40 - 黎明
ここ数週間、新聞部はかつてないほどの忙しさだった。
「はい、入稿終わったわよ!」
凛が作業机に並べた新聞の一面には、最新号の見出しが大きく書かれている。
『白銀政権、再出発へ! 臨時の生徒会中央総会を開催』
「よし、間に合ったな」
「これでひとまず、この騒動も落ち着いたわね」
凛の横顔には、疲れよりも、ひと仕事終えた満足感があった。
「それにしても、まさか続投だなんて驚きました」
遥斗の目線の先には、ここ数日刷り上げた新聞が重ねられている。
『学園史上初! 解職請求投票の実施が決定!』
『白銀政権は続投! 解職請求投票は過半数に満たず』
百年を超える学園の歴史で初めて実施された、生徒会長に対する解職請求投票。
学園中がこの話題で持ちきりになったが、解職を求める票は過半数に届かず、白銀はその座にとどまることとなった。
「これが生徒たちの意思なんだ。俺たちはそれを否定したいわけじゃない」
「そうね。できることはやったと思いたいわ」
「あの日から、あっという間でしたね。あの時は、俺も頑張りました!」
京介は新聞を机に置いて天井を仰いだ。あの日と言われて真っ先に浮かぶのは、自分が何もできなかった光景のほうだ。
「あの日か……。俺が着いた時には、もう全部終わってるとはな」
中央棟の一室に軟禁されていた京介の元には、単身榊原が駆けつけた。
警備していた風紀委員を退け、榊原とともに生徒会室に向かったが、京介たちが着いた頃には、事態はすべて終わっていた。
「生徒会室に入った時の『空気読めないやつが来た』とでも言いたげな視線を思い出すと……いまだに辛いな」
思い返すたび、あの時の決まり悪さがよみがえる。勝負の決着を、自分だけが知らないまま飛び込んでいったのだ。
そんな京介の様子を見て、凛はあの日、自分を手助けしてくれた椎名の言葉を思い出していた。
『物語のクライマックスには、ヒロインがいないと締まらない』
(……ヒロインはちゃんと間に合ったのに、肝心の主人公が乗り遅れるなんてね)
「さ、気を取り直して、総会に向けた準備よ!」
凛の言葉に遥斗は拳を突き上げて応えてみせた。
*
「あれを見て」
生徒総会の会場に入った凛が、部屋の中央を指差す。
「元に戻ったか」
部屋に配置された円卓は、再びすべての参加者が座れる大きさに組み直されていた。
後方の簡易席も取り払われ、誰もが同じ卓に着けるようになっている。
「新聞部の皆さん、お久しぶりです!」
明るい声で挨拶してきたのは文芸部部長の柊詩織だった。
柊は新聞部に会釈すると、すでに円卓に着いていた他の部長たちにもひと声かけ、自分の席に着く。
その時、誰かがものすごい勢いで会場に駆け込んできた。
「詩織ちゃん! 今日も可愛いわね! あら、ここ空いてるじゃない。隣に座っていいかしら?」
「……こんにちは、蓮見さん。あの、美術部の席はあっちですよ?」
「いいから、いいから」
あの一件以来、すっかり距離の縮まった二人に見えていたが、柊はいまだに慣れているわけではないようだった。
「そういえば、柊は絵のモデルを引き受けたのか?」
「一応約束はしたみたいよ。蓮見さんが喜んで報告に来たもの」
「あ、鷹野さんも来ましたよ」
部屋に入ってきた鷹野千紘の姿を見て、遥斗が立ち上がって手を振る。
「新聞部も中に入れるようになったか」
「ああ、そうみたいだ」
前回の総会で、新聞部は立ち入ることを許されなかった。
今回はそれ以前と同様に、取材席に座ることを許されていた。
「円卓には座らないのか? 今回の件で、新聞部にも円卓に座る権利があることが分かったはずだ」
京介は凛と目を合わせると、静かに首を横に振った。
「——それは遠慮しておく。俺たちの役目は円卓に座ることじゃない」
十年前、この円卓による総会が作られた時、当時の新聞部部長菫川千鶴も同じ判断をした。
今も昔も、新聞部の役割は変わらない。
「……お前たちらしいな」
やがて、すべての参加者が円卓に座ると、奥の扉から生徒会役員が入ってきた。
解職請求投票を経て、再びその座に座ることになった生徒会長、白銀沙耶。
「会議を始める前に、私から皆さんにひと言申し上げたいことがあります」
室内の視線が集まる中、白銀はその一つ一つを受け止めるように、ゆっくりと円卓を見渡した。
「まずは、お騒がせしたことをお詫びします。先の解職請求投票は、我が執行部の在り方を皆さんに問う、良い機会となりました」
解職請求投票での賛成票は、過半数には届かずとも決して少なくなかった。
良い機会という言葉に、白銀がその結果をどう受け止めたかが滲んでいた。
「この学園に改革が必要だという考えは、今も変わりません。しかし、その進め方を変える必要があります」
白銀の目線は、ほんの一瞬円卓から外れ、京介たちが座る取材席に向けられた気がした。
「それぞれの生徒が持つ多様性を損なわず、全員がより高いレベルを目指せる環境を——」
学園の未来を語る白銀を見つめながら、京介は思う。
白銀という個人を、生徒会長の座から引きずり落としたかったわけではない。
この学園のことは、生徒たち全員が考えていくべきものだ。
誰もが意見を発し、自分たちの行く末を決めていく。そのために必要な情報を発信する。
それが自分たち、秀烽学園新聞部の役割なのだと。
*
総会の翌日も、新聞部の部室には、いつもの光景があった。
「白銀会長、随分と印象が変わっていたわね」
凛の手元には総会の議事録がある。
白銀が語った改革への道筋は、あの一連の騒動が起きる前とでは大きく違っていた。
「そうだな。風紀委員会の体制も見直されて、学園内の雰囲気も以前のように活気が戻ってきた」
学業成績によるクラス分けは撤廃され、あの時のような、友人同士でいがみ合う光景は見られない。
一時は補習に追われる部員が続出し、継続の危機に立たされた部活動もあったが、それらも解消された。
学園を歩けば、あちらこちらから、生き生きとした声が聞こえてくる。
「とはいえ、これからどうなるのか、それを見届けていくことも必要だ」
「それがうちの仕事ってわけですね!」
相変わらず元気が取り柄の遥斗。
いつでもサポートに徹し、しかし、いざという時に頼りになる凛。
常に廃部の噂が絶えない、たった三人だけの部活動を、しかし、京介は誰より誇らしく思う。
「よし、取材に行くぞ。次回の特集は居合道研究会だ」
「榊原君との約束だものね」
「カメラの準備はバッチリです!」
手早く準備を済ませた三人が部室を出ると、京介はドアにぶら下がっている古びた木の札に手を伸ばした。
「在室」と書かれたその札を、くるりとひっくり返す。
裏面にはこう書かれていた。
『新聞部ただいま取材中』




