↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三国志正史 ―皇甫嵩伝―  作者: ソリトん
第九章 五千万

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
32/36

第3話:鄴(ぎょう)の屋敷

 ――中平二年(一八五年)七月、長安。


 思い出したのは、屋敷のことだった。

 去年、広宗へ向かう道で、鄴(ぎょう)を通った。冀州の魏郡(ぎぐん)の治所である。

 城の中を抜けるとき、大きな屋敷があった。

 馬を止めた。

 間口が、長い。塀が続いていて、途中に門が三つある。門のあいだに、また塀がある。

 数えた。

 一つの家に許される間口の数は、決まっている。身分によって変わるが、上限はある。その屋敷は、上限を越えていた。越えているというより、二軒分あった。

 誰の家かを、地の者に訊いた。

 中常侍の趙忠の家だという。

 皇甫嵩は、そのまま行った。

 行って、広宗で戦い、下曲陽で戦い、冬に冀州の治所へ入った。

 それから、奏した。

 制を越えているので、没入させてください、と書いた。書いたのは間口の数と、定めの数と、その差である。それだけを書いた。

 没入は、行われた。

 行われたという報せが、春に来た。

 いま、長安にいる。

 長安には、大きな屋敷が多い。古い都だからである。その一つ一つの間口を数えるようなことは、していない。

 だが、鄴のあれは、まだ数えられる。


 あの間口の数を、いまでも覚えている。




 使いが来た。

 中常侍の張讓(ちょうじょう)の使いだという。帝の身の回りにいて、詔を取り次ぐ役である。

 取り次がせず、自分で会った。

 三十ほどの男で、身なりが整っている。長旅をしてきた者の顔ではない。どこかで支度を整えてから来ている。

 座って、挨拶をした。挨拶は長かった。将軍の功を述べ、園陵の守りを述べ、長安の暑さを述べた。

 手土産は、置かなかった。

 置かないまま、用件を言った。


「銭を、五千万ほど」


 皇甫嵩は、数を聞いた。


「五千万」

「はい」

「何に使われます」

「そこまでは、承っておりません」


 使いは、それきり黙った。

 急がない。押さない。返事を待つ顔で、座っている。

 皇甫嵩は、五千万という数を、頭の中で置き換えた。

 銭は、重い。

 一枚が、三銖(しゅ)から四銖ほどである。千枚を一貫として、縄で通す。一貫で、およそ七斤。

 五千万なら、五万貫である。

 一台の車に、何貫積めるか。牛車で、二十貫か三十貫。三十で割れば、千六百台を越える。

 千六百台は、去年、広宗で焼いた車の、二十分の一ほどになる。

 あれは三万余両だった。原に並べて、六日かけて焼いた。

 その二十分の一が、列になって都へ向かう。

 使いは、まだ待っている。


 五千万が、車で何台になるのかを、考えている。




 皇甫嵩は、答えた。


「出せません」


 使いは、頷いた。怒らなかった。


「さようでございますか」

「はい」

「理由を、お伺いしてもよろしいでしょうか」

「申し上げることはありません」


 理由を言えば、それは理由になる。理由になれば、反論ができる。反論に答えれば、次がある。

 言わないことにした。

 使いは、もう一度頷いた。


「承りました」


 それだけである。

 膝を立てて、立ち上がり、礼をした。礼は丁寧だった。来たときと同じ丁寧さである。

 戸のところで、一度止まった。


「長安は、暑うございますね」

「暑いです」

「お体を、おいといください」


 出ていった。

 足音が、廊下を行って、階を下りて、消えた。

 皇甫嵩は、座ったままでいた。

 怒る使いなら、まだ分かる。怒れば、そこで終わる。終わったことは、数えられる。

 この男は、怒らなかった。

 怒らずに帰ったということは、持ち帰る報告が、怒った場合と違うということである。断られました、とだけ書く。断られました、という事実だけが、都へ運ばれていく。

 断られました、には、理由が付かない。

 付かない理由は、あとから誰かが付ける。


 使いは怒らなかった。怒らないことのほうが、怖い。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。