31 - 決行
その日、秀烽学園の総合運動場には、全校生徒が集まっていた。
学園最大の広さを持つ運動場に、仮設のステージと簡易スタンドが設けられ、風紀委員の腕章をつけた生徒たちが、あちこちで整列の誘導にあたっている。
この学園で、全校生徒が一堂に会する機会は滅多にない。スタンドを埋め尽くす生徒たちの数は圧巻で、ざわめきは運動場の上空にまで広がっている。
やがて、スピーカーから開始予定時刻を迎えたアナウンスが流れると、会場のざわめきが収まっていく。
背後に校章が大きく掲げられたステージに、丹羽や灰島をはじめとする生徒会関係者が現れると、会場から大きな拍手が沸き上がった。
そして、ステージの中央に、長い髪を風になびかせた、生徒会長白銀沙耶が姿を現す。
白銀は口元に穏やかな微笑みを浮かべ、十分な間をとってから、優雅な仕草で片手をあげた。
その瞬間、あちらこちらで爆発的な歓声があがった。白銀の名を叫び、熱狂的に手を振る者、感極まって涙を浮かべる者——一方で、鼓膜を抑えながら、渋い顔をしている生徒の姿も見える。
白銀が手を下ろしてマイクの前に立つと、一転して会場に静寂が広がった。
「——我が秀烽学園の親愛なる皆さん。本日はお集まりいただきありがとうございます」
その声は穏やかだったが、聞く者の意識を自然と引き寄せる響きがある。
「この学園は、百年を超える歴史の中で、数多の名士を世に送り出してきました。その伝統は、私たちの誇りです。しかし、誇りに安住していては、前に進むことはできません」
再び会場中から拍手が湧き上がる。
会場にあるすべての目は、壇上で演説を続ける白銀に注がれ、そこから抜け出す人影に気を止めるものはいなかった。
*
中央棟の入り口には、数人の風紀委員が警備にあたっていた。
だが、白銀の演説が始まると、臨時で備え付けられたモニターに全員の視線が釘付けになる。
京介はしばらく様子を見ていたが、隙だらけの警備の目を盗んで、無事に中央棟の中に入ることに成功した。
内部にも警備がいることを懸念していたが、入り口に申し訳程度の人数が配置されているだけで、その他に人の気配は感じられない。
予想通り、会場の警備のためにほとんどの人員が割かれ、他に手を回す余裕はなかったようだ。
生徒会室の前にも人影が見えないことを確認し、京介はそっとドアノブを回す。
重厚な作りの生徒会室。その内部は几帳面に整理され、埃の一つも落ちていない。
入り口から見て正面に、生徒会長が座る大きなデスクがある。
そして、その後ろ、窓から差し込む光に照らされた壁には、蓮見の記憶通り、木彫りのレリーフが飾られていた。
飴色に輝くレリーフの枠には、精緻な蔦模様が張り巡らされている。
中央に燃え盛る炎が彫り込まれ、その横に小さな星。そして炎を囲むように配された、五種類の花。
「……これか、本当にあったぞ」
京介が壁のレリーフに手を伸ばしたその時、背後からこの場にいないはずの声が上がった。
「——動くな、そこまでだ」
振り返ると、そこには紫藤直哉の姿があった。
「紫藤……!?」
さらに、紫藤に続いて、風紀委員会の腕章をつけた生徒たちが部屋に入ってくる。
「情報通りです、朱鷺沢委員長」
「よくやりました、紫藤」
紫藤の後ろから入ってきたのは、京介もよく知る人物、風紀委員長の朱鷺沢鈴音だった。
「ごきげんよう、槙野さん。全校集会から抜け出して、こんなところで何をなさっているのかしら?」
「……更迭されたはずの紫藤がいるとはな。風紀委員会は人材不足か?」
「口の減らない男だ」
紫藤は舌打ちをすると、その視線が、壁に掛かったレリーフに向けられた。
「貴様たちが何か企んでいることは掴んでいたが……目的はそのレリーフか? おい、そいつを抑えておけ」
風紀委員に京介の拘束を命じながら、紫藤は自ら壁のレリーフに手を伸ばした。
「……特に変わったところはないようです」
「——貸してみなさい」
朱鷺沢は紫藤からレリーフを受けとると、表側をじっくりと確認し、さらにひっくり返して裏側も見る。
その時、京介の目に、レリーフの裏側が見えた。
表側の凝った装飾に対して、滑らかに磨き上げられた裏側。
そには——《《何もなかった》》。
「槙野京介、これはいったいどういうことですか?」
「どういうこともなにも……。俺にもどういうことか分からないな——」
「貴様! 朱鷺沢委員長に向かって、ふざけた態度を取る気か!」
京介のとぼけた返事を聞いて、紫藤が京介の襟首を掴んだ。
「おやめなさい、紫藤。……今日は白銀会長にとって重要な日。この場で騒ぎを起こすことは許しません」
その言葉に、紫藤が頭を下げて下がると、朱鷺沢が再び一歩前に出る。
「不法侵入の件は、後ほど正式に対処いたします。——連れていきなさい」
*
朱鷺沢たち風紀委員の姿が、階下に消えても、二人はしばらくの間様子を見ていた。
誰もこの場に戻ってこないことを確認すると、ようやく廊下の影から飛び出し、足早に生徒会室に向かう。
やがて、二人はお互いに頷きあうと、そっとドアノブを回し、生徒会室に入って行った。




