関わらない。誰かが決めて、上に置かれる。置かれた者は、降りられない。

 恥じた、と報せは書いている。

 何を恥じたのかは、書いていない。担がれたことを恥じたのか、担がれるような者だと思われたことを恥じたのか、あるいは、三年前に自分が説いたことを思い出して恥じたのかは、分からない。

 皇甫嵩は、報せを置いた。

 置いて、しばらくしてから、もう一度取った。


 あの男は、取らされたとき、何を思ったのか。




 ――中平五年(一八八年)、槐里。


 詔が来た。

 左将軍(さしょうぐん)に復す、とある。

 涼州の賊の王国(おうこく)という者が、陳倉(ちんそう)を囲んでいる。陳倉は扶風の西の端にある城で、ここからだと、そう遠くない。

 三年ぶりである。

 一八五年の七月に印綬を収められて、いまが一八八年の暮れである。そのあいだ、官は無かった。

 箱が届いた。

 皇甫嵩は、それを机に置いて、しばらく見ていた。

 同じ形である。

 三年前に返したものと、大きさも、木の目も、蓋の合わせ方も同じだった。作りが決まっているからである。

 開けた。

 印と、組紐が入っている。

 綬の色が、違った。

 前のは紫だった。今度のは、紫ではない。位が一つ下がっているので、色も下がる。

 皇甫嵩は、色の違いを、しばらく見ていた。

 位が下がったことは、詔の文面で分かる。左車騎将軍が左将軍になる。字が一つ減っている。

 だが、字はどちらも同じ墨である。

 色は、違う。

 受け取る作法を、吏に確かめさせた。

 三年前に返すときは、返す作法が書式に無かった。受け取るときの作法は、書いてある。書いてあるとおりにした。


 箱は同じ形だが、中の綬の色が違う。




 董卓(とうたく)と並ぶことになった。

 前将軍の董卓を督せよ、と詔にある。督する、というのは、上に立って指図することである。

 兵は、各々二万。

 皇甫嵩が二万を率い、董卓が二万を率い、合わせて四万になる。

 左将軍が上で、前将軍が下である。

 四年前、広宗の手前で、この男が使っていた陣に入ったことがある。塁が残り、塹(ほり)が残り、雲梯(うんてい)の足の跡が残っていた。天幕の中は片づいていた。

 会うのは、はじめてである。

 合流したのは、扶風の西である。

 董卓は、馬を降りて、歩いてきた。

 背が低くはない。厚い。年は、自分より下だろう。顔のかたちが西のものである。涼州の、隴西(ろうせい)のあたりの顔だと、あとで聞いた。

 礼をした。

 こちらも返した。

 名乗りは、向こうが先である。下の者が先に名乗る。


「前将軍、董卓」

「左将軍、皇甫嵩」


 それだけだった。

 陣の置き方を決めた。二万と二万を、どう並べるかである。

 横に並べると、指図が二つになる。前後に置くと、後ろが遊ぶ。

 斜めに置いた。こちらが前で、向こうが右後ろに下がる形にする。こうすると、動くときにこちらが先に出て、向こうが追う形になる。

 董卓は、それを聞いて、頷いた。

 異存があるかと訊いた。無い、と答えた。それだけである。

 陣を離れるとき、董卓の側の者が、こちらの兵の数を数えているのが見えた。

 隠していない。堂々と数えている。数えて、帳面に書いている。

 こちらも、数えさせた。


 董卓は、最初に会ったとき、名のほかに二字しか言わなかった。




 西へ向かう途中で、董卓が言いに来た。

 諸将のいる場である。

 陳倉が、まだ見えない位置だった。


「智者は時に後れず、勇者は決を留めず、と申します」


 董卓は、そこで一度切った。


「速やかに救えば、城は全うされます。救わなければ、城は滅びます。全きと滅びるの分かれ目は、ここにございます」


 筋は通っている。

 急げば間に合う。遅れれば間に合わない。そのとおりである。

 皇甫嵩は、答えた。


「そうではありません」


 董卓が、顔を上げた。


「百戦して百勝するのは、戦わずして人の兵を屈するには及びません」


 諸将が、こちらを見た。


「勝てないようにしておくのは、我にあります。勝てるかどうかは、相手にあります」


 そこから、陳倉の話にした。


「陳倉は小さい。だが、城守は固く備えてあります。絶体絶命の地ではありません」


 董卓は、黙っている。


「王国は強い。だが、我らが救わないところを攻めています。必勝の形ではありません」


 言い終わった。

 だから、行かない。行かずに待つ。陳倉が落ちないのであれば、囲んでいる側のほうが先に疲れる。

 董卓は、返さなかった。

 礼をして、下がった。

 下がるときに、懐から何かを出しているのが見えた。

 木札である。

 諸将が散ったあと、董卓は陣の端に立って、その木札に何かを書いていた。


 董卓は、退けられた見立てを、その場で書き留めていた。


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