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秀烽学園新聞部 ただいま取材中  作者: 音鳴 凪
第一章

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05 - 不穏

 白銀(しろがね)への取材から一週間。


 校舎の裏手を歩く京介の手元には手帳が握られていた。午前中に回った文化系の部室で聞き取った声がいくつも書き連ねてある。


 総会の記事を出してから、新聞部に接触してくる生徒は少しずつ増えていた。とはいえ、名前を出すことを承諾する者はほとんどいない。


 体育会系の部活動に関しては、遥斗(はると)が取材を進めていたが、まだいくつか回りきれていないところがあった。

 (りん)と遥斗は次の発行準備にかかっているため、残りの部活動は京介が回ることになった。


 複数のグラウンドが配置された広大なエリアに差しかかると、京介の耳に怒号が聞こえてきた。

 声の方を見れば、野球部の練習場とサッカーコートの境目あたりに、数人の生徒が固まっている。


「——だから言ってんだろ! ここは俺たちの練習場だ!」


 野球部の部員が三人、ユニフォーム姿のまま詰め寄っている。そのうちの一人が手にしたバットを地面に叩きつけた。


 対するサッカー部の部員は四人。練習着姿のまま、そのうちの一人が余裕を含んだ笑みを浮かべていた。


「練習場? おいおい、総会の記事を読んでないのか? お前ら円卓から外れたそうじゃないか」


 サッカー部の一人が、わざとらしく肩をすくめてみせる。


「予選敗退の部活にグラウンド使わせるくらいなら、サッカーコート広げた方がよっぽど有意義だろって話だよ」


 周りのサッカー部員が笑い声を上げた。


「てめえ……!」


 バットを持った野球部員の顔が紅潮していく。握りしめた手の甲に血管が浮き上がっていた。


 目の前で暴力沙汰になるのを黙って見ているわけにもいかない。京介は手帳をポケットに突っ込み、二つのグループの間に割って入った。


「ちょっと待て!」


 全員の視線が一斉に京介に集まるが、京介は臆することなく進み出る。


「新聞部の槙野(まきの)だ。何があったんだ」

「何があったもクソもねえよ! こいつらが俺たちの練習場を奪おうとしてんだ!」


 野球部員がバットの先でサッカー部員を指す。


「奪うなんて人聞き悪いな。実績のある部活が優先されるのは会長の方針だろ? 俺たちは県大会優勝だぜ?」


 サッカー部員が涼しい顔で言い返した。


「まだ正式にグラウンドの配分は決まっていないはずだ。勝手に——」

「新聞部は関係ねえだろ」


 サッカー部の一人が、京介の肩を突き飛ばすように押した。体育会系の腕力に、京介の体が半歩よろめく。


「すっこんでろよ、廃部寸前のくせに」

「よせ、こんなところで揉めごとを起こすな!」


 京介は押し返されながらも、足を踏みとどまった。だが双方の注意はすでに京介から離れている。


「来年度の予算が出たら、ここはサッカーコートに変わるかもな。覚悟しとけよ」


 サッカー部員の一人が、野球部の専用グラウンドを顎で示した。


「ふざけんなァ!」


 激昂した野球部員が相手の胸ぐらを掴むが、掴まれた方は強い力で腕を振り払う。

 それをきっかけに双方の部員が殺気立ち、距離が一気に縮まる。


「やめろ、ここで暴れたら——」


 なおも制止しようとする京介が掴まれ、誰かが前に進み出た。


 目の前では、頭に血が昇った野球部員が相手に殴りかかろうとしている。


「何やら物騒だな」


 だが、その拳が相手に届くことはなかった。

 横から差し込まれた木刀の柄が、その手首を正確に押さえている。


榊原(さかきばら)!」


 京介は、横から現れたのが、自分もよく知る人物、居合道研究会の榊原(つかさ)であることに気づいた。


 長身にジャージ姿、手に持っているのは使い込まれた木刀。

 額にうっすらと汗を浮かべているのは、走り込みの途中だったのだろうか。


「さ、榊原……!」


 野球部員が目を見開く。


「こんなところを風紀委員に見つかったら、部活の縮小じゃ済まないぞ」


 榊原は木刀の柄で野球部員の手首を軽く弾き、半歩引かせた。


「先に手を出してきたのはこいつらだ!」


 サッカー部員も榊原の顔を見ると、出そうとしていた手を引くが、一度上がった血はなかなか下がらない。


「やるなら学園のルールに基づいて正々堂々やれ。風紀委員会の立ち会いのもとでな」


 たった一手。それも木刀の柄だけで場の空気を変えてみせる手際は、鷹野のそれとは違う種類の凄みがあった。


 榊原の目が、双方をゆっくりと見渡す。


「どうする?」


 榊原の静かな迫力を前に、サッカー部員たちが視線を逸らし、一人、また一人と後ろに下がっていく。


 野球部員も荒い息をつきながら、ようやく拳を下ろした。地面に転がったバットを拾い上げ、無言でその場を離れていく。


「……助かったよ、榊原」


「別に。通りかかっただけだ」


 榊原は木刀を肩に担ぎ直す。


「それにしても、ジョギングに木刀を持っていくのか、お前は」


「素振りを兼ねてる。効率がいいだろ」


 榊原はいたずらっぽい笑みを浮かべながら、目の前で素振りをして見せる。


 京介と榊原は同学年だが、クラスは違う。とある事件をきっかけに榊原と新聞部は関係を持つことになり、それ以降も二人は個人的な交友を深めていた。


「にしても、きな臭い話だな。部活同士がグラウンドの取り合いか」


「今後はこういう揉め事が増えるかもしれない」


「総会の記事、俺も読んだぞ」


 榊原はグラウンドの向こうに視線を投げた。


「成果を出した部活が優遇される。出せなかった部活は居場所を失う。そうなりゃ、こんなことはいくらでも起きる」


 一拍置いて、榊原は口の端だけで笑った。


「まあ、俺たち研究会は、最初から居場所なんてないようなもんだがな」


 その声に悲壮感はない。ただ事実を述べただけの、いつもと変わらぬ平坦な調子だった。


「まあ、頑張れよ、新聞部。何かあったら力を貸すぜ」


 榊原は軽く片手を上げると、再び走り出した。


 京介はその背中を見送ってから、ポケットの手帳を取り出した。まだ方針が発表されただけの段階で、すでにこの有様だ。


 手帳に書き留めるべきことが、また一つ増えた。


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