第1話:郡が動く
――永和六年(一四一年)、涼州安定郡朝那。
正月の水は、見ているだけで手が痛くなる。
皇甫嵩は家の前の土手に座って、道の先を見ていた。数えで五つになった年である。道は西へ下って、湫へ行く。郡の者は淵と呼ぶが、書き付けの上では湫と書くのだと聞いていた。朝那の湫は、国が年に一度祀る水である。
この土地は、風と乾いた土でできている。春になっても草は丈が出ず、夏に一度だけ川らしいものが流れて、あとは砂に消える。年じゅう濡れているのは、湫だけだった。
祀りの列が来た。郡の吏が二人、牛を牽いた男がそのあと、竹の籠を提げた者が続いた。籠の中で鶏が鳴いていた。列は家の前を通り、そのまま西へ曲がっていった。土埃が、だいぶ経ってから顔のところまで来た。
家に入ると、母が箱を開けて、中の物を庭の莚に並べていた。冬のあいだ湿らせた紙を、風の出た日に乾かすのだという。並んでいたのは書き付けだった。三枚ある。
「これは何ですか」
「辞令の写しです」
母は一枚ずつ裏返して、向きを揃えた。
「いちばん古いのが、曾祖父の皇甫棱のもの。度遼将軍という官です。北の匈奴との境に置く軍の頭で、都には置かない。次が祖父の皇甫旗。扶風の都尉。これも境を見る役です。いちばん新しいのが、あなたの父上の皇甫節。雁門の太守」
皇甫嵩は三枚を順に見た。紙の色が違う。古いものほど黄色い。
三つとも、遠くの、辺りを守る役だった。三つとも、この家からは見えない場所にある。
「父上は、いつ帰られますか」
「任地が替わるときに、一度は」
母は答えて、莚の向きを直した。西日が当たるようにしたのだと、あとで分かった。
外で、祀りの列の太鼓が鳴りはじめた。湫のほうからである。
母は、外へは出なかった。嫁いでくる前の県の祀りには、毎年出ていたという。
祀りの列に、この家の者は一人もいなかった。
閏月に、駅の者が来た。
馬を降りるなり水を飲み、郡の役所の場所を訊いた。皇甫嵩が指で教えると、その男は礼も言わずに厩のほうへ行き、馬を替えて、四半刻もせずに出ていった。朝那は通り道でしかない。都から涼州の奥へ行く者は、みなここで馬を替えて、そのまま行く。
そのあとで、郡の吏が叔父のところへ来た。
叔父の皇甫規は、庭で竹簡を焼いていた。書き損じを割って、火にくべている。皇甫嵩は門のところに立って、それを見ていた。
「征西将軍が、敗れました」
吏が言った。叔父は手を止めない。
「馬賢どのですか」
「十万を率いて漢陽に屯しておられた。射姑山で囲まれて、二人の子息とともに討たれたと」
叔父は竹簡を一本、火に入れた。
「十万で」
「十万でです」
吏はそこで言葉を切って、しばらく火を見ていた。
「皇甫どの。なぜ、負けたのでしょうか」
叔父は火から目を離さずに答えた。
「兵が多すぎたのでしょう」
「多いのが、なぜ」
「羌は一処に集まりません。集まらない相手を、十万で追うと、十万が散ります。散ったところを、向こうは一つずつ見ています。あの山のあたりは谷が細い。細いところへ大軍を入れると、前と後ろで別の戦になります」
吏は何か言いかけて、やめた。
叔父は、最後まで「言ったとおりだ」とは言わなかった。
火にくべた竹簡の字は、もう読めなくなっていた。
冬十月に、詔が来た。
安定郡を扶風へ、北地郡を馮翊へ移せ、という。役所だけではなかった。民ごと内へ下げよ、と書いてあった。羌の侵しが止まないので、郡そのものを内側へ引くのだという。
十日ほどで、朝那は音の土地になった。
まだ穂の残っていた畑が刈られた。熟していない分も刈った。置いていけば向こうの食い物になるからだと、隣の男が言っていた。刈った穂は積まれ、運べる量だけが袋に入り、残りは焼かれた。
家が壊される音は、壊れる音とは違う。
壊れるときは一度だけ鳴る。壊すときは、何度も鳴る。梁を落とすのに縄をかけて、男が四人がかりで引く。一度引いて、鳴って、また引く。それが東の端から順に来た。
道には、持てない物が置かれていった。
臼が置かれていた。壊れていない臼である。水を張る甕が、伏せて置かれていた。機織りの台が、脚をたたんで道の端に寄せてあった。どれも、壊されてはいなかった。壊す手間をかけるほどのものではなく、運ぶには重すぎるというだけだった。
皇甫嵩は、母に手を引かれて道を歩いた。
母は一度も止まらなかった。置いてある物のほうを見なかった。
「見なくていいのですか」
「見ると、拾いたくなります」
母はそれだけ言った。
家の柱は、まだ立っていた。隣の家は、もう無かった。
扶風へ下げられた安定郡の役所は、借りた建物にあった。郡が一つ、他人の土地に間借りをしている形である。
そこで、叔父の名が出はじめた。
馬賢が出る前に、あの男は都へ書き物を出していたらしい――と、郡の者が言い出したのである。官にも就いていない、布衣のままの男が、征西将軍の用兵は誤りであると書いて、朝廷へ上げていた。書いてあったとおりに敗れた、という。
やがて郡の吏が、家へ写しを取りに来た。
来たのは若い男だった。叔父より十ほど下に見える。庭に立って、上がるようにと言われても上がらず、履の先を揃えて待っていた。
「写しでよいのですか」
「写しが要ります」
「書いた本人は、ここにおりますが」
叔父が言うと、吏は少し困った顔をした。
「人ではなく、紙が要るのです」
叔父は奥へ入って、紙を持って出てきた。吏はそれを両手で受け取り、その場では開かなかった。
皇甫嵩は、土間の柱のところから見ていた。吏の顔をよく覚えた。眉の上に、古い傷の線が一本あった。
吏が帰ったあと、叔父は庭に残って、しばらく空を見ていた。
「叔父上」
「なんだ」
「あの書き物は、都で読まれなかったのですか」
「読まれなかったな」
叔父は答えて、そのまま奥へ入った。
読まれなかった書き物は、そのあと、どこへ行くのだろう。




