11 - 空白
新聞部で起きた盗難事件について、風紀委員会に届け出を出してから、すでに三日が経っていた。
「結局、風紀委員会からは何も連絡は来ませんね」
「そうだな。まあ、最初からそんな気はしてたが」
荒らされた室内の片付けはようやく終わりかけていた。バックナンバーが並べられていた本棚の一角は、今もぽっかりと空いている。
「盗まれたバックナンバーはこれだけかしら」
「そうみたいです。えっと、だいたい十年前のやつですね」
「嫌がらせなら、もっと手当たり次第に荒らしそうなものだけど」
「そうだな。何か目的があったのか……」
整理した結果、無くなっていたのは、約十年前のバックナンバーだった。
「俺、気づいたんですが——」
ハッとした表情で片付けの手を止める遥斗。
京介はその姿を見て、先日この後輩が、珍しく冴えた発言をしたことを思い出した。
明るさとフットワークの軽さが売りだったが、ついに新聞部の部員として覚醒したのかもしれない。
「この部屋、この大量のバックナンバーのせいで狭く感じてたんじゃないですか!」
「……遥斗、お前はそれでいいのかもしれない」
京介は苦笑いしながら、期待しすぎた自分にため息をつく。隣を見れば、凛も同じような表情になっていた。
「最近は少しずつデジタル化して保管しているけど、古いものまで手が回ってないのよ」
「今のままでは、うちも部活動から降格することになるかもしれない。少し整理を考えなきゃいけないかもな」
ここにあるバックナンバーは先人たちの成果だ。
学園の自治を守るため、生徒たちの知る権利を守るため、その活動には今と同じような苦難の歴史があったのかもしれない。
「このあと藍原が来る。図書館での保管について、一度相談してみてもいいかもしれない」
風紀委員会が図書館から過去の総会議事録を持ち去った事件。
今朝、図書委員長の藍原から、その件について報告があるという連絡が入った。
「学園の中で何かが起きている! 俺、そんな気がします。もしかしたら、記者の勘ってやつかもしれません!」
京介と凛は顔を見合わせて肩をすくめる。
こんな状況でも明るく振る舞う後輩の姿は、ある意味頼もしい存在かもしれなかった。
「期待してるわよ」
*
「空き巣?」
新聞部の部室を訪れた藍原透は、京介から先日起きた事件を聞くと、訝しげな表情で部屋を見回した。
「そうなんです! 戻ってきたら鍵が開いてて、中に入ったら部屋が荒らされてて——」
「ここのバックナンバーの一部だけが盗まれた、と?」
「治安局まで行って風紀委員会に届けは出したが、当てにはならないな」
京介たちは盗まれたバックナンバーについて、色々な推測を考えてみたものの、どれもピンと来るものはなかった。
「それで、藍原さんの方は何か分かったの?」
凛に促された藍原は、まだ詳しいことが分かったわけじゃないが、と前置きして話し出す。
「持ち去られた議事録の期間は、おおよそ十年前の時期に集中していた」
「十年前? それって……」
京介たちは顔を見合わせた。ついさっき確認した盗まれたバックナンバーの時期。
「同じだな。盗まれた新聞のバックナンバーも、十年前のものが中心だ」
「これって……偶然ですかね」
「偶然にしてはできすぎよ」
総会の議事録、学園新聞のバックナンバー、それらに共通するものは何か。十年前という時期に意味はあるのか。
「誰かが意図的に何かを隠そうとしている?」
「でも、なんでそんなことを? 十年前のことなんて、今更——」
「怪しいのは生徒会だろう、だが——」
図書館の一件を考えれば、生徒会が絡んでいる可能性はある。だが、確証を持つには至らない。
「少し状況を整理しよう」
京介はホワイトボードの前に立つと、現状分かっていることを書き出していく。
「十年前に何があったのか。まずはこれを知ることよね」
「総会の議事録、学園新聞——それ以外に何か記録として残っていそうなものは何だ」
学園の出来事を記録しているもの。一部だけではなく、学園の歴史を総括的に残しているものはないか。
「手前味噌だが、やはり新聞という形態で記録が残っていることは、それなりに重要だということが思い知らされるな」
「そういえば、これより古いものは残ってないんですか?」
遥斗が指差した棚。その空白になった位置は、一番古いエリアにある。
「私、さっき言いかけたことがあるんだけど——確か、これより古いものは図書館にあるんじゃなかった?」
京介が口にした「図書館への保管」という言葉が、凛にある記憶を思い出させていた。
いつかの大掃除の折、整理に追われた先輩が「昔は図書館で保存してくれていたらしいのに」と愚痴をこぼしていた一幕だ。
「確かなことは調べないと分からんが、古い学園新聞の一部を閉架書庫で見かけた記憶があるな」
三人の視線が集まる中、藍原は記憶を辿る。定期的な書庫の一斉整理の時、学園新聞のインデックスを見かけなかったか。
「もしかして、ここから盗まれたバックナンバーが図書館に残っている可能性が?」
「いや、図書館に残っているのがここより古いものだけだとしたら、盗まれた期間の新聞はないかもしれない」
それでも、今は他に打つ手もなかった。
「でも部長、仮にあったとして、全部の新聞を読むんですか。量がどれだけあるか分からないのに——」
「できるかどうかは分からない。だがやるしかない」
京介と凛は自然に目を合わせた。自分たちなりの信念で続けてきた、この新聞部の活動。
理不尽な邪魔をされて黙っている二人ではなかった。
「いいな、新聞部。青春って感じだ」
三人のやりとりを見ていた藍原の口元にはうっすらと笑みが浮かんでいる。
普段は愛想のない生真面目な印象が先に立つが、表情に出にくいだけで、案外取っ付きやすい人物なのかもしれない。
「藍原、この件、図書委員会の力を貸してくれないか」
「それはこちらから言おうと思っていた」
藍原は今度こそ相好を崩し、白い歯を見せてニヤリと笑った。
「図書館の自治を脅かす《《あいつら》》に、ひと泡吹かせてやりたい」




