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三国志正史 ―皇甫嵩伝―  作者: ソリトん
第七章 京観(けいかん)

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第3話:鶏鳴

 その夜、兵を集めた。

 声を出させない。灯を持たせない。隊ごとに、置く場所だけを決めて、そこへ動かした。動くのは一隊ずつで、次の隊は前の隊が着くまで動かない。

 鶏鳴(けいめい)に出た。

 夜明け前の、いちばん暗い時刻である。鶏が鳴くころだからそう呼ぶ。

 寒かった。

 八月の終わりだが、河北の夜明け前は、息が白い。馬の首から湯気が上がっていた。

 馳せた。

 陣に当たったとき、向こうはまだ火の前にいた。持ち場に戻る途中の者が、道の上で当たった。

 そこから先は、長かった。

 日が昇った。

 昇っても終わらない。張梁の衆は、崩れても固まる。固まったところをまた崩す。崩してまた固まる。それが、日が高くなっても続いた。

 昼を過ぎた。

 皇甫嵩は、馬を替えた。替えるあいだも、水は飲まなかった。飲むと、そのあいだ手が止まる。手が止まると、周りが止まる。

 午後、崩れ方が変わった。

 固まらなくなった。

 張梁が斬られたという声が、こちらの側から上がった。上がってから、向こうの動きが一度に変わった。

 餔時(ほじ)になった。

 日が傾いて、影が長くなる時刻である。

 斬った首は、三万に上った。

 皇甫嵩は、馬を降りた。

 降りて、地面に立つと、脚が思うように動かない。朝からずっと鐙(あぶみ)にかけていたからである。

 兵が、瓢(ひさご)を差し出した。


 日が傾いてから、はじめて水を飲んだ。




 崩れた者たちは、東へ走った。

 東に、川がある。

 走った先が川だったのは、選んだからではない。西と南と北には、こちらの兵がいた。残っていたのが東だけだった。

 川は、広い。

 渡れる場所は限られている。限られた場所に、人が集まった。集まったところへ、後ろから人が来た。

 皇甫嵩は、岸まで行かなかった。

 行かなくても分かる。岸のほうから上がってくる音が、途中で変わった。人の声が水の音に変わり、水の音がしばらく続いて、それから減っていった。

 翌朝、岸へ出た。

 流れてくるものがある。

 布。

 板。

 人。

 流れの速いところは、通り過ぎていく。よどんでいるところには、溜まる。溜まったところは、水の色が変わっていた。

 五万ほどだろう、と吏が言った。

 どう出したのかを訊くと、渡ろうとして集まった場所の広さと、そこに立てる人数を掛けたのだという。

 皇甫嵩は、その数を帳面に書かせた。

 それから、川の水を汲むのを止めさせた。

 炊事も、馬も、洗いものも、川から汲まない。井戸を使う。井戸は足りないので、隊ごとに時刻を割り振った。

 軍吏が訊いた。


「いつまででございますか」

「決めていません」

「目安を、兵に言わねばなりませんが」

「言わないでください」


 言えば、その日まで待つ。待って、その日が来たら汲む。

 汲めるかどうかは、川が決めることだった。


 川から水を汲むのを止めた。いつまで止めるかは、決めていない。




 車が残った。

 黄巾の陣の後ろに、車が並んでいる。荷を積んだまま、置いてある。

 数えさせた。

 三万余両だった。

 中を見た。

 家財である。鍋。臼。機織りの台の脚。布の束。壊れた鋤。子どもの履。一つの車に、一つの家の中身が入っていた。

 運んできたのだと分かった。

 来るときに、家から持ってきている。持ってきたということは、帰る先が無いということである。

 焼くことにした。

 残せば、また集まる。集まる場所を作らないというのが、この始末の理由だった。

 何日かかるかを出させた。

 一度に焼けるのは、五十両ほどである。近くで焼くと隣に移るので、離して置かなければならない。離して置く場所と、運ぶ手と、風の向きで決まる。

 六日、と出た。

 六日のあいだ、煙が上がり続けることになる。

 そして、車のあいだに、人がいた。

 女と、子である。

 斬られていない。逃げてもいない。車の陰に座って、兵が来るのを見ていた。

 数えさせた。

 数えきれなかった。数えきれないというのは、動くからである。座っている者と、歩いている者と、抱かれている者が混ざっていて、同じ者を二度数えてしまう。

 区画を決めて、区画ごとに移してから数えた。

 甚だ多い、と紙には書いた。

 どこへやるかを、決めなければならない。

 皇甫嵩は、軍吏を集めた。

 家へ帰せ、と言う者がいた。帰る家が無いから車を引いてきたのだ、と別の者が言った。

 郡へ渡せ、と言う者がいた。郡の戸に入れるのかと訊くと、答えがなかった。戸に入れば民である。入らなければ何でもない。

 連れて行くのか、置いていくのか。

 置いていけば、冬である。

 決めた。

 県ごとに割り振り、県の倉から粟を出させる。名は、書かせる。書かせた名は、郡の帳面とは別の束にして残す。

 紙の上で、その束に何と表題を付けるかを、吏が訊いた。

 皇甫嵩は、答えるまでに間があった。


 この者たちは、何と呼べばいいのか。




 張角は、すでに死んでいた。

 広宗の城に入ったとき、病で死んで葬られていると聞いた。いつ死んだかを訊くと、月が合わない。訊く相手によって、ひと月ずれた。

 詔ではなく、これは慣いである。

 乱の頭は、死んでいても首を都へ送る。送らなければ、死んだことにならない。

 棺を暴くことになった。

 誰にやらせるかで、吏が揉めた。

 一人が、罪人にやらせればよいと言った。もう一人が、罪人の手でやったものは検めが立たないと言った。三人目が、自分の隊から出すと言い、そう言ってから黙った。

 揉めているあいだ、皇甫嵩は聞いていた。

 揉めているのは、誰がやるかではない。やった者が、あとで何と言われるかだった。

 名を書く帳面を作らせた。

 やった者の名を書き、その横に、命じた者の名を書く欄を作る。命じた者の欄に、皇甫嵩の名を入れさせた。

 それで、決まった。

 掘った。

 葬られてから日が浅く、土がまだ締まっていない。

 首を落とした。

 箱を用意させた。塩を詰める。夏の終わりで、都までは日がかかる。

 箱に、宛名を書く。

 書くのは吏の役である。吏が筆を構えて、訊いた。


「宛は、いかがいたしましょう」

「洛陽(らくよう)へ。あとは書式のとおりに」

「中身は、何と」


 皇甫嵩は、箱を見た。

 張角、と書けばよい。この男の名である。だが名だけでは、中に何が入っているかは書いたことにならない。


「首級、と」


 吏は、そう書いた。


 首を入れた箱に、宛名を書く。


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