06 - 予兆
「部長! 大変です!」
遥斗が部室の扉を蹴り開けるようにして飛び込んできた。
京介は広げていたメモから顔を上げ、小さくため息をつく。この後輩が息を切らして駆け込んでくるのは、もう何度目になるか分からない。
そしてそのほとんどが、騒ぐほどの話ではなかった。
「今度は何だ。また食堂の噂話か」
「違います! 今回はこの目で見たんです!」
遥斗は机に両手をついて身を乗り出す。勢い余ってデスクの上のメモが何枚か床に舞い落ちたが、本人は気にも留めていない。
「図書館で風紀委員と図書委員が揉めてます! 風紀委員が何人かで来て、書庫から何か持ち出そうとしてて、図書委員長がすごい剣幕で——」
京介の手が止まった。
「どういうことだ? 遥斗、落ち着いて話せ」
「ほら、お水飲んで」
遥斗は凛が差し出した水を一息に飲むと、まだ切れている息をなんとか整えた。
「さっき図書館に資料を返しに行ったんです。そうしたら、書庫の前で言い合ってるのが聞こえて……そうっと覗いてみたら、風紀委員と図書委員が揉めているのが見えたんです」
デスクの上には、ここ数日で集めた取材メモが広がっている。
体育会系の部室を回った遥斗のメモ、文化系の部長たちから聞き取った声、そして先日グラウンドで目撃したサッカー部と野球部の衝突。
京介は凛と顔を見合わせた。
「それはまだ続いてるのか」
「はい! 収まるどころか、段々大きくなっています!」
京介はデスクの上の手帳を掴んで立ち上がった。
「行くぞ、凛」
「ちょっと、まだ記事の校正が——」
「こっちの方が先だろ」
「仕方ないわね——京介、カメラも持っていきなさいよ!」
凛は近くにあったカメラを掴むと、京介を追って部屋を飛び出した。
「ちょっと! 待ってください、置いていかないで!」
先に飛び出した二人の背中がすでに廊下の先に消えかけていることに気づいて、遥斗も慌てて部室を飛び出した。
*
学園内には大小複数の図書館があるが、騒動が起きているのはその中でも一番大きな中央図書館らしかった。
三人が図書館の入り口をくぐると、館内はいつもと違う空気に包まれていた。
静寂に満ちているはずの図書館に、押し殺したような声が響いている。
一般の閲覧スペースにいた生徒たちが不安げにそちらを窺い、何人かは席を立って出口に向かおうとしていた。
「こっちです」
遥斗に続いて京介たちも書庫へ向かうと、風紀委員の腕章をつけた生徒が三人、書庫の棚の前で古びたファイルを次々と引き抜いているのが見えた。
床にはすでに何冊かのファイルが積み上げられている。
そして、その前に立ちはだかるように腕を広げている男子生徒が一人。
「何度言ったらわかる! 無断で資料に触るな! この書庫の資料は館外持ち出し禁止だ!」
図書委員長の藍原透だった。
京介とは同じ三年生だが、接点はほとんどない。学園内の政治や派閥には興味を示さず、ひたすら図書館の運営に心血を注いでいる人物で、それなりの人望があると聞いたことがある。
普段は穏やかであろうその藍原が、目の色を変えて声を荒げていた。
「先ほども説明した通り、これは生徒会からの正式な依頼です。必要な資料の確認のために、一時的にお預かりしたいと」
風紀委員の一人が事務的な口調で答えながら、棚からさらにファイルを引き抜こうとする。
だが、藍原がその腕を掴んで止めた。
「正式な依頼なら、図書委員会への書面での申請が先だろう! あなたたちはそれを出したのか!」
「それは追って——」
「追ってじゃない!」
藍原の声が書庫に響いた。図書館では聞いたことのない声量だった。
「手続きを踏んでいない以上、ここから一冊たりとも持ち出させるわけにはいかない!」
藍原は風紀委員の手からファイルをもぎ取り、自分の背中側の棚に押し込む。だが三対一では分が悪かった。
藍原が一人の手を止めている間に、別の風紀委員が反対側の棚に手を伸ばす。
「藍原さんに何をする!」
「やめろ!」
そこに図書委員と思われる複数の生徒が駆けつける。
「邪魔をしないでいただきたい。これは生徒会の——」
「おい、やめろ! そこは——!」
人数が増え、場は混沌とした様相を呈してきた。
止めに入るべきか、だがこの状況でどう動くのが正解か——京介が迷っていると、後ろにいた凛に腕を引っ張られる。
「京介、カメラ」
京介は手渡されたカメラを見て、すぐにその意図を理解し、騒動の中心に向けてカメラを構える。
パシャッ、パッシャ!
シャッター音が書庫に響くと、風紀委員たち三人が一斉に振り返る。
「おい、何を撮っている!」
パッシャ!
「新聞部だ。たまたま通りかかってな」
京介はカメラを下げると悪びれない様子で言った。
「新聞部だと? ここでお前らの出番はないぞ」
風紀委員の一人が京介の前に立ちはだかる。藍原の肩を掴んでいた手はいつの間にか離れていた。
「出番があろうがなかろうが、学園で起きたことを取材し、それを生徒に伝えるのが俺たちの役割だ」
京介は一歩も引かない。
「そっちはどうだ? 図書委員長の藍原だな。この騒動について話してくれるか?」
京介はカメラの代わりに手帳を取り出し、風紀委員と藍原を交互に見る。
「そうだな、ぜひ記事にしてくれ。こんな横暴は許されない!」
藍原は風紀委員を押し退け、京介たちに向けて声を上げた。
風紀委員たちは素早く視線を交わすと、舌打ちをして、手にしたファイルを棚に戻しはじめた。
「今日は引き上げるが、後日改めて正式な手続きを取る。そのつもりでいることだ」
書庫を出ていこうとした風紀委員の一人が、不意に足を止めて振り返った。その視線が京介のカメラに向けられる。
「おい! その写真、消してもらおうか」
京介はカメラを風紀委員に見えるように掲げた。
「俺としたことが、うっかりしてた。レンズの蓋を取るのを忘れてた。これじゃ何も写ってないな」
蓋がついたままのカメラを見せられ、小馬鹿にされたことがわかった途端、相手は歯軋りが聞こえてきそうな形相で一歩踏み込んでくる。
「き、貴様!」
「おい、やめろ!」
だが、他の二人がなんとか押さえつけ、出口へと引きずっていった。
「……覚えておけよ、新聞部!」
低い声で吐き捨てて、風紀委員たちは書庫を出ていった。
「ふん。ボキャブラリーが乏しいやつだ」
京介が肩をすくめて振り返ると、青い顔をした凛と目が合う。
「バカ!挑発しないの!」




