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三国志正史 ―皇甫嵩伝―  作者: ソリトん
序章 数える

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第1話:欄(らん)

 ――中平元年(一八四年)十一月、冀州鉅鹿郡下曲陽(きしゅうきょろくぐんかきょくよう)。


 首は、朝から数えていた。

 城の南に運び出して、並べる。並べるのは兵の役で、数えるのは吏の役である。吏は六人いた。一人が一列を受け持ち、端から声に出さずに数えて、数を紙に落とす。

 列は、一列が百である。

 百で区切るのは、そのほうが間違えないからだった。二百を一度に数えると、途中で分からなくなる。百なら、指を折る回数で確かめられる。

 昼までに、二百七十列を数えた。

 昼を過ぎて、運び出される数のほうが、数える速さより早くなった。吏を二人増やした。増やしても追いつかなかった。

 日が傾いてから、数えるのをやめて、列を数えることにした。

 一列が百なのだから、列を数えれば足りる。

 夕方までに、列は千を超えた。

 そのあとは、列も数えられなくなった。並べる場所が無くなり、二重に並べはじめたからである。二重になると、下の段が見えない。

 最後は、運んだ車の数で計算した。

 一台にいくつ載るかを決めて、台数を掛ける。載る数は、載せてみて決めた。

 夜になって、紙に書いた。

 十余万。

 その四字を書いて、吏は筆を置いた。

 書いてから、しばらく紙を見ていた。この数は、数えた数ではない。数えるのをやめたあとに、掛け算で出した数である。だが、書くときに、そう書く欄は無い。

 上の者が来た。


「終わったか」

「書きました」

「見せろ」


 紙を渡した。上の者は、四字のところに指を置いて、少し見ていた。


「それから、もう一つある」

「何でしょうか」

「将軍が何と言われたかも、書いておけ」


 吏は、手を止めた。

 将軍は、昼にこの場所へ来ている。馬を降りて、並んでいる列のあいだを、端から端まで歩いた。歩いて、戻ってきて、また歩いた。

 そのあいだ、誰にも何も言わなかった。

 戻ってきてから、城の南のここに、土を盛って塚を築けと命じた。首を積んで、その上に土をかける。そういう塚を、京観(けいかん)という。勝った側が、負けた側の骸で築く。

 命じるときの言葉は、短かった。築け、というだけだった。

 それ以外は、何も言っていない。


「何も、言われませんでした」

「何か言われたはずだ」

「築け、と」

「それだけか」

「それだけです」


 上の者は、紙を返した。


「欄はある。空けておくわけにはいかん」

「では、何と書けばよろしいですか」

「言われたとおりに書け」


 そう言って、行った。

 吏は、灯を引き寄せた。

 欄は、確かにあった。将軍の言として書く欄が、数の欄の下に一行ある。ここに何かを書けば、それが都へ上がり、記録になる。何十年か経って、誰かがこの紙を読むとしたら、読むのはその一行である。

 十余万という数は、数えていない者にも分かる。

 分からないのは、なぜこの数になったのか、ということだった。

 降らせることもできたはずである。実際、二十三年前に、涼州で十余万を降らせた将がいたと聞いたことがある。この将軍と同じ姓の男だったという。

 なぜ、こちらは斬ったのか。

 将軍は、それを言わなかった。訊かれもしなかった。

 吏は、筆を取った。

 取って、少しのあいだ、持っていた。

 それから、置いた。


 将軍が何と言われたかを書く欄を、空けたまま出した。



序章 数える ――完。


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