38 - 承認
蓮見が指差したのは、レリーフが飾られていた壁だった。
「いったい、どういうことですか」
白銀の問いかけには答えず、蓮見と柊は壁に歩み寄ると、その一部を拳で軽く叩き始めた。
コンコン、と規則的な音を響かせた後、柊が壁の一点を押し込む。
「この仕掛け、解くのに結構手間取ったんですよ」
柊の手元で、十センチ四方の壁がぽこりと外れた。
「思ったより時間がかかってしまって、その間に誰か戻ってこないかひやひやしたわ」
柊が外れた一片の奥に指をかけ、蓮見がその隣のパーツに手を添える。二人は慣れた手つきで、代わる代わる壁の一片を引き、滑らせていく。
「全校生徒集会の日、槙野さんが作戦通り捕まった後は、誰も近づいて来なかったので助かりました」
「作戦、ですって?」
「新聞部が生徒会室に忍び込もうとしている。——そんな噂を聞いたのではなかったか?」
鷹野の言葉に、白銀は口を開きかけたが、すぐには答えなかった。
「槙野さんは、あの場所で皆さんの目を引きつけるための、囮だったんですよ」
そう言って、柊が最後の一片を押し込む。
全員が見つめる中、レリーフの掛かっていた壁の中央が、ゆっくりと横へ滑り出した。
「ま、種を明かせば組み木細工みたいなものだけど。……それにしても、よくこんなものを考えたわね」
『ここに記された条項は、生徒総意の最終的な担保として、いかなる規則改定によっても消滅しない——』
その一文を前置きにして、壁にはリコール制度の条文が刻まれていた。
全校生徒の三分の一以上の署名があれば、解職請求投票の実施を選挙管理委員会に請求することができる。
その後の全校生徒による解職請求投票で、過半数の賛成により、生徒会長は失職する——。
「これは一体……」
白銀の顔には、今度こそ隠しきれない驚きが浮かんだ。
「これが、十年前の生徒会長碧山修と、右腕として彼を支えた紫苑恭一が残したもの」
「学園の生徒たちが、執行部に対して、正当な権利をもって意思表示できる仕組みです」
「特例事項についても書かれているな」
鷹野が指差した箇所には、正規の手続きとは異なる、特殊な条件が書かれていた。
「——五つの部の部長が賛成すれば、その場で解職請求投票の実施を請求できる。話に聞いた時は半信半疑だったが、まさか本当にあるとはな」
龍崎が作戦に加わったのは途中からで、リコール制度のことも、その時に聞いたばかりだった。
「生徒会長にも確認してもらえて、タイミングが良かったわね」
蓮見の言葉に、白銀はしばし沈黙した。
だが、その表情から驚きの色が引いていくのに、そう長くはかからなかった。
「——残念ながら、ここには四人の部長しかいないようですね」
新聞部の部長である槙野京介はここにいない。
「壁に刻まれた、隠された学園規則。……楽しませていただきましたよ」
白銀の態度と声には、揺るぎない自信が戻ってきていた。
「槙野さんの意思を確認してください。彼も賛成してくれるはずです」
「そうよ。今すぐに確認を——」
「彼の処遇については、現在対応中です。あなたたちも同じ目に遭いたくなければ、一刻も早く立ち去りなさい」
「でも……」
柊はなおも粘ろうとしたが、無断で立ち入った弱みをつかれては反論のしようもない。
しかし、今この時を逃せば、白銀たちはこの事実を覆い隠し、知らぬ存ぜぬを押し通すだろう。
誰もが次の一手を見いだせずにいた、その時だった。
「いいえ、今日この場で決着をつけましょう」
入り口からの声に、白銀を含む全員の視線がそちらに集まった。
「藤枝さん!」
裏口から中央棟に入り、ここまで全力で走ってきた凛の息は上がっていた。
「話は聞こえたわ。……ついに見つけたのね」
「あなたは新聞部の……」
凛は柊たちに頷きかけると、白銀に向き直った。
「白銀会長、あなたもこのリコール制度の存在を確認しましたね?」
「……ええ、ですが、五人の部長がこの場にいない以上、この場で何かが決定されることはありません」
「私はこの場にいる必要はないと思っていたけど……」
椎名たちが必死の思いで凛をここまで連れてきてくれた。
自分の知らないところで、自分たちを応援してくれる人がいる。
「うちの部長が遅れているみたいだから、やっぱりここに辿り着けて良かったわ」
「何の話をしているのですか」
「——新聞部、藤枝凛。私は、新聞部部長代理の権限をもって、この場で解職請求投票の実施に賛成します」
凛の言葉に驚きの表情を浮かべたのは白銀だけではなかった。
事前の打ち合わせにはなかった状況に、柊たちにも戸惑いが見える。
「……馬鹿なことを。そんなことが——」
「正式に登録されているわよ。疑うのであればあとで確認してみたらどうかしら」
凛の言葉に最初に続いたのは柊だった。
「はい! 柊詩織! 文芸部を代表して賛成します」
そして、その声に他の部長たちも続いた。
「——龍崎健。剣道部の部長として、同じく賛成だ」
「美術部部長の蓮見真昼よ。もちろん私も賛成」
「空手部部長、鷹野千紘。私もこの解職請求投票の実施に賛成する」
五人の部長たちは互いに頷き合い、そして凛の宣言が生徒会室に響いた。
「解職請求投票の実施は、今ここに承認されたわ」




