30 - 契機
図書館の執務室には、京介、凛、遥斗たち新聞部の三人、そして図書委員長である藍原が机を囲んでいた。
「いい案が思いつかないわね」
机の上には、ノートと学園の地図が広げられている。ノートの端には、いくつもの案が書かれては線で消されていた。
「——生徒会室がある中央棟は、普段から風紀委員による警備が厳重だからな」
藍原は図書委員長として、生徒会室には何度も足を運んでいる。学園の中央棟は生徒会室以外にも、重要な施設が入っており、常に厳重な警備が敷かれていた。
「こうなったら、こっそり夜に忍び込むしかないんじゃないですか?」
「この学園で、夜間の外出自体難しいのは、お前も知っているだろう」
「ですよね……」
孤島にあるこの秀烽学園では、その治安維持のために夜間の外出は厳しく規制されている。もし、許可なく夜間に出歩けば、それこそすぐに気づかれるだろう。
議論は煮詰まり、四人が互いに顔を見合わせてため息をついたその時、ノックの音とともに、執務室の扉が開かれた。
「遅れてすまなかった、待たせたな」
部屋に入ってきた鷹野は、深刻そうな表情を浮かべている。
「遅かったな鷹野。何かあったのか?」
鷹野は空いていた椅子に腰を下ろすと、遥斗が差し出した水を一気に飲み干し、姿勢を正した。
「生徒会に呼ばれていてな。——来週、生徒会が全校集会を実施するそうだ」
「全校集会?」
「なんでまた、急にそんなものを」
「表向きは、『学園のさらなる改革を推し進めるための決意表明』とのことだ」
「白銀会長は、選挙なしでの続投だったし、所信表明の代わりなのかしらね」
例年、生徒会選挙を経て新体制が始まると、生徒会長の所信表明の場が設けられる。
「表向きって言いましたけど、実際は違うってことですか?」
「……確かなことは言えないが、学園の中に小さな不満が溜まってきていることは、白銀たちも感じているはずだ。なにかしら策を考えているのだろう」
「なるほど、ガス抜きを図るってことか」
京介の身も蓋もない言い方に、鷹野は苦笑いを返すが、否定はしない。
不満の声が大きくなる前に、自らの言葉で生徒を掌握し直す。それが白銀の選んだ手段なのだろうか。
「それからもう一つ。……空手部は、今回の集会の警備から外された」
「いよいよ、本格的に排除に動き出したのか!」
「全校集会なんて大きなイベント、風紀委員会だけで警備の手が足りるの?」
学園の敷地は広く、生徒の数も多い。空手部が風紀委員会と主に学園の治安維持を担っていたのは、歴史的な経緯もあっただろうが、単純に人手が足りないという事情もあったはずだ。
「足りないだろうな。おそらくその分は、他を頼るつもりだろう」
アメフト部か、ラグビー部か——生徒会寄りの部活動は存在する。
白銀は空手部を遠ざけ、その代わりに新しい勢力を迎えるつもりかもしれない。
「……しかし、これはチャンスかもしれないな」
話を聞いていた藍原が、机の上に広げられた学園の地図を指差す。
「全校集会が開かれるとしたら、この総合運動場しかない」
「……場所的には中央棟から距離があるな」
「当日は、全校生徒がそこに集まり、そして風紀委員会も警備にあたる」
「人数に余裕がないなら、その他の場所の警備は手薄になるはずだわ」
*
蓮見は美術部で古い資料に目を通していた。
見慣れた部室に、今日は珍しい来客の姿があった。
蓮見の隣には、文芸部部長の柊が座っている。柊は、十年前の文芸部部長であった葛城文乃が残した手記を広げ、手元のメモと照らし合わせている。
丸みのある輪郭に、少し大きめの眼鏡がよく似合っている。柊は文字を読む時、目元が少しだけ赤みを帯びる。瞬きするたびに長いまつ毛が揺れる……。
ダメよ! 今日は冷静に。今日は冷静に。
蓮見は心の中で何度も繰り返していた。油断すると柊に見入ってしまう自分を必死に抑える。
蓮見と柊は、生徒会室にあるレリーフが目的のものか調べる役割を買って出た。
二人きりになることを凛は不安視したが、当の柊がそれを承諾した。
「蓮見さんは《《ち》》《《ょ》》《《っ》》《《と》》《《変》》《《わ》》《《っ》》《《た》》《《方》》ですが、害を及ぼすようなことはしません」
そう言ってくれた柊の信頼を裏切るわけにはいかない。
「——蓮見さん? 楠木さんの記録は見つかりましたか?」
不意に柊が顔をあげると、目と目が合ってしまう。
跳ね上がる心拍数を抑え、蓮見はなるべく平静を装って答える。
「……十年前だから、資料があまり残ってないのよね。卒業制作の記録はあるけど、それ以外は断片的ね」
楠木煌。
蓮見が憧れる先輩の一人。その才能は美術部の語り草だが、十年という歳月は記録を散逸させるには十分だった。
「そうですか。もしかして、手記の中にもっと情報が隠されていないか読み解いてみているのですが、こちらも決定的な情報は見つかりません」
柊が書き出したメモを蓮見に差し出す。その指先がかすかに触れそうになると、蓮見の肩がびくりと跳ねた。
「だ、大丈夫ですか?」
「もちろん! 大丈夫よ! ……大丈夫」
大事なことなので二度言いました。
心の中で支離滅裂な言い訳をしながら、蓮見は大きく深呼吸をする。
「やはり、直接の記述はなかったのですが、デザインを知ってから読むと、いくつかヒントになりそうなものはありました」
炎、星、そして五種類の花。
メモの中には、それらをモチーフにするアイディアについて語られた、断片的な記述が並んでいた。
「やっぱり、あれで間違いなさそうね」
蓮見は、学園に残っている美術部員の作品は、ほぼすべて把握している。特に楠木の作品が他にあれば、必ずチェックしているはずだ。
「それにしても……なんで木製なのかしらね?」
メモをめくりながら、蓮見がふとそう呟く。
「木製のレリーフって、珍しいものなのですか?」
「それ自体は珍しくないけど、もし手記に書いてある通り、裏に大事な情報を刻むなら……木よりもっと丈夫な素材を選びそうなものじゃない?」
「それは単純に、楠木さんが木の扱いに慣れていたとかでは?」
「数は少ないけど、楠木さんの彫刻作品もいくつか残っている。でも、それは全部石か金属を使っているのよ」
「……」
なぜ、楠木は木を選んだのか。今はまだ、その疑問に答える手がかりはなかった。
「とにかく、蓮見さんの話を聞いて確信が持てました。急ぎましょう。みなさんが待っています」




