13 - 継承
書庫の作業机の前には、京介たち新聞部の三人、藍原と柊、そして数名の図書委員が集まっていた。
「手分けして読むぞ。気になった記事には付箋を貼っておいてくれ」
京介はさっそく十年前の学園新聞に目を落とす。
今の学園新聞に比べて誌面の密度が高い。文末には記者として、書き手の名前が小さく添えられていた。
「ちょ、ちょっと! あれ見てください」
遥斗が指差す先では、柊が猛烈なペースで新聞のページをめくっている。
紙面に視線を滑らせたかと思うと、ほんの数秒で次のページへ進む。時折、細い付箋が挟み込まれていく。
「……あれ、本当に読んでるんですかね」
遥斗の訝しげな声が聞こえたのか、柊が新聞から視線をあげて、フフフと不敵な笑みを浮かべた。
「私は学園中の文字という文字を読んでいます。限られた時間で、できるだけ多くの文字と向き合う。これはそのための技術です」
「速読ってやつか?」
「技術的にはその通りです。しかし——」
柊は芝居がかった仕草で間を置くと、ビシッという音が聞こえてきそうな勢いで親指を立てる。
「決して中身を疎かにしているわけではありません。文章の意味を理解し、書き手の想いを受け取ることが大切ですから」
会って早々に「いい文章を書きますね」と言ってくれた柊の言葉が、ふと京介の頭をよぎる。
ここにある新聞も、当時の新聞部の部員たちが信念を持って書いたはずだ。
「頼もしいな」
「ほら、遥斗君も手を止めないで」
「はい! 俺も負けません!」
*
「皆さん、ちょっといいですか」
「何か見つけたか?」
「まだ全てを読んではいないのですが、気になる記事があります」
柊が差し出したファイルの開かれたページには、大きな見出しが躍っていた。
**『新生徒会発足、若き生徒会長による新体制へ』**
見出しの下には凛とした表情の男子生徒の顔写真が載っていた。
「記事によると、二年生でありながら、生徒会長選挙に圧勝した若きカリスマ、とあります」
「二年生で、生徒会長?」
「学園始まって以来の快挙である、と書かれていますね」
二年生で生徒会長になったカリスマ。全員の頭に、現生徒会長である白銀の顔が浮かんだ。
「次の記事では『新会長、就任早々に改革案』とあり、具体的な内容も書かれています。全体的に前向きな内容で、当時の評判はかなり良かったことが窺えます」
「今の状況と似てるわね」
白銀は学園始まって以来の才女と称されることがあるが、その歴史の中には、同じようなカリスマ性を持った生徒がいたようだった。
「そこからの記事を集中的に読んでいきましょう」
「手分けして進めよう。新聞部の三人と柊とで記事を抜粋して付箋に書いていってくれ。俺たちが時系列に整理していく」
次々に書き出される付箋を、藍原と図書委員が時系列に並べ直していく。
「これは……これが《《あいつら》》が隠したかったことか」
やがてひと通りの付箋を並び終えると、知られざる学園の歴史が明らかになってきた。
記事は生徒会長の就任から始まり、当初は前向きな言葉が並んでいる。
**『新体制、過去の不透明な予算配分の見直しへ』**
**『公正な評価制度を実現すべく、今までにない大胆な改革案』**
だがある時期から、流れが変わっていく。
**『執行部の権限拡大に懸念の声』**
**『委員会人事、会長の一存で決定か』**
**『例外扱い連発。予算配分に議論紛糾』**
「見て、この頃から新聞の発行ペースが乱れているわ」
付箋にメモしてある日付を見ると、当初は規則正しい日付になっているが、誌面の流れが変わった頃から不規則さを増していた。
「今読み終わった新聞は、完全に論調が変わっていました」
柊が付け足していく付箋には、さらにセンセーショナルな言葉が並んでいる。
**『異議、退けられる』**
**『主要委員会、相次いで抗議声明』**
**『部活動連合発足、執行部を糾弾』**
「最初の記事から約半年で、ここまで流れが変わったのか」
「過去にこんなことがあったなんて」
「この会長、この後はどうなったんですか?」
「ここから新聞の発行がしばらく途絶えていますが、その直前の見出しはこれです」
**『生徒会、分裂の兆し』**
「こっちのファイルに続きがあったぞ」
京介は、藍原が差し出したファイルを手に取り、紙面をめくっていく。
冒頭には、しばらく新聞が正常な形で発行できなかったことに対する謝罪の一文があり、そしてその間に起きたことが整然と書かれていた。
「まるでクーデターだな」
部活動連合による生徒会の糾弾を契機に、当時の風紀委員長が叛旗を翻し、その人物を旗印として反生徒会運動が急進。
その後三日も経たずに、執行部は解体された。
**『新会長選出、旧体制を全面刷新』**
写真の中では、新しく選ばれた会長が、神妙な表情で一礼している。
「部活動と委員会の代表が一つの円卓を囲み、議案を持ち寄って合議で決める。——今の生徒会中央総会の仕組みも、この時に作られたのね」
合議制を象徴する円卓。各代表が同じ立場で肩を並べる理想の姿。
しかし、前回の総会ではその円卓は縮小され、一部の参加者が円卓から外されていた。
「皆さん!」
全員の視線が突然声を上げた柊に集まる。柊は別のファイルを高々と頭上に掲げている。
「これを見てください!」
そこにあるのは、新たに設置された第一回生徒会中央総会の記事だった。そして、その見出しにはこう書かれていた。
**『生徒会長解任請求制度、新設』**
「解任請求制度?」
「ええ。いわゆる『リコール制度』ですね」
柊はファイルを手元に戻すと、ものすごい速さでページをめくっていく。
「特定の条件を満たした場合、生徒会長を任期途中で解任することができる制度。同じ過ちを繰り返さないための抑止として設けられた、とあります」
記事には、短い条文の説明と、それよりずっと長い、制度を新設するに至る経緯の記述があった。
「本当に隠したかったのは、こっちだったのね」
凛のその言葉に、疑いを差し挟む者はいなかった。
二年生にして生徒会長の座についた白銀沙耶。成果主義を掲げ学園の改革を推し進める生徒会執行部。
この先、現体制が当時の生徒会と同じ轍を踏むかはまだ分からない。
だが、先人たちは、同じ過ちが繰り返されそうになった時のために、抑止力となるものを残してくれていた。
「……ねえ、でも。今の学園規則に、この『リコール制度』って、あったかしら」




