37 - 対峙
生徒会室は、中央棟の三階、分厚い絨毯が敷き詰められた通路の奥にある。
中央棟に入ってからは、風紀委員に出くわすこともなく、鷹野たち四人は目的の場所にたどり着いた。
「——誰もいないようだな」
「中に入りましょう」
鷹野に続き、柊と蓮見、最後に龍崎が生徒会室の中に歩を進める。
「この前来た時はなかったのですが、元に戻したようですね」
整然とした室内の奥に、生徒会長が座る机が据えられ、その後ろの壁には、木製のレリーフが飾られていた。
蓮見の記憶通り、中央に鮮やかな炎が彫り込まれ、その横には小さな星が配置されている。
そして炎を囲むように配された、五種類の花。
「生徒会長、風紀委員長、そして五つの部活動……。まさに、葛城さんの手記から読み取れるデザインです」
柊が発見した葛城文乃が残した手記。
そこには、十年前の学園で起きたとある騒動が記されていた。そして、未来の後輩のために残された「仕掛け」のことも。
「このレリーフに証拠が残されているのか?」
鷹野の言葉に蓮見は曖昧な笑みを返すと、壁からレリーフを外す。
「……何もない?」
「これはどういうことだ?」
蓮見が見せたレリーフの裏側を見て、鷹野と龍崎は揃って首をひねった。
レリーフの裏側は滑らかな木目があるだけで、そこには何も刻まれていなかった。
「そもそもおかしいとは思ったのよ……。大事な秘密を隠しておくなら、せめて石かそれとも金属を使うと思わない?」
「石や金属は、扱いが難しかったのでは?」
「いいえ、楠木さんの彫刻作品で木製はこれだけだもの。技術がなかったということは考えられない」
蓮見は龍崎の指摘に首を振る。学園に残されている蓮見の彫刻作品で、木製なのはこのレリーフだけなのだ。
「——なるほど。割れたり、燃えたり、木では不安な要素が多いな」
「それともう一つ」
柊は鷹野の言葉に頷きつつ、蓮見の持つレリーフを指差す。
「こんな簡単に取り外せるレリーフ、そこに秘密が書いてあったりしたら、すぐにばれてしまいます」
「それは、言われてみれば確かに……」
「でも、『レリーフの裏側に刻んだ』という手記の記述も、間違いではありませんでした。実は——」
レリーフに夢中になるあまり、四人の意識は完全に部屋の入り口から逸れていた。
そのため、いつの間にかそこに、この部屋の主が戻ってきたことにも気づけなかった。
「こんなところで何をしているのかしら」
そこに立っていたのは、生徒会長白銀沙耶だった。
艶やかな髪に、彫刻を思わせる整った顔立ち。ただ立っている姿さえ、見た者に美しさと威厳を感じさせる。
「誰の許可を得てここにいる!」
白銀の後ろに立つ丹羽太一郎から誰何の声が飛ぶ。
「——無断で失礼している」
「空手部は治安維持業務から外されたはず。鷹野さん、あなたがここにいる理由はありません」
白銀の声は穏やかだが、その目には冷ややかな色が浮かんでいる。
「——あなたは人を呼んできなさい」
白銀の命を受けた丹羽が去っていくが、鷹野たちはそれを止めようとはしなかった。
「一人になっていいのか?」
「ここにあなたたちの場所はありません。大人しく立ち去りなさい」
龍崎の言葉にも白銀の態度が揺るぐことはない。
「白銀さん——。あなた、私たちが何をしようとしているか知りたくはないの?」
「……何を探ろうとしているのか、予想がついていないとでも?」
蓮見の言葉で、白銀の表情に初めて変化が見えたが、一瞬後にはその揺らぎは消え去っていた。
「解職請求制度。あなたたちはその痕跡を探っているのでしょう。しかし、それは——」
「五年前に正式に破棄されている。それは私たちも知っているわ」
「——あなたたちが何を考え、どうしようとも、所詮それは不法な行為にすぎない。それによってもたらされる変化など一時的なもの。それが分からないのですか?」
言葉で揺さぶりをかけようとする蓮見の試みは、白銀相手にはなかなか功を奏さない。
「白銀会長、あなたは随分と自信がおありのようですが、それにしては十年前の出来事を隠そうと必死ですね」
「……何のことでしょう」
白銀はすっと柊のほうに歩み寄る。
張り詰めた空気の中で、なお目を奪われるその美しさ。だが、そこに潜む鋭利な気配を感じ、蓮見は思わず柊の手を握り、自分の体に引き寄せた。
「あなたは、どこかで自分の行為に不安を感じているのではないですか。生徒たちが十年前の出来事を思い出せば、再び同じようなことをしようとするのでは、と」
柊はなおも言葉を続けるが、蓮見はその手の震えを感じていた。
「根拠のないことを——」
「それほどに自信があるなら、リコール投票が実施されても困ることはないな」
白銀の発する迫力に気圧された蓮見と柊が一歩後退すると、その間を遮るように鷹野が割って入った。
「正式な手順に則ったものであれば、生徒会長たる私が従わないわけがありません」
「……言質が取れたな」
鷹野の目配せを受けて、蓮見と柊が頷く。
「私たちは見つけたわ。正当な学園生徒の権利を」
「何を言っているのです」
白銀の表情には、今度こそはっきりと困惑の色が浮かんでいた。
「十年前、当時の執行部の暴走を食い止め、そして、新たな道を歩み始めた先輩たち。——彼らはこういう事態をちゃんと予想していたのよ」
そう言って、蓮見はある場所を指差した。




