09 - 布告
新聞部のいつもの部室。
京介のデスクの上には、掲示板から書き写してきたばかりのメモが広げられていた。
「この前の総会で白銀会長が話していたことと、大きな違いはないわね」
向かいの席では凛も同じ内容を自分のノートに清書している。
新聞部は取材を拒否され、会議室に入ることは許されなかった新年度の生徒会中央総会。
その中で、生徒会主導による「学園改革案」が正式に決定され、全生徒に公開されたのは今朝だった。
「定期試験によるクラス再編と移動。成績優秀者への福利厚生の充実——」
遥斗は、使い古されたホワイトボードに、発表された内容が書かれた付箋を貼り付けていく。
「それと、部活動の予算は前年度の成果が反映され、さらに、複数年度にわたって成果の上がらない部活動は研究会への降格が検討される」
「予想はしていたことだが、こうして並べてみると壮観だな」
皮肉混じりの京介の言葉に、凛は軽くため息をついた。
「極端で分かりやすい主張は、いつだって熱狂的な波を生みやすいものだわ」
反発はあるにせよ、実際に改革は進み出している。
「あのぅ、この部活動に対する方針ですけど、これってうちも対象ですよね?」
「もちろんだ」
「えっ! ということは、真っ先に降格とか!?」
「馬鹿ねぇ。うちはもう何年も廃部ギリギリよ」
「そういうことだ。今さら慌てることじゃない」
降格どころか廃部の話が出たことは一度や二度ではなく、そのたびにどうにか存続させてきた。
研究会として存在を許されるならば、むしろまだ良い方だ。
「それでも、そうなったら、面白い話じゃないがな」
窓の外では、先週まで満開だった桜が、海風に乗って花びらを散らし始めている。
新入生の歓迎ムードが終わったばかりだというのに、学園に漂う空気は、もうどこか張りつめて乾いていた。
*
改革案が発表されてから三ヶ月が経とうとしていた。
その間、新しい方針に沿った規則が急速に定められ、次々と運用が開始されている。
上位クラスに入った生徒の胸元には、そのことを示すバッジが光り、誇らしげに学園内を闊歩する。
一方で、下位クラスに落とされた生徒は、放課後を補習で潰されて廊下を重い足取りで歩いていく。
予算を削られた部活の練習場は閑散とし、あるいは成果を残すべく練習時間を倍増させる部活動も出てきた。
その日の午後、京介は校舎の二階、渡り廊下の手前で足を止めた。
前方で、風紀委員の腕章をつけた生徒が二人、女子生徒を廊下の壁際に追い込むように立っている。女子生徒は肩を縮め、両手で鞄を強く握りしめていた。
「また風紀委員の巡回か」
改革案の発表後、表向きは「新ルールの浸透」のためとして、風紀委員の巡回が増えていた。
「そこの学習施設は、上位クラスの生徒しか利用できない。そのことは知っているだろう?」
「あの、私、先週まではここを利用していて、今日も友達と一緒に来ていて……」
風紀委員の詰問に、女子生徒はしどろもどろになりながらも事情を話している。
「それは規則に違反して良い理由にはならない」
彼女の言い振りからすると、先週までは自分も友人も上位クラスだったが、自分だけ成績を落としてしまったのだろうか。
「あ! ミキちゃん!」
その時、学習施設からミキちゃんと呼ばれた生徒が出てきた。その制服の胸元には上位クラスであることを示すバッジが光っている。
「お待たせ、どうしたの……あっ!」
だが、友人の後ろに風紀委員の姿があることに気づくと、その足を止めた。
「違反した者は当然として、それを認識していながら見逃したものも同じように違反者として扱われることもある」
風紀委員が大袈裟な仕草で、女子生徒とミキを交互に見る。
「あ、ち、違います。私はダメって言ったんだけど、その子がどうしてもって」
ミキの焦った早口が、渡り廊下の壁に跳ね返る。
「ちゃんと言ったんです、今日は来ないでって——」
「そんな、ミキちゃん」
その声は、消え入りそうに小さかった。
「私は違反するつもりなんて、本当になかったんです」
「——分かった。そちらの者は今回は注意ということでいいだろう」
「はいっ。ありがとうございます」
ミキが学習施設へ戻っていく後ろで、残された女子生徒は風紀委員の注意を受けている。
「嫌なものを見たな……」
ここで自分が介入しても、何の力にもなれない。その無力さに、京介は肩を落とした。
*
渡り廊下を抜けて中庭に回ると、向こうから凛と遥斗が並んで歩いてくるのが見えた。
「部長、こっちです!」
「どうしたの、京介。冴えない顔してるわよ」
「ああ、実はな——」
京介が先ほど見かけた女子生徒たちのやり取りを話すと、遥斗が何度も頷く。
「そういうの、最近よく耳にします。上位クラスと、下位クラス、お互いがグループみたいになっていがみ合っているような」
競争することが悪いわけではない。お互いが切磋琢磨し、より高いレベルを目指す。
この学園は長い歴史の中で、そうやって様々な優秀な人材を送り出してきたのだ。
しかし、その競争意識はあくまで自主的に生まれるものであったはずだ。
「ふと思ったんですけど……今までこういうことってなかったんですかね?」
遥斗は急に黙りこくってしまった京介と凛の顔を交互に見る。
「え? あの、部長?」
「遥斗! お前今までで一番冴えてるかもしれないぞ!」
「もっと早くに気づくべきだったわ。人は歴史から学ぶものよ」
突然立ち上がった京介と凛の迫力に、遥斗は思わず後退りする。
「お、俺、褒められてますか?」
秀烽学園の歴史は長い。その歴史の中には様々な改革もあったはずだ。過去の歴史を調べることで、何か打開する策が見つかるかもしれない。
「ああ、大手柄かもしれないぞ。よし! まずは部室に戻って準備だ!」
*
急ぎ足で部室に戻った三人だったが、京介は入口の取っ手に触れた瞬間に違和感を感じた。
「どうしました、部長?」
「……鍵が開いている」
慎重に中に入ると、三人の目の前には荒らされていた部室が広がっていた。
デスクの上に積んであった取材メモが床一面に散乱し、本棚のファイルは半分以上が引き抜かれて投げ出されている。
普段ほとんど誰も触らない過去のバックナンバーまで、床に踏み散らされていた。
「なんだよ、これ」
遥斗が呆然と呟く。凛は口元を手で押さえたまま、声を出せずにいた。




