10 - 衝突
中央棟はその名の通り学園のほぼ中央に存在し、重要な役割を担う施設が集中している。
そこに京介たち新聞部の三人の姿があった。
「誰がなんの目的でやったのかは分からんが、絶対犯人を捕まえてやる」
「そういえば、俺は『治安局』に行くの初めてです。なんか怖そうですよね……」
「正式名称は『風紀委員会統括本部』だけどね」
風紀委員会統括本部——通称『治安局』は中央棟の一階にあった。
扉の脇に掲げられた木札は、最近塗り直されたばかりなのか、墨の黒がやけに鮮やかだった。
「部長、本当にここ、ちゃんと動いてくれますかね」
「学園内での違法行為は、まず治安局が取り締まる。ここが動いてくれなきゃ始まらないだろ」
「別に緊張する必要ないわ。私たちが悪いことをしたわけじゃないし」
「それはそうですけど」
建物の中は思ったよりも広かった。正面の壁には学園の巡回区分図。手前に受付代わりの長机が据えられている。
「次の方どうぞ」
京介は受付の風紀委員に、先ほど部室で起こったことを簡単に話し、詳しい状況を記入した書面を差し出した。
「はい、書類は受理しました」
「それだけか? 現場を見に来ないのか」
「——順番です。またご連絡します」
「お、おい! ちょっと」
粘ろうとする京介だったが、混み合っている受付の状況を見て諦めた。後ろで様子を見ていた凛が肩をすくめている。
「これ、すぐに動いてくれないやつね」
「……こうなったら仕方ない、戻って部室を調べよう」
書類として残しただけでもよしとするか——京介たちが踵を返しかけた、その時。
「先に手を出してきたのはあいつのほうだ!」
広い受付の奥から、怒号が響いてきた。
声の主は椅子から立ち上がり、訴えを続けているが、対応している風紀委員は、書類をめくるだけで、相手の顔を見ようともしない。
「現場に駆けつけた者から報告は受けています」
「あいつが上位クラスのやつだから贔屓してるのか!」
なおも食い下がる生徒の後ろに、風紀委員数名が集まってきている。
「な、なんだかやばくないですか?」
京介たちも足を止めて騒ぎのほうを振り返ると、騒ぎに気付いた生徒たちで人だかりができてきた。
「こんな横暴は許されない!」
「静かにしろ! おい、早く別室に連れて行け!」
「お前たちも何を見ている!」
集まってきた風紀委員によって、野次馬をしていた生徒たちが戻っていく中、空手着を着たままの生徒三人が騒ぎの中心に向かっていくのが見えた。
「おい、何をしている」
「なんだ貴様ら」
「空手部だ。一部始終を見ていたぞ。少し横暴すぎないか?」
「部外者が口出しをするな! 学園の治安維持は我々の仕事だ」
風紀委員の声に、露骨な敵意が混じる。
「風紀委員会と同じく、空手部にも学園の治安維持業務を担う役割が与えられている」
「それは例外的な役割だ。通常業務に空手部が口出しをする権利はない」
両者の間に、音が聞こえてきそうなほど緊張感が高まる。
「なにをしているのです」
建物の奥の扉が、静かに開いた。
長い黒髪が、一歩ごとに背中でさらりと揺れる。顎はわずかに上がり、視線はまっすぐ前に据えられていた。
風紀委員長、朱鷺沢鈴音の姿を見ると、風紀委員たちが一斉に背筋を伸ばす。
「——ご用件は何でしょうか」
朱鷺沢の視線が、空手部員三人を順に撫でていく。
「用件はそっちが作ったんだろうが」
朱鷺沢の涼しい顔が、空手部員たちには挑発に映った。
「風紀委員の権限を勘違いするのもいい加減にしろ。生徒を好き勝手締め上げるのが仕事じゃないだろう」
「おかしなことを——風紀委員会は学園の秩序を守るために動いています。それを妨げようというのであれば、そちらにこそ問題があるのではないでしょうか」
「さっきのあれが正当な規則の運用に見えるのか?」
朱鷺沢の視線が、騒ぎの中心を捉えると、生徒を後ろ手に抑えている風紀委員の顔に冷や汗が浮かぶ。
「——仮に、うちのものに不手際があったとして、やはり《《部外者》》からとやかく言われる筋合いはありません」
空手部員の顔が、みるみる赤くなる。
「また部外者だと……言ってくれるな」
突き出された手が、朱鷺沢の腕章を掴みにかかった。
朱鷺沢は掴みかかってきた手を絡め取ると、相手の体重をそのまま受け流す。
次の瞬間には、空手部員の体が床に押さえつけられていた。
「え! ちょ、ちょっと、あの人やっぱやばいですよ!」
「朱鷺沢は合気道部の副部長でもある」
「彼女の異名は『戦う風紀委員』。聞いたことなかったの?」
興奮して肩を揺らす遥斗を抑えながら、京介はどう動くべきかを考えていた。
「ここは風紀委員会の管轄、お下がりなさい!」
朱鷺沢の一喝に、空手部員たちが一瞬怯む。しかし、床に転がった仲間を見て、その顔色が変わった。
それを合図のように、後ろに控えていた風紀委員たちも前に出る。
「乱闘になるかもしれない。二人は外に出ていろ……」
凛と遥斗への京介の警告の言葉は、しかし、突然響いた気合いの声でかき消された。
「てい!!」
一瞬遅れて、ドスン、という轟音が響き、全員の視線が、一斉に入り口へと吸い寄せられる。
見れば、入り口付近のコンクリートの壁にぽっかりと穴が空いていた。
壁の前には、正拳を突き込んだままの、小柄な影。後ろでひとつに結んだ黒髪が、ポニーテールのままぴょこんと跳ねていた。
「あ、すみませーん! つい力加減を間違えました……」
「……ヒグマ」
「……空手部のヒグマだ……」
その姿を見て、風紀委員たちが一歩下がり、空手部員たちも入り口まで引いていく。
「ご苦労、ひなた」
小熊ひなたの後ろから姿を現したのは、空手部部長である鷹野千紘だった。
「鷹野千紘……!」
その姿を見た途端、朱鷺沢の視線は厳しくなる。
「最近の風紀委員会はだいぶ質が落ちているようだな」
「そのお言葉、そっくりそのままお返しします。空手部の規律をこそ、今一度改めるべきでは——」
「勘違いするな。風紀委員は絶対ではない。増長しすぎるようであれば、こちらにも考えがある」
しばらくの沈黙のあと、朱鷺沢はゆっくりと顎を引いた。
「本日の件、こちらの対応に《《少しばかり》》行き届かぬ点があったようです——」
生徒を後ろ手に抑えていた風紀委員が、朱鷺沢の言葉に居心地悪そうに身じろぎする。
「ただし、空手部の越権についても、生徒会に報告した上で対応を検討させていただきます」
「ああ、好きにしろ」
鷹野は片手を軽く上げて、背を向けた。




