39 - 逆転
凛の宣言が響き渡っても、白銀はすぐには言葉を返さなかった。
その様子を見て、鷹野が一歩、白銀のほうへ詰め寄る。
「正式な手順に則ったものであれば、生徒会長たる自分が従わないわけがない。——白銀会長、確かにそう言ったな」
「ええ、確かに」
白銀の表情からその真意は読み取れない。
「ですが、そこに刻まれたものが今も効力を持つと、それを証明できるのですか? あなたたちが見つけ、あなたたちが有効だと言い張っているにすぎない」
その涼しげな物言いが、柊の苛立ちを誘ったらしい。
「この後に及んで往生際が悪くないですか!」
「し、詩織ちゃん落ち着いて……」
両手をぶんぶんと振り回して間に入って行こうとする柊を、蓮見が必死に押さえつける。
「大丈夫、証明してくれる人がすぐに来てくれるわ」
「藤枝さん、あなたが本当に部長代理の権利を持っているかも、確認が必要ですよ」
この場を離れてはいけないことを、凛は強く感じていた。今日この場で決着をつけられなければ、自分たちの作戦は二度と通じないだろう。
そして、もうすぐこの状況を打開する一手が到着するはず。
「——遅くなりました!」
凛がそう考えたまさにその時、生徒会室の入り口から元気な声が響いてきた。
「やっと来たわね」
肩で息をしながら飛び込んできたのは、柏木遥斗だった。その背後には、腕章をつけた男子生徒が続いている。
「待て、貴様、何者だ——」
その声は、白銀の命で人を呼びに出ていた丹羽のものだった。数人の風紀委員を連れ、ほぼ同時に戻ってきていた。
風紀委員たちが、遥斗とその連れの行く手をふさごうと前に出る。
しかし、状況を見てとった鷹野と龍崎がいち早く動き出していた。
「柏木たちは中に入れ。ここは俺が引き受ける」
「ふん、おいしいところを持っていくな」
遥斗は「ありがとうございます」と頭を下げ、連れの生徒の背を押して室内へ送り込む。
「藤枝先輩、ちゃんとお連れしましたよ!」
「黒瀬委員長……」
白銀が思わずその名を口にした人物——遥斗が連れてきたのは、選挙管理委員会の委員長である黒瀬だった。
白銀はその意味を理解すると、これを仕組んだ張本人——凛へと、鋭い視線を向ける。
その視線が何を意味するか、凛にも分かっていた。
「お久しぶりですね、白銀会長」
「……選挙管理委員会のあなたが、なぜここに」
「彼を通じてある情報が私のところにもたらされまして、その確認のために」
名前を出された遥斗が、えへんと胸を張ってみせる。
「生徒会室に無断で入り込んだ彼らを追い払うところです。黒瀬さん、あなたの出番はありませんよ」
黒瀬は白銀の声に取り合わず、ぐるりと部屋を見渡すと、手にした数枚のメモへ目を落とす。
「そうとは思えませんね」
黒瀬は淡々とそう告げると、リコール制度が刻まれた壁を指差す。
「事情は伺いました、藤枝さん。——あれがそうですね」
その視線は凛に向けられていた。
「ええ。今ちょうど会長と一緒に確認したところよ」
黒瀬は白銀の横を抜け、壁に近づくと、その文を隅々まで目で追っていく。
「全校生徒の三分の一以上の署名による請求。五つの部の部長による特例……。ここにあるのは、当時の生徒会長の署名ですね。そして——」
黒瀬の指が、条文の末尾で止まった。
「ここに刻まれているのは正式な生徒会印です」
黒瀬は振り向くと、その場にいる全員をゆっくりと見渡した。
「私は選挙管理委員長の名の下に、この規約が有効であることを認めます」
白銀が何かを言いかけたが、その声が続くことはなかった。
室内が静まる一方で、入り口からは丹羽の抗う声が響いていた。
「放せ、貴様ら! 会長ご無事ですか!」
丹羽は必死の形相で鷹野の制止を振り切り、室内へ身を乗り入れてくる。
「丹羽副会長、おやめなさい」
「し、しかし会長——」
丹羽はなおも食い下がろうとしたが、白銀に見据えられると、それ以上の言葉を呑み込んだ。
それをきっかけに、その場の騒ぎは潮を引くように沈静化していく。
丹羽を抑えていた鷹野も、室内で交わされた宣言を聞いていたのだろう。その腕の力をふっと緩めた。
「どうやら決着がついたか」
鷹野が龍崎と共に室内へ戻ってくると、黒瀬の視線が、室内の五人に向けられる。
鷹野、龍崎、柊、蓮見、そして凛。
その視線を受けて、凛があらためて五人の意思を伝えた。
「ここにいる四人の部長、そして私は新聞部の部長代理として——ここに書かれた解職請求投票の実施に賛成したところよ」
その言葉に、鷹野たち四人も頷く。
「——賛成の意思を確認しました。選挙管理委員会は、ここに解職請求投票の実施を宣言します」
そして黒瀬は、あらためて白銀に向き直った。
「規定により、今この時点から、現生徒会執行部の権限は停止されます」




