34 - 奔走
「部活の活動停止は、生徒会の専決事項ではないはずよ」
風紀委員を引き連れて、突然部室に踏み込んできた紫藤に対し、凛は冷静に問いただした。
「横暴すぎませんか!」
遥斗の抗議の声を無視するかのように、紫藤たちは部室に押し入ってくる。
「これは正式な決定だ。文句があるなら後日生徒会に申し立てをするんだな」
凛は遥斗を落ち着かせながら、紫藤たちと入れ替わるように入り口近くに身を移した。
「……藤枝先輩の予想、大当たりでしたね」
遥斗が肩越しに小声で話しかける。
「当たってほしくなかったけどね」
「本当に大丈夫ですか?」
「もちろんよ、そっちこそしっかりね」
「——おい! 何をこそこそ話している」
二人のやり取りに気づいた紫藤が声を荒げる。
その後ろでは風紀委員たちが部室内に置かれた書類の束を漁り始めていた。
「ちょっと! 勝手に触らないでちょうだい!」
凛が風紀委員に詰め寄ると、紫藤たちの注意がそちらに向いた。
「部室の利用も一時的に停止される。お前たちもこのあと風紀委員の取り調べを受けてもらう——」
その隙をついて、遥斗は部室から飛び出した。
「おい、待て! 逃がすな!」
風紀委員たちが追おうとするが、入り口の前に凛が手を広げて立ちはだかる。
「逃げたんじゃないわ。用事があるだけよ」
風紀委員が凛を押し退けようとするが、凛はその場に踏みとどまって動かない。
「どけ、藤枝!」
苛立った紫藤が、凛の肩を掴もうとした、その時だった。
ドアの外から小さな球体が投げ込まれ、そこから白い煙が大量に立ち込め始めた。
「なっ——何だこれは!」
紫藤たちが咳き込み、視界が奪われる。
「藤枝さん、こっちです!」
凛の手を、誰かが掴んだ。煙は外まで広がり始めていたが、手を引かれるままに走り続ける。
煙から離れると、ようやく周囲が見えてきた。
「あなたたち、あの時の——」
凛の手を引いていたのは、椎名だった。その後ろに桐山と梅田も続いている。
旧校舎でラグビー部から自分を庇ってくれた三人。その後、礼を言いに探していたが、こんなところで再会するとは。
「どうしてここに?」
「——今はとにかく急ぎましょう。説明は後です」
椎名がまっすぐに凛を見た。
桐山と梅田が廊下の先を確認し、大きく手招きしている。
「でも、急ぐってどこに?」
「もちろん中央棟です。一番の近道を案内します」
「なぜ中央棟のことを……」
部室に突然現れた三人、さらに自分たちしか知らない情報を知っている。
「あ、す、すみません! 状況的に仕方なかったとはいえ、勝手に手を! 失礼しました!」
凛はただ状況を飲み込めずにいただけだったが、椎名はそうは思わなかったらしい。
「急がないと、あいつらまた追ってきます!」
桐山が二人の元に駆け寄って後ろを指差す。
自分の手に折檻を加えていた椎名も、慌てて凛に向き直る。
「後日必ず説明します、今は急ぎましょう」
「……分かったわ。案内をお願い」
四人は外に出ると、校舎の裏手に回り、中央棟を目指して走り出した。
だが、中庭を横切ろうとした時、背後から怒声が追いかけてきた。
「あっちだ! 藤枝がいるぞ!」
「何人かそっちに回り込め!」
振り返る先には、紫藤の姿があった。人数を増やした風紀委員がその後ろに続いている。
「こっちに!」
椎名の先導で、四人は庭園エリアに入っていく。
植え込みの間を縫うように細い遊歩道を進むと、その先で、茂みの中から数人の生徒が姿を現した。
「椎名さん! ここは任せてください」
桐山が足を止めた。梅田も振り返り、茂みから出てきた仲間たちと並ぶ。
「——二人とも」
「大丈夫です。ここで食い止めますから」
「藤枝さんを頼みますよ、椎名さん」
再び走り出した凛たちの後ろから、喧騒の音が聞こえてくる。
「みんな大丈夫かしら? ……どうしてこんなに助けてくれるの?」
「全員自分たちの意思で藤枝さんを応援しています。あなたたちの力になれるなら本望ですよ」
庭園エリアを抜け、さらにしばらく進んだところで、椎名はようやく足を止めた。
「正面玄関には風紀委員たちがいます。でも、この時間は裏口が手薄なんです」
「……ありがとう」
「安心してください。裏口も仲間が確保しています」
凛の言葉に何かを感じ取ったのか、椎名は安心させるようにそう付け加えた。
「——違うの。あなたたちがどこまで知っているか分からないけれど、《《この作戦》》に、私は必要ないのよ」
誰かが椎名たちを作戦に引き込んだのは間違いない。しかし、どこまで話しているのか。
中央棟に向かうことは必要だったが、必ずしもそこに自分がいる必要はない。
「いいえ、そんなことはないです」
椎名は胸を張って、きっぱりと言い切った。
「物語のクライマックスには、ヒロインがいないと締まらない」
椎名は少し照れたように頭を掻いた。
「……ありがとう、椎名くん」
「がんばってください、藤枝さん」
*
「柏木くん? どうしたの、そんなに慌てて」
息を切らせて部室に飛び込んできた遥斗を見て、蓮見真昼はキャンバスから顔を上げた。
「動き出しました! 新聞部に風紀委員が来て、藤枝先輩が——」
「本当に向こうから動き出すなんて……」
「決めておいた通りに、お願いします!」
蓮見は頷きながらも、しかし、その頭に真っ先に浮かんだのは——
「詩織ちゃん……詩織ちゃんは大丈夫かしら!」
「柊先輩は多分、まだ文芸部の部室に」
「——分かったわ」
蓮見はエプロンを乱暴に脱ぎ捨てると、部室を飛び出していった。
「詩織ちゃん、今行くわよ!」




