32 - 制圧
全校集会から二日後。
生徒会室には、会長白銀沙耶、副会長の丹羽太一郎、そして風紀委員長の朱鷺沢鈴音が顔を揃えていた。
「全校生徒集会の反応を取りまとめました」
丹羽が手元の書類を整えながら口を開く。
「総じて好意的です。特に上位クラスの生徒からは、改革の継続を強く支持する声が多い。中間層にも、会長の演説に感銘を受けたという声が広がっています」
白銀は窓際に立ち、外を眺めたまま静かに耳を傾けている。
「——いい傾向ですね」
その横顔には、穏やかな微笑みが浮かんでいた。
丹羽からの報告が一通り終わると、白銀の視線が朱鷺沢に向けられる。
「朱鷺沢さん、そちらはいかがですか?」
「一件ご報告がございます」
朱鷺沢は恭しく一礼すると、生徒会室への不法侵入について、その一部始終を伝えた。
「新聞部の——。目的は?」
「それが、まだ本人から何も聞き出せていません。いまだ狙いは不明のままです」
「そうですか」
白銀はわずかに眉を上げたが、さらに追求しようとはしなかった。
「新聞部に関して、やや気になることがあります」
丹羽が書類の一枚を抜き出した。
「新聞部の記事は、偏向報道とは言えないものの、確実に一部の生徒たちに影響を与えています」
集会後、今まで不満を抱いていた生徒たちの一部には、今後を期待する声が上がるようになった。
しかし、生徒会の方針に不信の目を向ける層は、いずれも新聞部の記事から情報を得ている。
「また、空手部、図書委員会、文芸部。廉正裁定以降、これらが連携を深めていることが確認されています」
白銀は椅子に戻ると、ゆったりと背を預けた。
「——足並みの揃わない方々には、そろそろご退場いただく必要があるかもしれませんね」
穏やかな言葉の奥にある意味は、この場にいる全員が理解している。
「この件は、朱鷺沢さん、あなたに一任します。——期待していますよ」
白銀からの期待の言葉に、朱鷺沢は頬が紅潮するのを感じる。
「お任せください。必ずやご期待に応えてみせます」
*
空手部の道場につながる長い渡り廊下。
放課後の西日が差し込む中、道場へ向かう空手部員たちの前に、見慣れない光景が現れた。
アメフトのユニフォーム姿の巨体が、渡り廊下の幅いっぱいに並んでいる。
「……なんだ、お前ら。道場に何か用か」
先頭にいた空手部員が足を止めた。後続の部員たちも、ただならぬ空気を感じて身構える。
「生徒会からの通達だ。治安維持体制の再編に伴い、空手部の治安維持権限は本日付で剥奪される」
アメフト部員の一人が、一枚の書面をひらひらと振ってみせた。
「はあ? 何を言っている」
「お前たちは、もう用済みってことだよ」
薄笑いを浮かべるアメフト部員に、空手部員たちの間に怒気が走った。
「ふざけるな! 誰の許可を得て——」
「文句があるなら生徒会に言うんだな」
アメフト部員が書面を空手部員の胸に押しつけるように突き出した。
それを払いのけた空手部員の腕を、別のアメフト部員が掴む。
それをきっかけに押し合いが始まった。渡り廊下という狭い空間に、怒声と肉体のぶつかる音が反響する。
個々の技では上回る空手部員たちも、連携した質量の暴力に押し込まれていく。
壁に叩きつけられた空手部員が、崩れるようにその場に膝をつく。
「押し込め! このまま一気に片をつけるぞ!」
空手部の前衛が一人、また一人と弾き飛ばされ、後退を余儀なくされる。
その時——
「下がれ」
空手部員たちの間を抜けて進み出たのは、空手部主将鷹野千紘だった。
鷹野が構えをとると、それだけで、渡り廊下の空気が一変する。
鷹野は突進してきた先頭のアメフト部員の懐に半歩だけ踏み込み、正拳を胸元に叩き込んだ。
巨漢の体が後方へ吹き飛び、後ろに控えていた部員たちを巻き込む。
動揺が走るアメフト部員たちに、鷹野は間を与えなかった。
二人目、三人目と、最小限の動きで次々に沈めていく。
「やはり、お前らに任せておけんか」
その言葉と共に、アメフト部の列が左右に割れ、一人の男が歩み出た。
アメフト部主将、牛島鉄平。
「鷹野、お前とは一度やりあってみたかった」
「……後悔しないことだな」
鷹野が重心を低く落とし、構えを取り直す。
牛島がその巨体をゆっくりと沈み込ませる。
*
「藍原さんはいらっしゃるかしら。生徒会からの通達を持参しました」
中央図書館に朱鷺沢鈴音の声が響いた。その背後には、十名を超える風紀委員が整然と続いている。
声を聞きつけ、カウンターの奥から姿を現した藍原は、その光景を見て表情を引き締めた。
「風紀委員長が直々に……。通達とはどういうことだ」
「来月より、学園内の図書館の運営は、生徒会直轄に移管されます。それに伴い、図書委員会の現行体制は解体され——」
藍原の後ろに集まってきた図書委員たちの間にざわめきが広がる。
「……なるほど、そういうことか」
握りしめた藍原の拳が、わずかに震えている。
「藍原委員長、もし抵抗するなら——」
「抵抗だと?」
藍原が一歩前に出ると、朱鷺沢の背後の風紀委員たちに緊張が走った。
「ここは図書館だ。この場所を守ることが、俺の仕事だ」
*
新聞部の部室のドアが、ノックもなく開け放たれた。
「藤枝凛と柏木遥斗だな」
突然の訪問者に、凛たちが入り口を振り返ると、そこには紫藤直哉が立っていた。
その背後には、風紀委員が数名続いている。
「新聞部部長、槙野京介の生徒会室への不法侵入に伴い、新聞部は本日付で活動停止となる」
凛はすばやく遥斗に目配せすると、ことさらゆっくりと椅子から立ち上がる。
「どういうことかしら? 部活動の活動に関しては、生徒会の専決事項ではないはずよ」
「——これは決定事項だ。議論の余地はない」




