08 - 通達
「座ってくれ」
藍原に案内されたのは、図書委員たちが裏で作業を行うための執務室だった。
京介たち新聞部の三人は、勧められた椅子に腰を下ろし、机を挟んで藍原と向き合う。
「単刀直入に言わせてもらう。——新聞部の力を貸してほしい」
藍原のその言葉に、京介たちは思わず顔を見合わせた。
「連中が何をしようとしているのか分からないが、今日のようなことがこれで終わるとは思えない」
言葉の端々には、押し殺された苛立ちが滲んでいる。
「総会の記事は読んだ。生徒会長の新しい方針——それを考えると、今までのように図書館の自治が尊重されるとは限らない」
凛がふと身を乗り出し、藍原に視線を向けた。
「藍原さんとしては、つまり、生徒会を引きずり下ろしたいということ?」
「いや、そんなつもりはない」
凛は藍原の真意を探ろうと、あえて強い言葉を選んだが、藍原は小さく首を振って、あっさりと否定した。
「大事なのは図書館の自治が守られることだ。学園のために、ここにいる生徒たちのために」
京介は凛と遥斗に目配せを送る。応える二人の目にも、迷いはなかった。
「分かった。協力させてもらう」
「それと、今日生徒会がここから持ち去ったファイルだが、どういう目的があったのか調べてみるつもりだ。何か分かったら連絡する」
ガタン、という音を立てて、遥斗が突然立ち上がった。
「なんか、こう、極秘の協力関係って感じで、俺、燃えてきました!」
「座ってなさい!」
凛に頭をはたかれ、遥斗が慌てて椅子に座り直す。
「……すまん、悪気があるわけじゃないんだ」
呆れる京介たちの様子に、藍原の口元がほんのわずかに緩んだ。
「いや、構わん」
*
新年度最初の生徒会中央総会の日。
桜はまさに満開の時期を迎えていた。海風にはまだ冷たさが残る中、京介たち三人は新入生で賑わう校舎の廊下を抜けて、第一会議室へと向かった。
しかし、会議室の前まで来たところで、京介は思わず足を止めた。
重厚な木製の扉。その両脇には、風紀委員の腕章をつけた生徒が二人ずつ、直立不動で立っている。
そして扉の前には、長い黒髪を背中に流し、顎をわずかに上げて腕を組んだ姿があった。
「朱鷺沢委員長?」
凛が眉をひそめ、小声で呟く。
「やけに警備が厳重だな」
「何かあったのかしら」
朱鷺沢の視線が京介たちを捉え、その口元に薄い笑みが浮かぶ。
「ごきげんよう、新聞部の方々」
「ああ。——風紀委員会が警備とは、何かあったのか?」
「申し訳ありませんが、本日の総会への立ち入りは、お断りしております」
「なんだと?」
朱鷺沢が右手を軽くあげると、両脇に控えていた風紀委員二人が一歩前に進み出る。
「今後、生徒会中央総会については、取材を含む部外者の立ち入りを一切禁止とします」
「どういうことだ! 新聞部はこれまでずっと取材を許されてきたはずだ。なぜ急にそんなことを——」
「これまで新聞部が総会に出席してきたのは、ただの慣習に過ぎないのですよ」
京介は言い返せなかった。
確かに、新聞部の取材は規則で定められた権利ではない。『特例』として認められてきただけだ——そのことは京介自身、よく分かっていた。
だが、それで引き下がれる話ではない。
「総会の内容については、生徒会から直接発信されることとなりました。もはや新聞部の皆様のお力添えは不要です」
「事前の通達もなしに、そんな横暴が許されるか!」
「ちょっと、京介、落ち着いて!」
凛が京介の袖を引く。だが、京介は構わず一歩踏み出した。
「朱鷺沢委員長からの通達は以上だ。新聞部、これ以上騒ぐようなら実力行使させてもらうぞ」
風紀委員の一人が踏み出してきて、京介の肩を乱暴に掴んだ。
「ちょっと!やめなさいよ!」
京介を引き戻そうとする凛の前に、もう一人の風紀委員が立ちはだかった。
「ふざけるな! 納得できるか!」
「排除する!」
混乱が増してきたその時、廊下の向こうから、張りのある声が飛んでくる。
「そこまでにしておけ」
声量として大きかったわけではない。だが、その場の全員がぴたりと動きを止めるほどの、芯のある声だった。
短く揃えられた黒髪に、すらりと伸びた長身。制服の上からでも分かるしなやかな体つき。
その声の主は、空手部主将、鷹野千紘だった。
隣には小柄な女子生徒が一人。背丈は凛よりも低いくらいで、後ろで結んだ黒髪が歩くたびに勢いよく揺れている。
「何の用ですか、鷹野千紘。この場は風紀委員が取り仕切っています。空手部の出番はありませんよ」
風紀委員を後ろに下がらせると、朱鷺沢が前に進み出た。先ほどまでの余裕の笑みは口元から消え、不快げな視線が鷹野に向けられる。
「今日の総会は人手が必要とのことでな。空手部に会場警備の依頼が来ている」
「その話は聞いていますが、この場はまだ風紀委員が取り仕切って——」
「いや、もう《《私たちが来た》》。ここからは空手部が引き受ける」
鷹野の揺るぎない一言に、朱鷺沢がわずかに言葉を詰まらせた。
「ひなた、私は会場に入る。あとからもう二、三人来る。よろしく頼むぞ」
「押忍! 部長、お任せを!」
小柄な少女が、びしっと頭を下げた。廊下にびりびりと響くほどの大声だった。
「お、おい、あいつ『ヒグマ』だぞ……」
ギロリ。
その呟きが聞こえたのか、ひなたと呼ばれた少女が風紀委員たちを睨みつける。
「自分の名前は小熊です! 小熊! 今誰か『ヒグマ』って言いましたか……」
『ヒグマ』と呟いた風紀委員が、慌てて手で口を塞いでブルブルと首を振る。
ひなたと風紀委員がそんなやりとりをしている間に、鷹野が京介たち新聞部に近づく。
「今日のところは一旦、下がれ」
「鷹野、だが……」
「今ここで騒いでもどうにもならないぞ」
「京介、ここは引きましょう」
凛にもそう促されて、京介はようやく頷く。
「……分かった」




