35 - 怒涛
アメフト部主将、牛島鉄平を倒した鷹野は、その場を空手部員たちに任せて、自らは中央棟へ向かっていた。
しかし、渡り廊下を抜け、中庭に出たところで、ジャージ姿の一団が鷹野の前に立ちはだかった。
がっちりとした体格の部員たちが、フォーメーションを組んでいる。
「——今度はラグビー部か」
鷹野が足を止めたのを見て、先頭の一人が不敵な笑みを浮かべて進み出てくる。
「待っていたぞ、鷹野——」
「道を空けろ。お前たちに用はない」
「そうはいかない。前回のヘマを取り返さないとならないんでな」
「……次から次へと」
アメフト部の次はラグビー部。鷹野は小さく息を吐いた。
他のところの状況が見えない以上、急ぐに越したことはない。集団戦の鉄則として、まずは主将を——
「ぐわ!」
「痛え!」
鷹野が狙いを定めて構えを取ろうとした時、横合いから何かが飛んできて、ラグビー部員たちの隊列を直撃した。
「鷹野! ここは俺たちに任せろ!」
声のほうを振り返ると、そこにはトスバッティングの要領でボールを打ち込む野球部員たちの姿があった。
「生徒会の手先め、俺たちが相手になる!」
鷹野とラグビー部の間に入ったのは、鷹野も見知った野球部の部長だ。
「野球部か! 邪魔をするな。これは生徒会の——」
「うるせえ! 俺たちだって、もう黙ってられねえ!」
その声を合図に、混乱しているラグビー部に向かって、野球部員たちが突撃を開始した。
*
「朱鷺沢委員長!」
床に崩れ落ちた朱鷺沢を見て、龍崎は竹刀を下ろした。
「安心しろ、気絶しているだけだ」
「龍崎、この件は大問題になるぞ!」
風紀委員たちは朱鷺沢を抱えると、慌ててその場を去っていく。
「——小熊、大丈夫か?」
龍崎が声をかけると、床に伸びていた小熊がむくりと身を起こした。
「うう……やられちゃいました」
「立てるか」
「もちろんです」
そう言いながらも、立ち上がった小熊の足元はまだ少しおぼつかない。
「小熊、それに龍崎。——助かったぞ、礼を言う」
藍原の言葉に、小熊が拳を握りしめた。
「龍崎さんが来てくれなかったら、やばかったです!」
藍原の背後では、図書委員たちが立ち上がり、倒れた棚や散らばった本を片付け始めていた。
「ここはもう大丈夫だ。あとは任せてくれ」
「よし、小熊、俺たちも中央棟に向かうぞ」
後のことを藍原に任せ、龍崎は小熊を連れて図書館を後にした。
しかし、図書館を出てすぐのところで、今度は柔道着を着込んだ集団が向かってくるのが見えた。
「あいつら、もう戻ってきたのか」
先ほど朱鷺沢を連れて去ったはずの風紀委員会が、柔道部を連れて戻ってきたようだ。
「いたぞ! 龍崎、このまま逃すわけにはいかん!」
柔道部員たちが半円を描くように龍崎と小熊を囲み始める。
「面倒なやつらだ」
「さっきはやられちゃいましたけど、今度はそうはいきませんよ!」
相手の準備が整う前に、小熊が飛び出していく。
「先手必勝!」
目の前に立った柔道部員との距離を一気に詰めると、勢いのついた前蹴りで吹き飛ばす。
「こいつ、ヒグマだ! 気を付けろ!」
「自分の名前はコグマです!」
ヒグマと口にした柔道部員は、横蹴りを顎に叩き込まれてその場に膝から崩れ落ちた。
「さっさとかかってこい」
龍崎は竹刀を上段に構えると、向かってきた柔道部員の手首を打ち、続けざまに二人目の肩を薙いだ。
「龍崎さん、先に行ってください!」
本領を発揮したひなたの周囲には、すでに多くの柔道部員が倒れ伏している。
「頼むぞ。——もうすぐうちの部員たちも駆けつける手筈になっている」
「お任せを」
ひなたは鼻から息を大きく吸い込むと、独特の呼気とともに強く吐き出す。
空手において「息吹」と呼ばれる、逆腹式呼吸の技術。
「遠慮はしませんよ」
にやりと笑うひなたを前に、取り囲んだ柔道部員に戦慄が走った。
*
「詩織ちゃん! 詩織ちゃんは無事!」
蓮見真昼は、文芸部の部室に飛び込むなり、そう叫んで柊の姿を探した。
「蓮見さん? どうしたんですか、いきなり」
「無事でよかったわ……」
読んでいた本から顔をあげた柊を見て、蓮見はほっとため息を吐く。
「落ち着いている場合じゃなかったわ! 説明は後、今すぐここを出るわよ」
柊が戸惑いながらも立ち上がると、蓮見はそのまま柊の手を引いて廊下に出た。
「蓮見さん、まさか、藤枝さんの予想通り?」
「ええ、そう。私たちも中央棟に向かわないと」
手を取り合って走り出した二人だったが、建物を出ようとしたところで、蓮見がとっさに柊の腕を引いた。
「待って、風紀委員だわ……」
前方に、風紀委員が数名うろついている。こちらに気づいてはいないが、出入り口を見張っているようだ。
「まずいですね、部活棟全体を見張ってるんでしょうか」
「裏に回りましょう。別の道が——」
その時、風紀委員の一人がこちらに目を向けた。
「おい、文芸部の柊だな」
柊に気づいた風紀委員が、仲間に合図を送り近づいてくる。
とっさに蓮見が柊を背中に庇う。
「——詩織ちゃんだけでも先に行って」
「そんな、蓮見さんも一緒じゃないと意味ないです!」
「ああ、もう! そのセリフは別のシチュエーションで聞きたかったわ!」
「逃すな、周り込め!」
数を増やした風紀委員たちが迫る中、その声は朗々と響き渡った。
「やあやあ! 遠からん者は音にも聞け、近くば寄ってその目に見よ!」
突然のことに、風紀委員たちも足を止めて声の方に視線を向ける。
「な……何だお前は」
階段の上には、袴姿の女生徒が立っていた。
額に漆黒の鉢巻を締め、ポニーテールが揺れている。そしてその手には、薙刀が握られていた。
「我が名は薙刀研究会、榊原葵!」
葵は階段から飛び降りると、薙刀をぶんと振り回し、蓮見たちに近づこうとしていた風紀委員たちを牽制する。
「か弱い婦女子に手を出そうとは……。兄から聞いていた通りのやつらだ」
榊原、兄——。
「あ! もしかして、居合道研究会の榊原さんの?」
言われてみれば、確かに顔立ちが似ているような気がする。
「兄から事情は聞いています。ここはこの葵に任せ、お二人は先をお急ぎください」
柊は呆然としていたが、蓮見がその袖を引いた。
「詩織ちゃん、今のうちに——」
「は、はい、そうですね」
再び葵が薙刀を大きく振り回し、蓮見たちの逃げ道を確保する。
「葵が相手だ、無頼漢ども! 薙刀のサビにしてくれる!」




