12 - 記録
図書委員会との協力を決めてから二日後。京介たち新聞部は、中央図書館の閉架書庫を訪れていた。
天井まで届く木製の書架が等間隔に並び、古い紙の匂いが染みついている。秀烽学園の長い歴史そのものが、この棚の奥にしまい込まれているような場所だった。
「うわー、図書館にこんなとこあったんですね」
「ここに立ち入るのは俺たち図書委員くらいのものだ。普段は部外者が入る場所じゃない」
「なんか、こう……秘密基地みたいですね!」
案内役の藍原に続いて書架の奥まで進むと、古い棚の前で数名の図書委員が作業の手を止めていた。
「藍原委員長、ここです。本当にありました」
図書委員が指し示した棚には、学園新聞のラベルが貼られた分厚いファイルが並んでいた。
「これ全部、学園新聞のバックナンバーか」
「このエリアはすべてそうみたいだな」
「すごい……こんなに残っていたのね」
凛の声には、感慨めいたものが混じっていた。
代々の先輩たちが積み重ねた実績が、見える形で残されている。
「問題の時期のものも、この中にあるぞ」
藍原がファイルの一つを引き出して、そばにある作業机に載せた。ファイルを開くと、日焼けして黄ばんだ紙面の見出しが、かろうじて読み取れた。
「本当に、あったのか……」
「部室から盗まれた分と、同じ時期ね」
新聞の日付は、部室から抜かれていた期間とほぼ同じ、十年前のものだった。
「あの後少し調べたんだがな」
藍原が手招きすると、ファイルを探していた図書委員の一人が藍原に何かのメモを手渡した。
「元々新聞部が発行する学園新聞は、学園の公式な発刊物として扱われていて、図書館への保存が義務付けられていたようだ」
「うちの先輩が、昔は図書館で保管してくれていたのにって、愚痴をこぼしていたのを聞いたことがあるわ」
新聞部が学園の中で正式な「報道機関」としての地位を確立していた頃、学園新聞もまた正式な発刊物として扱われていた。
しかし、その後、新聞部の活動は少しずつ弱まっていき、学園新聞の価値も下がっていったようだった。
「その時期がちょうど十年前、ということか」
「図書館での保存が終わることが決まり、自分たちの部室に保存するようになった。ちょうど潮目の時期だったのかもしれないな」
京介としては、なぜ新聞の価値が下がっていったのかが気になるところだ。部活動の縮小が先なのか、新聞の価値の下落が先なのか。
そこにどんな歴史があるのか。
しかし、今はそれよりも先に解決しなければならないことがある。
「うちから新聞を盗んだやつが、ここにも新聞があることを知ったら、ここも狙われませんか?」
遥斗の不安はもっともなものだったが、京介はきっぱりと否定した。
「いや、その心配はないと思うぞ」
新聞部の部室からバックナンバーを盗んだ犯人が、京介が考えている通りなら——。
「《《あいつら》》は、たぶん新聞部を舐めている。新聞の価値なんてゼロに等しいと思っている。過去、学園新聞がここまでの扱いをされていたなんて、思いもつかないだろうさ」
その立場が弱まったとしても活動を続け、新聞の価値が下がったと言われても書き続けた先輩たち。
ここに新聞が残されていたのは、単なる偶然ではなく、そうした先人たちの思いが込められているようにも感じた。
「やはり、私の目に狂いはなかったようです」
声と共に書架の向こうから現れたのは、小柄な女子生徒だった。
「藍原さーん、参りましたよ」
小さな顔に、存在感のある大きな丸い眼鏡。一本結びにされた髪が揺れている。
「紹介する。文芸部の部長、柊詩織だ」
「どうも柊です。新聞部の皆さん、どうぞお見知りおきを」
直接の知り合いではなかったが、京介も凛も、その名前と顔は知っていた。昨年度の総会で、文系部は円卓から外れていたはずだ。
「新聞部の部長、槙野京介だ」
柊は京介たちの顔をまじまじと見つめ、それから、ぱっと表情を明るくした。
「存じてますよ。私、学園新聞は欠かさず読んでいます。いい文章を書きますね」
眼鏡の奥でぱちっとウィンクをし、親指を立てて見せる。
総会で見かける柊は、自分から積極的に発言するタイプではなく、何となく、物静かで本好きな優等生というイメージを持っていた。
だが、どうも見立てを修正する必要がありそうだ。
「私、今日は何やら生徒会に意趣返しする機会をいただけると聞いて参上しました」
*
「つまり、この中からヒントになりそうな『何か』を見つけ出す必要があると?」
藍原の説明を受けて、柊は目の前の書庫に並ぶファイルを見つめる。その両手はワキワキと動き続けている。
「現状相手の目的が皆目分からない状態だ」
「でも、きっとこの中に相手にとって不都合な何かが隠されているはず」
「それにしても、すごい量ですよ。これ全部読むんですか?」
図書館から持ち出された総会の議事録、新聞部から盗まれた学園新聞のバックナンバー。
そこから割り出されたのは、十年前の約三年間の記録だった。
「念のためその前後も確認しておきたいな」
前後一年分を加えると、約五年分の新聞記事を読まなければならない。
「気になったことは、どんなことでもメモしておきましょう。小さな違和感でも、引っかかった見出しでも、何でも」
手分けしてファイルを棚から下ろし、作業机に並べていく。机に並びきれない分は、床にも置いていく。
「うちの文芸部は、今、生徒会の方針で降格の危機にあります。成果が出しにくい部活だ、学園には必要ない、と——そう言われていまして」
柊がファイルの一冊を手に取る。
「確かに文芸部は、派手な大会で優勝することはありません。ですが、我が文芸部からは数多くの著名な作家が生まれているのです」
「ノーベル文学賞の候補として名が上がった作家もいたわよね」
「よくご存知ですね、藤枝さん。もちろん、必ずしも作家として成功することが全てではありません。本を読む、文字を読み、そこに何かを見出す。そうした創作活動は、豊かな生活のために必要なものなんです」
派手な成果がなくとも、学園には必要な活動がある。
柊の口から紡がれる思いは、京介たち新聞部がずっと抱いてきたものと重なっていた。
「お任せください。文字を読むことにおいて、この柊詩織の右に出る者はいません」




