33 - 迎撃
渡り廊下に鈍い音が響き渡る。
アメフト仕込みの牛島の突進は、しかし、鷹野の身体に触れる前に止まっていた。
その鳩尾に、鷹野のつま先がめり込んでいる。
鷹野は前蹴りと同時に軸足を強烈に踏み込み、倍以上の体重を誇る牛島の巨体をとめてみせた。
だが、牛島の動きが止まったのは一瞬だった。力任せに鷹野の足を払うと、もう一方の腕を横薙ぎに払う。
「……そんな軽い蹴りは効かんぞ」
「鳩尾まで筋肉か……。化け物め」
再びの牛島の突進を、鷹野は半身をずらしてやり過ごす。
牛島の振り向き様、今度は鷹野が前に出ると、前蹴りと正拳による連撃が放たれた。
「どうした、鷹野。その程度か?」
しかし、完璧に決まった連撃は、またもや牛島の筋肉に弾かれる。
「……面倒なやつだ」
牛島が三度目の突進に入ろうとした時、背後から聞き慣れた声が飛んできた。
「——部長、遅くなりました!」
飛び込んできたのは、小熊ひなただった。
「アメフト部の筋肉ダルマ! 自分が相手です!」
「なんだ貴様。せっかくの鷹野との決着を邪魔する気か!」
戦いに水を差された牛島が、舌打ち混じりに小熊を睨みつける。
「ひなた、待て」
鷹野は牛島から目を離さないまま、短く言い放った。
「ここは私に任せろ。お前は何人か連れて、図書館に向かえ」
小熊は一瞬目を見開いたが、鷹野の意図が分かったのか、すぐに頷いた。
「——了解です!」
小熊は背後の部員たちから数名を引き連れ、来た道を走り去っていく。
「……騒がしいやつだ」
「あれでもうちのエースなんだ」
牛島と鷹野は軽口を交わしながらも、再び戦いの間合いに入る。
「そろそろ決めさせてもらうぞ」
牛島は両手を顔の前で交差させると、今まで以上の速度で突進していく。
鷹野はその突進を前にしても、引くことはしなかった。
両者が激突する直前、牛島の肩を狙った鷹野の鋭い肘打ちが先に届いた。
牛島の身体がぐらりと揺れ、顔の防御が一瞬緩む。
その隙を、鷹野は見逃さなかった。
「……がっ!!」
至近距離で放たれた鷹野の跳び膝蹴りは、牛島の死角から正確にその顎を捉えた。
*
「藍原委員長、これが最後の警告です。これ以上の抵抗は、あなた個人に対する処分にもつながります」
朱鷺沢の声は、あくまでも冷静だった。その後ろには、風紀委員たちが朱鷺沢の指示を待っている。
「その生徒会の決定は、正式な手順を踏んでいない。俺たちが従う理由はない」
藍原は腕を組み、カウンターの前に仁王立ちしている。その背後では、図書委員たちが棚や机を使って即席のバリケードを築いていた。
「やむを得ませんね」
朱鷺沢が小さく息を吐き、風紀委員たちに目配せを送る。
「——排除しなさい」
その合図で、風紀委員たちが一斉に動き出した。カウンターの前に陣取る図書委員たちを、力ずくで排除しにかかる。
図書委員たちは必死に抵抗したが、訓練された風紀委員の前では分が悪い。一人、また一人と押し退けられていく。
藍原がカウンターから飛び出すが、すぐに風紀委員に両腕を抑えられる。
「くそ! 放せ!」
「藍原さんに何をする!」
図書委員の悲鳴が上がる中、図書館の入口から怒声が響いた。
「藍原さん! 加勢に来ました!」
藍原の目に、小熊が空手部員を引き連れ、図書館に飛び込んでくる姿が見える。
「——ヒグマだ! おい、こっちに手を貸せ!」
小熊たちの突入で風紀委員の陣形が乱れ、図書委員たちが息を吹き返し、藍原を奪い返す。
空手部員たちが風紀委員を押し返し始め、図書館の中は混戦状態に陥った。
「派手にやってくれましたね、小熊ひなた」
その混乱の中、朱鷺沢が静かに歩み出た。
「こっちにも色々あるんですよ。ここは大人しく引き下がってください」
朱鷺沢はその言葉には答えず、無言で構えを取った。軽く腰を落としただけの自然体の構え。
「恨みっこなしですよ」
朱鷺沢が構えたのを見て、小熊が先に仕掛けた。低い姿勢からの突きが朱鷺沢の鎖骨を狙って放たれる。
すさまじい破壊力を秘めた小熊の拳を前に、朱鷺沢はするりと体を移動させる。
「!!」
密着された小熊が咄嗟に肘打ちを放つが、朱鷺沢はその勢いをそのまま投げにつなげた。
脇の下に差し込んだ朱鷺沢の腕を起点に、小熊の体が浮き上がる。
「ぐっ!」
背中からしたたか床に叩きつけられ、小熊の意識は遠のいていった。
「合気道に力で勝とうなど、無謀なこと。——抵抗するものは全員捉えなさい!」
ひなたが倒されたことで、空手部員がいきり立つが、勢いづいた風紀委員が包囲網を狭めていく。
しかし、その包囲網が再び乱れた。
「……遅れたようだが、間に合いはしたな」
そこにいたのは長い髪を一つに結んだ長身の男。剣道部主将、龍崎健だった。
龍崎は竹刀を下げたまま、悠然と立っている。その足元には、手首を押さえた風紀委員たちがうずくまっていた。
「次から次へと……。剣道部がこの場に何の用ですか」
「——日和見と言われて黙っているほど、剣道部は腑抜けではないのでな」
龍崎の言葉の意図が読めず、朱鷺沢の顔には戸惑いが浮かんだ。
「何を言っているのです。これは生徒会の正式な手続き。剣道部は生徒会に歯向かうつもりですか」
「どう取るかはそっち次第だが……。とにかくこの場は藍原たちに助力する」
龍崎は静かに竹刀を構える。
風紀委員たちが朱鷺沢の前に進み出ようとするが、朱鷺沢はそれを手で制した。
「あなた達は下がっていなさい」




