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三国志正史 ―皇甫嵩伝―  作者: ソリトん
第七章 京観(けいかん)

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第2話:檻車(かんしゃ)

 報せが来た。

 北中郎将の盧植(ろしょく)が、檻車(かんしゃ)で都へ送られたという。囚人を運ぶ、格子のついた車である。

 皇甫嵩は、盧植に会ったことがない。

 名は知っていた。この春、軍を三つに分けたときに、北へ行った一人である。北中郎将として冀州へ向かい、張角(ちょうかく)に当たった。

 報せを、はじめから読んだ。

 盧植は、連戦して張角を破っていた。斬った首は、万余に上る。張角は広宗(こうそう)に籠った。

 盧植は、城の周りに塁を築いた。

 塹(ほり)を掘った。

 雲梯(うんてい)を造った。城壁に掛ける、高い梯子である。

 あと一歩だった、と報せには書いてある。

 そこへ、帝が小黄門(しょうこうもん)の左豊(さほう)を遣わした。宮中の宦官の役で、軍を見て帰り、そのまま報告する。

 周りの者が、盧植に勧めた。

 贈ってはどうか、と。

 盧植は、肯んじなかった。

 左豊は帰って、言った。報せは、その言葉をそのまま写していた。


「広宗の賊は破りやすいのに、盧中郎は塁を固くして休んでおります。天の誅を待っているのでしょう」


 帝は怒った。

 檻車が出て、盧植は乗せられ、死一等を減じられた。

 皇甫嵩は、紙を置いた。

 万余を斬った男が、休んでいると書かれている。

 休んでいなかったことは、塁と塹と雲梯が証している。だがそれを見たのは、見に行った者だけである。見に行った者が、そう書いた。


 贈らなかった者が、休んでいると書かれた。




 次の報せは、短かった。

 東中郎将(とうちゅうろうしょう)の董卓(とうたく)が、盧植に代わって下曲陽へ進み、軍が敗れて罪に問われた。それだけである。

 どう敗れたかは、書いていない。

 そして詔が来た。皇甫嵩に、冀州へ進めという。

 東郡から北へ上がった。

 道が乾いている。潁川の道は、雨のあとに滑った。ここは、踏むと粉が立つ。

 広宗の手前に、前の軍の陣があった。

 二度使われている。盧植が築き、董卓が引き継ぎ、そして空いた。

 皇甫嵩は、そこへ入った。

 塁は、残っていた。土が固い。手で押しても崩れない。築いてから日が経ち、雨を二度ほど受けて、締まっている。

 塹も残っていた。底に水がたまり、その上に草が生えかけている。

 雲梯は、無かった。

 梯子を置いた跡だけがある。四つの足の窪みが、まだ形を保っていた。運び出したのか、壊したのか、焼いたのかは分からない。

 皇甫嵩は、何を残し、何を捨てるかを決めた。

 塁は使う。塹は掘り直す。陣屋の配置は、変える。

 天幕に入った。

 中は片づいていた。物は何も残っていない。床に敷いた莚(むしろ)も、上げてある。

 立ったまま、しばらくいた。


 天幕に、まだ誰かの匂いが残っている。




 ――光和七年(一八四年)八月、冀州鉅鹿郡広宗(きしゅうきょろくぐんこうそう)。


 張角の弟の張梁(ちょうりょう)が、広宗を守っていた。

 当たってみて、分かった。

 崩れない。

 こちらが押すと、押した分だけ下がる。下がるが、散らない。下がって、止まって、そこでまた同じ厚さになる。厚さが変わらないというのは、後ろから人が入っているということである。

 三日、当たった。

 三日とも、同じところで止まった。

 精勇だ、と軍吏の一人が言った。皇甫嵩は、その言葉を使わなかった。使うと、そこで考えが止まる。

 考えたのは、向こうの補い方である。

 下がった分を埋める人が、どこから来るか。城の中からなら、城の中の人数には限りがある。限りがあるなら、いつか埋まらなくなる。

 いつか、が問題だった。

 こちらにも限りがある。

 数えることにした。

 朝、陣を出る前に、隊ごとに人数を取る。夕、戻ってから、もう一度取る。

 二つの数の差が、その日に減った数である。

 一日目。朝と夕を突き合わせた。

 二日目も突き合わせた。

 三日目も突き合わせた。

 差は、日ごとに大きくなっていた。押し返される線が、少しずつこちらへ寄っている。寄れば、届く距離が伸びる。伸びれば、また減る。

 皇甫嵩は、帳面を閉じた。

 閉じてから、もう一度開いて、三日分を並べて見た。


 夕に数えたら、朝より減っていた。




 翌日、営を閉じた。

 門を開けない。兵を出さない。太鼓も打たない。

 命じたのは、それだけである。

 休め、とは言わなかった。休めと言うと、兵は休むことを仕事にする。仕事にすると、それを見せようとする。

 することを、決めて与えた。

 朝に武具の手入れ。昼に粥。夕に水。三日前と同じ順である。

 長社でも、同じ命令を出した。

 だが、待っているものが違う。

 長社では、来ないものを待っていた。風は、こちらが何をしても来ない。来る日は決まっていて、決まっているのに分からないというだけだった。

 ここは違う。

 待っているのは、向こうの側にある。こちらが何もしないことが、向こうに届く。届いて、向こうが緩む。緩んだところを見る。

 だから、見ていなければならない。

 皇甫嵩は、塁の上に立った。

 広宗の城と、その手前の陣が見える。陣からは煙が立つ。煮炊きの煙である。

 数えた。

 一日目の朝、煙は四十一だった。

 昼に、三十九。

 夕に、四十四。

 昼が少ないのは、炊く時刻が揃っていないからである。夕が多いのは、一日の終わりに火を入れる者が多いからだった。

 二日目も、同じ時刻に数えた。

 朝、三十八。昼、三十五。夕、四十。

 三日目。

 朝、三十三。

 皇甫嵩は、数えた数を並べて見た。

 減り方が、一日目から二日目より、二日目から三日目のほうが大きい。火を入れる者が減ったのではない。一つの火に集まる者が増えたのだとすれば、それは持ち場を離れているということである。


 賊の陣から立つ煙の数が、昨日より減った。


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